第六十七話 派手に行こうか
ライナーがララを抱きとめてからすぐに、式場のドアが乱雑に開かれた。
会場の人間が一斉に振り向くと。
そこには今日の主役だったはずの王子の姿がある。
異変を聞きつけて予定よりも早く来てみれば、自分が立つはずの場所。
新郎の位置に別な男がいたのだ。
「何だ、この騒ぎは!」
彼は鼻息も荒く、怒気を露わにしていた。
その様を冷めた目で見たライナーは、壇上から王子の姿を見下ろして言う。
「結婚式に武装した部下を連れてくるとは、何とも無粋な奴だな」
「貴様は……なるほど、そういうことか」
流石に王子も、ライナーの顔くらいは知っていたようだ。
婚約者が花嫁を奪い返しに来た。
そんな状況にあることを察しながら、不敵な笑みを浮かべる。
「私は尊い身なのでね。いつでも傍に護衛は必要なのさ。……まあ、貴様程度が相手であれば、必要ないものではあるがな」
下級貴族たちは、ドラゴンスレイヤーを相手に啖呵を切る王子に驚いていたのだが――彼は知っている。
龍殺しの英雄。
その正体は、ただドラゴンに命乞いをして、ご機嫌取りに成功しただけの者だと。
日頃の行いに対する評判が低いこと。
血筋を理由に蔑まれること。
そんな気に入らない現状を変えるチャンスが、目の前に転がっている。
「私には剣術の心得がある。王宮主催の剣術大会でも、三位の――」
「御託はいいからかかって来い」
ドラゴンスレイヤーよりも武力に優れると証明して花嫁を奪い返せば、評価はうなぎ登りだ。
数を味方に付けたなら、王位継承に文句を言う者もいなくなるだろう。
オーブリー王子は既に勝った気で、そんな算段を立て終わっていた。
彼の目にはもう、栄光と玉座しか見えていない。
「フン、未練がましい男め。貴様にはこの私が、直々に引導を渡してくれるわ!」
王子はそう言うと、腰の剣を抜いた。
恐らく名工が作ったのであろう、切れ味の良さそうな逸品だ。
いくら評判が悪かろうと、彼が英才教育を受けていることは間違い無い。予想より幾分かは鋭い斬撃が、ライナーを襲ったのだが。
「遅い」
「あがっ!?」
冒険者を続けて六年。常に至近距離で攻撃を避け続けてきたライナーには、あくびが出るほど遅い攻撃だった。
彼が一回斬る間に、ノーウェルならば十回は致命傷を入れてくるだろう。
むしろ、こんな生易しい攻撃を受けたことが久々だったくらいだ。
ライナーは王子の攻撃を軽く避けながら、口の中に丸薬を突っ込んだ。
「き、さま、な、なにを!」
「
「え、ええっ!?」
この場の大多数を占める下級貴族には、そもそもこの結婚に関する情報がまるでない。
王子が結婚式をやるから来いと、急に集められたからだ。
「ど、毒薬!?」
「オーブリー殿下が、暗殺だと!?」
一連の流れが分からない上に、唐突な王子の毒殺事件。
式場は騒然とし、もうパニックの一歩手前に陥っている。
「こ、ころせ!」
「は……はっ!」
「かかれ!」
そして、途端に呂律が回らなくなった王子は、それでも部下に攻撃を命じた。
五人の騎士が剣を抜き、一斉に斬りかかったのだが。
「兵の質が悪いな。お前らも遅い」
「あ、何だこれは!?」
「ひぃぃ! ば、化け物が!」
ライナーの足元を中心にして、
中身は風で巻き上げた即効性の痺れ薬だが。風に乗って漂う粉薬を防ぐ方法など、騎士たちには咄嗟に思いつかなかった。
そもそも何で攻撃されているのかも分からないのだから、見事に直撃して。
全員があっさりとダウンする。
「あ、ああ! いますぐ、げど、く、しろ!」
「喚くなと言っている。……ただの痺れ薬だ。死にはしない」
「なんらと! き、きさま、ただ、じゃ――」
ただじゃ済まさないぞ。
王子がそんな言葉を言い切る前に――今度は式場の天井から、光が降り注ぐ。
『この
精霊だ。あれは大精霊様だ。
そんな呟きを皮切りに、会場のあちこちからどよめきが起こる。
――そしてこのタイミングで精霊が現れたことに、おめでたい頭をしている王子はピンときた。
勇者や建国の王が現れた時、精霊が力を貸すという。
これは、精霊が自分に力を与えて、王になれという啓示なのでは、と。
その推測はもちろん的外れで。
『さあ、宣誓を』
「ライナー・バレットは彼女を愛し、守り抜くことを誓います」
風の大精霊のことを知っているララは、何となく状況を理解しつつ。
彼の前で礼をしてから、ライナーの手を固く握った。
『新たなる王の誕生を祝い、ここに世界の祝福を』
柔らかな光が二人を包み込み、式場全体が木洩れ日のような温かさで包まれた。
――この光景を見て、一部の人間が椅子から降りて一斉に跪く。
信心深い貴族たちは、もう一心不乱に祝福の言葉を唱えているのだが。
もちろんこれは仕込みだ。
お供え物を半年の間、四倍に増やすという条件の下。
ララを奪還したタイミングで、大精霊がこのセリフを言う約束になっていた。
随分と安い取引だが、「建国の王」に力を貸すのは精霊の役目通りである。
