第六十九話 一気に畳みかける



「え? もう九か所ですか? これから俺も作戦に加わろうと思っていたんですが」

「ああ、何て言うか……協力者っつーか、頼りになる部下ができたっつーか。まあ、作戦はほとんど終わったよ」


 ララを連れて領地に帰る道すがら。

 ライナーは進路を北東に取り、作戦行動中だったレパードを回収していた。


 王国が攻撃を仕掛けてきた瞬間、追加の爆弾を発動させるための仕込みだったのだが。


「フィリッポ子爵だけは最初から協力的、あとは敵対的だったな。あの家だけは何もしないで引き返してきたんだが、いいか?」

「想定よりもいい速さです。何も問題はありません」


 王国に牙を剥くという不穏な作戦でも。

 リリーア領に戦争を吹っ掛けて大惨事に見舞われたフィリッポ子爵だけは、非常に協力的だったらしい。


 仮に子爵家が動員できる最大兵力、一万人の軍を送りこんだとして。

 一万人が捕虜になればもう再起不能だ。 


 兄が失脚して跡を継いだ弟のフィリッポ子爵は。レパードがライナーからの手紙を届けるなり、即座に恭順を約束していた。


「そちらが完了したなら、後は空輸作戦くらいですか」

「だな。ワイバーンの巣は見つけてある。後は捕まえるだけだ」


 B級上位の魔物であるワイバーンを捕獲して、空輸を発達させる目途もついた。


 帝国に繋がる道を整備すると、領土を狙われる恐れがあったので。

 代替案として、空港を利用した輸送産業で儲けようという試みだ。


 ついでに西と南にも、この方法で貿易をする予定がある。

 王国から抜けたことによる経済的な損失はこれで補填するし。建国初期の財政は、間もなくボーナスタイムに突入する予定でもある。


 武力での侵略を防ぐ術もできたので、後は王国が罠にハマるのを待つばかりだ。



「建国すれば師匠にも爵位に就いてもらいますので、そのつもりで」

「どうしてこんなことになったかなぁ……」


 そして、警察署長などを歴任していたレパードであるが。

 この度、空輸産業の監督という業務が新たに追加された。


 領地を発展させる上では彼の働きも大きかったし、今後も重要なポジションに就くことは確定している。

 そういった事情で彼も、近々叙爵される予定になっていた。


 ――そんな今後の予定を話し合っていれば、青龍が前方を見て言う。


『そろそろ着くぞ』

「ああ、見えてきたな」


 蒼い薔薇のメンバーには、リリーアの領地に集合してもらっている。各地の冒険者ギルドに対する作戦は終わっているので、全員が集まっていることだろう。


 これから一戦交えるのだから、各領地からの兵も準備万端で集まっている。


 将軍はノーウェルだが、兵の練度は高いらしい。上空に青龍の姿が見えると、列を為して整然と出迎えの陣を整えていた。


 速度を落として着陸した青龍から、ララを抱きつつ着陸したライナーは。

 彼女を地面に降ろすと、数歩先に歩いてから言う。


「お帰り、ララ」

「……ただいま


 これで救出作戦は成功だ。

 出発した全員が、無事に戻って来ることができた。


「やっと帰ってきましたわね!」

「心配させんなこの野郎!」


 ララの姿を見て、帰還を実感した次の瞬間には。

 仲間たちが押し寄せてきて、ララは揉みくちゃにされた。


「お帰りなさい、ララ」

「ライナーと一番に結婚するのはいいけど。家の中をヘビやトカゲだらけにするのは止めてよね」


 各々が好き勝手にララの頭を撫で回していくが、素顔や過去に触れようとする者はいなかった。

 大事なのは中身であって、肩書や立場ではないのだろう。


「……やっぱり、これが日常だな」


 そんなことを呟いてから、ライナーは頭を切り換える。


 後は好きにさせておこうとその場を離れたライナーは、アーヴィンの横で控える元王国の官僚たちを眺めて言う。


「皆、よく決断してくれた」

「王国には先が無いと思っておりました。お誘いに感謝します」


 有能かつ、色々あって忠誠心が低かった官僚をまとめて引き抜いたのだ。

 階級が低くて実務能力が高い、実働部隊を奪い去った形になる。


 王国に残った役人は実務経験に乏しい高官の割合が高くなったので、これも打撃の一つになるだろう。


 運営のノウハウを持つ人間が抜けた穴をどう埋めるか、見ものだな。

 などと思いながら、ライナーは一人一人と握手を交わしていく。



 アーヴィンが行っている引き抜きは順調だった。

 ここにいる面々は王城襲撃の前に退職して、さっさと公国の領地に向かい始めていたくらいだ。

