第四十一話 女子会



「女子会を始めます」

「いえーい」

「久しぶりですわねぇ」


 ライナーの領地から魔物を追い出し、リリーアの領地で撃退するという大規模掃討作戦を間近に控えたある日。


 先に現地入りした蒼い薔薇のメンバーは、リリーアの屋敷で会合を開いていた。


 王都からやってきた職人が、挨拶の時に持ってきたお菓子などを摘まみながら。囲炉裏いろりのような暖房を囲んで優雅にティータイムである。


「紅茶じゃなくて薬草茶なのが惜しいな」

「仕方ありませんわ。いずれ栽培しましょう」


 手にしているのは熱々の薬湯で、ところどころ貴族のお茶会からは外れているのだが。集まって話をするのが目的なので、アイテムはそれほど重要でもない。


 領地の開発を始めてからは別行動が増えたから、意思の疎通を図るにはこういう機会も重要なのだ。


 ――というお題目で、息抜きにダベりたいからと集まった一行であった。


 お茶会とは言うが既に日は暮れており、皆でお風呂に入って、楽な恰好に着替えた後である。


「さて、何を話すかな」

「じゃあ私の調査結果から」

「何の調査ですの?」


 甘い蜜がかかった団子をもぐもぐと咀嚼そしゃくしながらリリーアが聞けば、ルーシェは書類を床に広げた。


「王都に使いを出したついでに調べさせたら、ノーウェルさんの正体が分かったの」

「師匠の正体?」

「確かに、気にはなっていましたわね」

「……ん」


 興味津々と言った様子で皆がルーシェの話を待てば、彼女は苦笑いをしながら言った。


「開拓団長だったのは本当だし、相談役をしているのも嘘じゃないけど。あの人は元A級冒険者で、本物の・・・ドラゴンスレイヤーよ」

「……本物って言うと、まさか」

「ええ、素手でドラゴンを討伐したらしいの」


 やはり人外の者だったか。と、誰もが思った。


 ドラゴンの前に立って生き残れる冒険者は千人に一人。

 ドラゴンを殺した者は、生き残り千人に一人。


 彼は百万人に一人のつわものだったのだ。


「そりゃあ青龍も警戒するわけだ」

「ライナーさんのところで何か?」

「ああ、森から歩いて来るノーウェル師匠の気配を感じたらしくて。あのドラゴンが全力で威嚇してた」


 資料を見れば、彼のドラゴン討伐は三十年前の話だ。


 全盛期ほどの力はないだろうと思いつつも、気性の荒い青龍が恐れを抱くくらいの実力は、まだ保持しているらしい。


「王都での収穫はこれくらいかしら? 他には目ぼしい話も無かったわ」

「女子会らしくない話題だねぇ。何かこう、オシャレな話題ってないの?」

「うーん。王都にいた頃と比べれば、悲しいくらいに何も華やかな話題が無いわね」


 ルーシェはそう言いつつ茶をすすった。

 しかしベアトリーゼはもっと女子会らしい女子会をしたいのだ。


 茶菓子を食ってお茶をすすり、座布団の上で囲炉裏を囲むというシチュエーションなのだから、話題くらいは華やかなものにしたかった。



「……恋愛」



 女子会と言えば。ということでララが話題を振ったのだが。


 一行の間には戦慄が走った。


 現在彼女たちの近くにいる男と言えば、あのスピード狂だけなのだが。

 果たして彼は誰かの恋愛対象に入っているのか。


 一瞬にして張り詰めた空気が流れたが、その思惑は様々である。


「恋愛と言っても……。私たちに近しい異性だなんて、ライナーさんくらいですわ。彼とお付き合いができるか否かですわね」


 ぶっこんだな。と、思いながらベアトリーゼは茶菓子を口に放り込む。


 探りを入れるというステップを抜かして、いきなり切り込むとは流石リリーア。

 そう思いながら、友人たちの顔を見渡したのだが。


「……アリ」

「マジかよララ!」

「私も、なくはないですわね。お付き合いは検討できますわ」

「リリーアも!?」


 ララとリリーアは、アリ。

 セリアとルーシェはナシの方向のようだ。


 さあ、面白くなって参りました。


 セリアはライナーと気が合う方だと思っていたが、恋愛対象としては見ていなかったらしい。

 反対に、普段はそれほど接点が無いララは意外とお気に入りのようだ。


 何かと漫才をやっているリリーアと、常識人枠のルーシェは予想通りとして。

 ここからどんな修羅場が生まれるかと、ベアトリーゼはワクワクしていた。


「えーっと……ララは、なんでアリなの?」

「……趣味」


 その言葉だけで全員が何となく察した。


 ララの趣味は骨とう品集めだったり爬虫類を愛でることだったり、世の中の女子から見れば王道を外れている。