実際には
「これ以外にも色々と仕込んでいる。安心していいぞ」
ライナーはララの耳元でそっと囁いたのだが。
そう言えば、彼は何をするか分からない男だったな、と。思い出して笑う。
「行こう」
ノーウェルの元で鍛えていてよかったと、ライナーは心の底から思った。
ララを姫抱きにして、真っ直ぐにバルコニーへ歩いて行くのだが。これは意外と力を使う。
しかし、悠々と去って行こうとする彼らの背後では、警備に就いていた騎士たちが動き出していた。
「何をしている、奴を捕らえろ! 殺しても構わん!」
「し、しかし、ラファエラ様が……」
「世継ぎさえ産める身体ならそれでいいのだ。多少の怪我はやむを得ん、やれッ!」
騎士団長と思しき男が叫べば、会場に配備されていた護衛たちが斬りかかっていくのだが。
二人へ近づくことすらできず、痺れ薬の嵐に見舞われて倒れていく。
「……どうやら遠慮は要らないようだな。よし、仕上げといこうか」
何をするのだろうと思い、ララがライナーの顔を見上げれば。
彼は少し意地の悪い顔をしながら笑っていた。
「大道芸人は演出に
そんなことを言いながらバルコニーに近づき――そのまま身を投げ出した。
普通なら真っ逆さまに転落していくのだが、彼は空を飛ぶことができる。
しかし今回は自力では飛ばず、下で待機していた
「作戦開始から五分。想定通りのタイムだな」
ここで仕込みの第二段だ。
王城前の広場に集められた民衆の最前列へ陣取り。
人間の姿で待機していた青龍が――元の姿に戻って羽ばたいた。
彼女は空中にいた二人を背に乗せて、そのまま天高くまで舞い上がる。
表へ出てきた騎士たちが見上げれば。
そこには最強と
『GYAAAAAAAAAッッ!!!』
咆哮。叫び声だけで窓ガラスが全て砕け散り、欠片が辺りに降り注いでいく。
ライナーが彼女に頼んだのは、とにかく大声で叫ぶこと。
これは事前に考えていた全プランで共通だ。
そして、その後は式場でどんな展開になったかによって変わってくるのだが。
「プランDでいくぞ。攻撃目標は東西の尖塔、東の迎賓館、騎士団の練兵場と、その横にある武器庫に――」
『あの会場以外の、全てであろうが』
「それもそうだな。後宮付近と出入口だけは避けてくれ」
今回ライナーが選んだのは、
王国側の対応が気に入らない場合、
会場に集まった貴族たち、彼らを守る騎士たち、広場に集まった民衆。
咆哮で腰を抜かしている者が大多数なのだが。
追い打ちをかけるように、青龍が攻撃を開始する。
「さあ、一息にやってしまえ」
『誰にモノを言っている。――龍の力、見せつけてくれよう!』
彼女がブレスを吐けば、終末の光が降り注ぐかのような光景が生まれた。
歴代国王の銅像も。
鉄でできた何かの記念碑も。
堅牢な尖塔も。
贅を尽くした建物も――全てが爆炎で崩壊していく。
迎撃しようとしている騎士などは爆風の余波で転がって行くが。
見たところ死人は出ていないどころか、怪我人すらもほとんどいない。
どちらかと言えば、精神的な衝撃の方が大きいようだ。
建国から七百年をかけて築き上げた物。
王国の歴史そのものが崩壊していく様を、間近で見ているのだから当然だろう。
「ついでに……あのヒゲの男が見えるか? バルコニーの上だ」
『あ奴が何だと?』
「彼には少し腹を立てているんだ。死なない程度に焦がしてくれ」
『面倒な。……地面を炙ればよいか』
青龍がバルコニーの下部にマグマのような煮えたぎる吐息を吐けば、着衣発火するレベルの熱気が生まれた。
炎に直撃はしていないものの。騎士団長専用の豪華なマントが焼け焦げて、ついでに髪の毛とヒゲが熱に負けてカールしていく。
バルコニーに刺さっていた国旗も景気よく燃えている様を見て、ライナーは両手を広げて高笑いしている。
「はっーはっはっは! 意外と爽快だな。魔王にでもなった気分だ」
『あ奴らからすれば
愛する人を取り返しに来た勇者から、全てを破壊する魔王に早変わりだ。
式場では早替えの芸をしたが、どちらかと言えば演劇のような展開でもある。
劇の方には手を伸ばしていないが、この騒動が落ち着いたら劇団でも作ってみようか。などと、場違いな考えすら浮かんでいたライナーだが。
「ああ、忘れるところだった。ついでにあいつらの身柄も拘束しておこう」
思い出したかのように、気絶した王子たちを暴風で巻き上げた。
空中に放り出した後は掃除機の様に吸い込み。青龍の背中に乗せて回収していく。
王国の威信をまとめてぶち壊す作戦は、完璧に実行された。
これで、この場で行う作戦は全て終了だ。
『用は済んだな。行くぞ』
「ああ、撤退だ!」
暴れるだけ暴れて、ライナーたちは王国を後にする。
取り残された王国の人間たちは茫然としているが。
彼の作戦が始動するのは
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