 最も早く決断した十名は、既に領地へと到着していた。


 ――王国を裏切って、新興国に鞍替えする。


 そんな決断に踏ん切りがつかなかった者はもちろんいたが、城の惨状を見れば決心は固まったらしい。

 追加で募集に応じる旨の連絡も増えてきており、現時点でも総勢五十名の引き抜きに成功している。


「これ以上抱えてもポストを用意できないからな。目ぼしい人材は来てくれたことだし、採用の条件を少し引き上げよう」

「ライナー様。人材を抜くほど、王国に打撃を与えられると思いますが」

「上澄みは取れたんだ。抱え過ぎても困るだけさ」


 早期に決断した者に多くの利益を与える。

 残された席は少ない。

 動く気があるならば、この情報を聞いたら即決するはずだとライナーは思う。


「この状態でまだ決断できない人間なら、判断が遅すぎる」

「承知致しました。既に返信が来た者以外はそのように処理を致します」


 各地で働く役人は揃った。

 王国の法をベースにした法典も、すぐにできるだろう。


 経済基盤を安定させる目途も経った。

 同盟の打診も反応は悪くないし、貿易の道は開けている。


 懸念されるのは、手持ちの資金が乏しくなってきたことくらいだが。その懸念を解消する早馬が飛び込んできたのは、それからすぐのことだ。


「北部貴族たちが、戦争の準備に入りました!」

「本当に、面白いくらい想定通りに動いてくれるな」


 王都の方からやってきた早馬の青年が言うには、王国は北部貴族を動員して対処に当たらせるらしい。

 主な兵を西に移動させて、公国に対しては北の貴族と騎士団で何とかする。


 そんな方針で固まったようだ。


「敵の指揮官は?」

「騎士団長のようです。北方貴族十三家に召集をかけており、既に騎士団がこちらに向かっています!」


 決まってから動き出しまでは早いが。

 しかし、決まるまでが遅すぎた。

 既に戦争に向けた作戦は完了しているし、ライナーの準備は万端だ。


「よし、それなら仕上げといこうか。師匠、大詰めです。残りも確実にお願いします」

「おう、任せとけ」


 騎士団長は、ララに対して「子どもが産める身体なら、怪我をさせてもいい」などとほざていた。

 彼が将軍として出てくるなら好都合だ。地獄を見せてやろう。


 そんな思惑を胸に。ライナーはレパードに向けて、作戦の最終段階に入ったことを伝えた。

 レパードが了承するのと同時に、今度はアーヴィンが木箱を抱えてやって来る。


「ライナー様。国旗のご用意ができました」

「これか……いいデザインだな」


 そしてライナーは。アーヴィンに製作を命じていた、公国の国旗を受け取った。

 白い縁取りがされた、蒼い薔薇・・・・が描かれた旗だ。


「デザインはルーシェにお願いしましたわ!」

「こういうの得意だもんね」

「だからって、国旗のデザインって。こんな風に決めるものじゃ……」


 作った本人は肩を落としていたが、既に同じデザインの旗が量産されているらしい。誰も意匠には文句を言っていないのだから、これを正式採用して何の問題もないだろう。


 即座にそう判断したライナーは、旗手の如く国旗を掲げて。

 その場の全員に向けて宣言する。



「我々は今日限りで、王国から独立する」



 歓声が上がる中で、無事に独立宣言が為された。

 集まった人間の顔を見渡すが、今さら降りようとする者もいないようだ。


 ならばと、彼は気合を入れて。

 大声を張り上げる。



「全ての準備は整った! ここからは、一気に畳みかける!」



 ララの戴冠式と建国式は、また後日になる。

 ひとまずは独立の宣言だけだ。


 全ては王国との問題にケリをつけてからだな――と、ライナーは南の空を見上げた。






 この二週間後。


 王国の主力軍はリリーアの領地から南へ一日ほどの場所へ陣を構えることになるのだが。戦闘開始からわずか三十秒で、全面敗走をするハメになる。


 後世の歴史書には「王国の衰退を決定づけた一戦」と書かれる戦いが、もう間近に迫っていた。


 ――独立したばかりの小国を、数の暴力で踏みつけてやろう。


 そんな考えをしている騎士団長も。今の時点では、敗北の未来を予想さえしていなかった。






― ― ― ― ― ― ― ―


 次回、決戦。


 ちなみに王子と騎士数名は、例の・・牢屋に投獄されました。

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