第四十二話 それから色々



「色々ありましたが、この領地もそれなりに発展しましたわね」

「まだまだこれからだ」


 リリーアの領地での魔物掃討作戦は、滞りなく行われた。


 時折貴族風の男が、「やあやあ我こそは栄光あるナントカ騎士爵家の三男」などと叫んで隊列が乱れたりもしたが。

 想定通りの時刻には作戦が完了したのだから、何ら問題は無い。


 ライナーが招集した大工を中心にして森中に罠を仕掛け、集めた冒険者たちや騎士崩れがほぼ活躍することなく作戦が終わった。


 一度大きな作戦を打てば後は簡単だ。

 青龍が事前に予定したコースを歩くだけで、安全な環境が守られる。


 事実。彼女が週に一、二度街道を歩けば魔物は寄り付かなくなった。

 ドラゴンの縄張りに近づこうとする無謀な魔物はいなかったらしい。



 そんなわけで半年が経った頃には生活領域は元の倍以上に拡大したし、安全性も飛躍的に上がった。


 魔物を狩った収入がそのまま領地の収入に跳ね返ってきたので、収益は右肩上がりで上昇しているところでもある。


「にしても、ライナーさんが魔物の牧場を始めると聞いた時は正気を疑いましたわ」

「家畜だって最初は野生だったんだ。狂暴性を抜くのは時間がかかるだろうが、その辺りは師匠が頑張ってくれたからな」


 この半年の間にも色々とあったが。

 ライナーは領内の産業の一つとして、魔物の牧場を始めていた。


 青龍が威圧して脅し、レパードが魔物たちを庇った後になぐさめて心酔されるという、非常にグレーな運営方針ではあるが。

 徐々に野生が取れて、家畜化に成功しつつある。


 毛足の長い狼系の魔物を羊の代わりにして布を作ったり。

 蛇系の魔物を調教して夜間警備に使ったり。

 牛系の魔物を農耕用に調教したり。


 誰も試したことがないような運用方法がいくつか成功し、これが観光資源にもなっていた。


「外貨を稼ぐなら、領地に目玉は欲しいからな。今後も『みんなおいでよ魔物牧場』の経営を、俺の領地の主力にしていこうと思っている」

「ネーミングから狂気しか感じませんわ」

「細かいことは気にするな。呼び込んだ客が君らの領地にも金を落としていくんだから」


 製糸業や農業はもちろん、貴重なモデルケースだとかで学者なども訪れるようになり。

 外から人が来るのだから、周辺領地での宿泊業も好調だ。


 それに蒼い薔薇が持つ領地はそれぞれ名産品や特産品が微妙に違うので、郷土料理と一口に言っても味付けが変わっている。

 宿や街の飯屋では各地から食材を回しているため、誰もが順調に外貨を稼げていた。


 その上で外部に販売するための商人を募ったところ。

 一旗揚げたい若手の商人も集まってきて、一部の者は店を構えるまでになっている。


「ベアトリーゼやセリアの望みも、これで叶うはずだ」

「食い倒れ計画……でしたか。軌道に乗るものですわね」


 食品加工や土産物の販売で立ち上げにも成功したのだから、運河の運用が始まればその後も安泰だろう。


 王国の最果てにある寂れた領地は急速に発展しつつあり、まさに順風満帆と言えた。



「ああ、そうそう。それはさておき、今日はお願いがあって参りましたの」


 一旦領地の展望から目を離したリリーアが、今日ライナーの領地を訪れた目的を告げようとしたのだが――


どっち・・・だ?」

「レパードさんの方ですわ」


 皆まで言う必要すらなかった。

 ライナーと過ごしているのだから、彼女の反応速度も日々向上している。


 人間の盗賊が増えてきたと感じたら、レパード率いる囚人軍団に。

 魔物が増えてきたと感じたら、ノーウェル率いる自警団に援軍を頼むシステムができあがっていた。


 ライナーが采配しているため、何かあれば手紙で依頼が来ることになっていたのだが。今日はリリーアが様子を見がてら直接話をしに来たらしい。


「師匠は行けるか分からないが、第四部隊を送るから使ってくれ」

「……今さらですが、囚人がこんなにいる領地も珍しいと思いますわよ」

「貴重な戦力だ。全て有効活用していく」


 今やレパードは領ライナーきもいりの牧場経営と、六領地全ての警察組織のトップを兼任しているような、屈指のスーパーエリートになっていたのだが。


 治安維持のために、彼を街道へ送った場合はどうなるか。


 テイムした囚人たちが、商人を狩ろうとする盗賊を逆に狩りつくし。

 商人狩り狩り・・・・に狩られた商人狩りが寝返って。

 また商人を狩ろうとする盗賊を狩りに行く。


 田舎の割りに好景気ということもあり、野盗の数も日を追うごとに増えているのだが。

 そのほとんどが捕らえられてテイムされていくのだから、今や囚人の数は八百人を超えていた。


 普通は犯罪奴隷として過酷な刑務を与えて使い潰すか、見せしめとして処刑されるのが常で。人口が多い王都でも、ここまでの数は抱えていない。


「第一期の奴らにはそろそろ恩赦を与えてもいい頃かとは思うが、もう少し様子を見てからだな。働きの評価は報告書で頼む」

「いつも通りですわね」


 日ごとに人が増え、仕事が増え、領地の収入が増え、発展を続けている。

 蒼い薔薇が目指した貴族への返り咲きは、これ以上ない形で達成されたのだ。



 めでたしめでたし――とは、もちろんならない。


 ここで終われば十分にめでたいのだが、リリーアに限って言えばそうでもない。


 例えば魔物素材の売却益は大きいが、冒険者からは税を取っていない。

 それに、職人と商人へも減税を約束して人を集めている。

 元々領地に居た住民の税率も特に変更していないので、税収はそれほど上がっていなかった。


 彼女も両親もすっかり忘れているだろうが、もうすぐ冒険者や一部の職人へ定着補助金の支払い時期が来る。

 確かに収入は上がっているが、それ以上に支出が増えてしまった。



 ライナーは自らの領地の管理を最速で行うべく全力を尽くしていたし、見えているものは好景気であるという事実のみである。


 リリーア領の財政調査など誰もやっていないので。いつかは危ないと誰もが思いながら、差し迫った危機に気づいている者はいなかった。



「そうですわ、茶葉を取り扱っている王都の大手商会が、私の領地でも生産と販売を始めましたの。今度ライナーさんもお茶会をしにいらっしゃらない?」

「そうだな……街道の視察もしたいし、そのうちお邪魔させてもらおうか」

「ええ、楽しみにしていてくださいな。自慢のティーセットをご覧にいれますわ」



 リリーアは上機嫌に笑っているし、ライナーはお茶請けを何にしようかなどと考えている。


 しかし領地の財政が破綻するまで、残り八カ月のペースで事態は動いている。


 彼女たちがその事実に気づくまで、あと一ヵ月。





― ― ― ― ― ― ― ― ―


 ここはバレット領魔物牧場!


 宣伝の主役はキラー・ベアたちです。

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