第六十八話 仕掛けた爆弾



 ライナーたちが飛び去ってから数日後。

 比較的被害が少なかった式場に貴族たちが集まり、会議を始めたのだが。


「ここまでの屈辱は初めてだ! すぐに全軍を動かすべきだろう!」


 まず、王国騎士団長は怒り狂っている。

 熱で曲がった自慢のカイゼル髭は綺麗に剃られていたものの。髪の毛を剃るわけにもいかず、くるくるパーマになったままだ。


 式場にライナーが侵入したことに気づかないばかりか。どうやったら見落とすのか分からないほど巨大なドラゴンまで素通りさせてしまった。


 敵の攻撃に対しても何ら手は打てなかったし。

 無謀にも迎撃を試みた団長は、爆風の余波と熱風で転げまわることになった。


 花嫁はまんまと攫われて。

 挙句の果てには王子まで誘拐された。

 しかも去り際には、オマケとばかりに王城の八割が破壊される始末。


「断固とした態度を見せねば、威信が揺らぐぞ!」


 振り返れば、前代未聞の大ポカを立て続けにやらかしていた。

 ここまでされたら国の威信に関わるどころか、何もしなければ存亡に関わる。


 もちろん彼の私怨を大いに含むが、主張自体は的外れでもない。

 被害状況を考えれば、確かに全軍を報復に向かわせてもおかしくはなかった。


「即座に大部隊を編成して、攻め込むべきでしょうな」

「建国を宣言したばかりの弱小国だ。今のうちに地図から消してしまおう」

「そもそも建国など認める必要は無い。あそこは我が国の領地だ!」


 騎士団長を中心としたオーブリー王子の取り巻きは、勇んで攻撃を主張したのだが。

 しかし、周囲の反応はイマイチよろしくない。


「大精霊様が、直々に降臨なされたのだ。あの国・・・には精霊の加護があるだろう」

「神につばを吐くような真似には、賛同できませんね」


 王国では高位貴族ほど、信仰心にあつい傾向がある。

 式場で大精霊の姿を目の当たりにした直後でもあるし、そもそもライナーの領地へ参拝している楽隠居も多いのが現状だ。


 聖地を破壊するような作戦案には、賛成できないのも当たり前だった。


 加えて。襲撃事件の直後に、教会から「公国に手を出せば破門する」という通達まで届いている。

 破門などされてしまえば、神に見放されるのと同じだ。


 とても手を出す気にはなれないと言い。既に出席者の三割ほどが、攻撃案の不支持を決め込んでいた。


「だが、このままでは恥晒しもいいところだ!」

「それを言うなら、あの王子の存在自体が恥晒しじゃわいな」

「左様。これ以上は隠し立てできぬ」


 別に信心深いわけではない者も、攻撃案には消極的だ。

 まずは火消しが先だろう。という意見もちらほらと見られる。


 オーブリー王子と取り巻きが、過去に行ってきた悪行。

 それが今この瞬間にも、凄まじい速さで出回っているからだ。


 こちらも襲撃の直後から全国津々浦々の街に立て札が立ち。

 今回の事件の経緯が、最初から最後まで残らず暴露ばくろされてしまったらしい。


「公爵家粛清から、洗いざらい。ですからな」

「権力を盾にした、大小様々な悪行もだ。どうして防げなかったか……」


 ご丁寧に立て札の横で、冒険者たちが読み聞かせをしていたというのだ。字が読めない貧民までもがゴシップに食いついたので、話が回るのも早かった。


 これは既に冒険者ギルドの本部に圧力をかけて、依頼を取り辞めさせたが。

 動きの早さが信憑性を持たせてしまい、逆に噂の広まる速さが加速する有様だった。


「陛下の出自にまでは触れていないのは、幸いと見るべきか。それとも……」

「公国と事を構えれば発表するという、メッセージにも取れますね。触れぬ方が無難かと思いますが」


 下手につつけばもっと危ない情報が出てくるだろう。そんなことは分かり切っている。

 保身に走った貴族たちは、もう北方については放っておこうと傍観を決めた。


 王子がやらかしたことは、そのまま王家に対する不信感に繋がる。

 そちらへの対処を誤れば反乱が起きるぞ、という懸念はもちろんあったのだが。


 一部の者は、それすらも後回しでいいと主張している。


「待て。今は、そんな話はどうでもよろしい。敵国の侵攻に対してどう出るかだ」

「南の反応も気になりますな」


 王国そのものが無くなってしまえば、名誉も評判も関係ない。

 まともな思考回路を持っている者は、直面している危機の方を見ていた。


 一昨日には南の共和国から、同盟破棄に向けた話し合いの使者が到着していたし。

 停戦中だった西の王国には、再び攻め込んでくる動きがあるというのだ。


 同盟が無くなれば、王国と敵国の戦力は五分五分。

 しかし、ゴタゴタで士気が下がっている兵士を送り出しても、対処できるかは怪しいところだった。


「対処が遅れれば、国が滅びる可能性まである」

「うむ、そちらから何とかしなくては」


 下手を打てば元同盟国まで攻め込んでくる可能性があるのだから、そちらを何とかする方が先だ。

 冷静になる人間が増えるほど、その意見に賛成する人間が増えていった。