 普通の男性貴族なら妻には刺繍や根回しの話術を求めるが、それはララの苦手分野である。

 ライナーはそんなことを求めないだろうから、気が楽でもあるだろう。


「なるほどねぇ。まあライナーなら気にしないだろうな」

「……ん」


 彼ならララの趣味にも理解があるだろうし、何ならサラマンダーのこともいたく可愛がっていた。


 家でヘビやトカゲを飼うのを嫌がる男性も多いだろうが。ライナーなら特段気にしないどころか、各種スキルによって完璧に飼育をこなすだろう。

 彼とお付き合いすれば、爬虫類の楽園レプタイルズ・ヘヴンで暮らすことも夢ではないのだ。


「でもさぁ、内面はどうなの? ライナーのこと好き?」

「……」


 それに身分は同じ準男爵。条件的には良さげだが、話のポイントはそこではない。

 ライナーに恋愛感情を持っているか否かだ。


 そう思い聞いてみたものの、ララは黙秘の構えを見せた。

 お茶会の席でも決して兜を脱がないため、これ以上の追求は難しい。


 ならばと、今度はリリーアに目を向ける。


「リリーアも。ライナーのこと好きなの?」

「うーん、突拍子もないことばかりするので、好き嫌いという分け方は難しいのですが……頼り甲斐はありますわね」


 どんな窮地でも何とかしてくれそうな雰囲気はある。

 確かにそれは分かる。


 だが恋愛感情が芽生えたというよりは、こちらも立場や条件を気にしているようだ。

 これなら今日明日にどうこうなるわけでもあるまい。


 と、思いながらベアトリーゼはまた茶菓子を摘まむ。


「そう言うベアトはどうなんだよ」

「そうですわ。ライナーさんはアリですの?」

「あはは、まっさかー。ないない」

「そうよね……ベアトまでそっち側じゃなくて安心したわ」


 安堵の溜息を吐くセリアとルーシェを見て、ベアトリーゼはほくそ笑む。


 この女子会初心者どもめらが、と。


 女子会で異性の話題を出すのは、「私あの人が好きだから応援してね」という牽制の意味になるか、「あはは、あんな奴ないない」と油断させているうちにかっさらう。その下準備かのどちらかだ。


 そんな意図を欠片も持っていない、ピュアな友人たちの発言を冷静に分析しつつ、ベアトリーゼはとぼけた様子で話す。


「まあライナーが私のことを好きって言うなら、お付き合いを考えるだけ考えてあげてもいいけどね」

「ははは、すげー上から来たな」

「しかも考えるだけなのね……」


 元々は子爵家のご令嬢で、没落の予定も無かった彼女は上流階級の腹芸に慣れていた。生まれた時から平民落ちが確定していた他のメンバーとはモノが違う。


 ベアトリーゼは人知れず、ライナーを落とすための準備を始めていたのだ。


 彼の性格がアレ・・なのは分かっている。

 だが、何が出てくるのか分からないからこそ楽しい。


 そんなことを思いながらも、彼女は思考と真反対のことを言い続ける。


「ライナーって変な奴だしね。付き合うにせよ結婚するにせよ苦労するわ、あれは」

「それはそうですわね」

「……ん」


 彼女はライナーの性格も悪いものだとは思っていなかったし。そもそもこれは上流階級の子女特有の「ないものねだり」精神だ。


 何でも手に入る地位にいた者は、手にしたことがない変わった物。希少性に惹かれる傾向がある。

 その精神がバッチリと根付いているベアトリーゼは、結構本気だった。


 恋愛は戦争。例え友人が相手でも容赦はしない。


 早い者勝ちなのだ。

 それこそライナーが求める最速だろう。


 誰かがライナーにベタ惚れだったり、メンバー全員が懸想けそうしていたのなら多少の遠慮はしただろうが。ララとリリーアが見ているのは条件や能力面だ。


 恋愛感情を持った強力なライバルがいないならば、遠慮することもない。

 ――そんな考えをおくびにも出さない態度で、彼女は話を続ける。


「そんなことよりさ、白い猟犬のメンバーはどう?」

「うーん、皆さん平民ですからね。今は少し、立場が違うというか……」


 何でもないような顔で話題を流しながら、策士は一人、腹の中で笑っていた。




― ― ― ― ― ― ― ― ―


 魔法使いは知力が高いんです(白目)


 誰かからライナーへの本気度が高ければ、修羅場を楽しみつつ昼ドラ的恋愛を。

 誰も彼を狙っていなければ、煙に巻きつつ速攻でライナー攻略を。


 ベアトリーゼにとってはどちらにしてもオイシイ展開でした。

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