 徐々に、「北よりも南か西」という意見が主流になりつつあるのだが。



 もちろんこれも、ライナーの仕込みだ。



 南には「ドラゴンの件は王国の自作自演。北の方でドラゴン飼ってます」という手紙を送っていた。

 事実として青龍が公共工事に従事しているし、人を襲うこともなく普通に暮らしている。

 そんなことは、共和国が人を派遣すれば即座に確認が終わった。


 ――ドラゴンのせいで経済が混乱したのは、同盟国の陰謀でした。


 そんな主張に裏付けが取れてしまったのだ。

 しかも、そのドラゴン使いたちは王国から離反するという。

 ドラゴンが王城を爆破していったのだから、こちらにも明確な証拠ができた。


 手紙を届けに行ったレパードとしては、南の外交官がやる気満々に見えたらしい。


 彼らは襲撃が終わったことを見届けてから、すぐに動いた。

 ここぞとばかりに、強気に出ることにしたようだ。


 王国と手を切って、裏切りのツケ・・を払わせてもいいし。

 同盟を継続するとして、属国レベルにまで落としてやろうかと目論もくろんでいる。



 一方で西には「王国で謀反が起きて、独立国家ができます。混乱するので、攻めるなら今ですよ」という手紙を送っていた。


 西国は王国から侵略戦争を受けていたので、強い恨みを持っている。


 逆襲で戦線を押し上げたはいいものの、南の共和国と王国が手を組んだ。

 だからやむを得ず、不利な条件で停戦をした――という状態だ。


 そしてライナーは、王国と共和国の同盟が解消される可能性が高いと伝えてある。


 だから、「この機会にやっちまえ!」とばかりに軍を集めており。

 既に出撃の準備は終わっていた。



 ついでに両国に向けて、ライナーが建てる国との同盟の打診をしたところ。

 西はノリノリ、南は王国の反応次第。

 そんな返信が返ってきていたところだ。


 裏話を知らない王国貴族の中では、「南が裏切って西と手を組んだのでは」などという的外れな見解が出始めた頃なのだが。


「まずは北伐して、名誉を回復させる!」

「そうだ! まずは王子をお救いせねば!」


 北から目が離れたかと思えば、騎士団長は強引にでも話を戻す。

 この繰り返しだ。

 国外からの危機に団結するかと思えば、そんな流れにもならなかった。


 北西南どこから手を付けるかという意見がバラバラなら、一部の者はしか見ていない。


まず・・、と言うなら。責任者の処罰からでしょう」

「そうですな。団長殿は、どのように責任を取られるおつもりで?」


 今度は野心家の貴族たちから、首脳陣への攻撃だ。

 王家に対する信頼が揺らいでいる今、体制にも変化があるだろう。


 この機会に得られるだけの権力を獲得するんだと考えた者たちが、嬉々として秘蔵のスキャンダルを持ち出していた。


「この醜態、どう始末をつけるおつもりで?」

「王子の悪行を揉み消していたのは、団長閣下ですとか」

「今はそんなこと、関係あるまい!」


 まずは騎士団長がやり玉に挙がったが。

 これは何も、ライナーたちがバラ撒いたものだけではない。


「いえいえ必要なことですよ」

「……そう言えば、宰相にも違法献金の疑いもありましたなぁ」

「財務大臣が資金を着服していたらしいのですが?」


 結婚式での醜態はもちろん追及するが。

 そのついでだ。

 各自が掴んでいた、誰かの弱みが大放出されていた。


「だから! まずは西国の侵略に対処する方が先だと言っている!」

「待て待て、オーブリー殿下の側近連中はここに残っているのだ。民に向けて釈明をしてもらう方が先だろう」


 次第に敵と味方が入り混じり。

 誰が誰と協力関係で、誰と敵対しているのかも分からない状況になってきたのだが。


「北は北部貴族にでも任せておけ! それより南の使者をいつまで待たせる気だ! 遅れるだけ印象は悪くなるぞ!」

「いやいや、まずは騎士団長を更迭しよう!」

「戦争の前にそんなことができるか!」


 安全保障と国の未来を考えている貴族よりも、好き勝手言っている貴族が圧倒的に多い。

 全員見ている方向が違えば、まとめる者もいない。


 会議は既に、泥沼と化していた。



「収拾がつかんぞ。王はどうなされた」

「体調が優れぬと、お休みになっておられます」

「ええい、この土壇場でなんと頼りない!」


 国王本人は無傷だったが、自分の城が焼野原にされたショックは大きかった。

 後宮は攻撃されなかったので、そこで妻たちに慰めてもらっているらしい。


 決定権を持つ国王が不在では、何も決まらない。


 しかし仮に今すぐ復帰したとして、日頃から王家に反感を持っていた貴族たちからの総攻撃に遭うことは間違い無い。

 彼が戻ったとしても、泥沼が一か所増えるだけだ。



 全員が違う思惑を持ち、足の引っ張り合いが加速する。


 ライナーの思惑を超えたグダグダぶりが展開されていたのだが。彼がまだまだ爆弾を仕掛けていることなど、彼らはまだ知る由もない。


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