第二章 ドラゴンを追って
第十七話 目的地は
「次の馬車が出るのは二時間後だ。全員、発車の十分前には到着しているように」
「はーい」
「よっしゃ、お菓子買って来ようぜ!」
「遠足ではないのですが……」
「明るいことはいいことですわ」
「……ん」
南へ向かう乗り合い馬車を、乗り継ぐこと三回目。
一行はドラゴンの後を追い、国境付近の街にまで来ていた。
次の馬車の時間を確認して、それまでの間は自由行動。
そんなルーティンが出来上がっているのだから、各自の行動も早かった。
セリアとベアトリーゼはお菓子や軽食を求めて歩き出したし、リリーアとルーシェはララを連れて、ご当地の工芸品やアクセサリーを見に行った。
ご当地の物を身に付けていると、その地方の領主などから反応がいいとかで。彼女たちは行く先々で買い物に興じている。
セリアとベアトリーゼのコンビも、食事を済ませたら買い物に向かうのだろう。
社交には金がかかると言っていたが、こういうところで散財するから貯金ができないのだ。
などと思いながら、ライナーも早速大通りを歩き始める。
「さて、本でも買うか」
一人残されたライナーもまた、近くの店をぶらついていくのだが。
この街は活気があるようで、露天商の数が多ければ、目を引く品も多かったようだ。
「ん、これは?」
「そこの鍛冶屋が作ったナタだよ。頑丈だぜ。今なら銀貨25枚だ」
「銀貨20枚なら買おう」
「いいぞ。ほれ」
本はそれなりに高価なので、大体どの街でも大通りに店がある。
そこまでの行きがけに、通りに並ぶ露天商の一人から装備品を購入したライナーではあるが。
「冒険者のお兄さん! この小盾はどうですか? 金貨3枚です!」
「金貨2枚なら買う」
「厳しいなぁ。金貨2枚と銀貨15枚では?」
特に財布と相談する様子を見せなかったので上客だと見られたらしく、隣の露店にいる青年からも声を掛けられた。
どうやらそちらは防具屋に分類されるようで、店先に並んだ品は主に盾だ。
さて、ライナーにとって値切りは一発勝負である。
払ってもいい金額を伝えて、ダメなら次。
よほど欲しい物でもない限り、その繰り返しだ。
露店の青年は渋い顔をした後、価格交渉を始めようとしたのだが。
「それなら要らない」
「え? ちょっとお兄さん!」
ライナーは言い値が通らないと見るや、あっさりと露店を後にした。
彼にとって買い物とは、インスピレーションなのである。
一見して、欲しいと直感したもの。何かに必要だと思ったものなら全て買う。
ただし値段相応の物だけを。
必要かつ欲しいものなら多少の散財はするが。
高価な物を買った分だけ、稼ぐための時間を浪費したという見方もできる。
そこいくと。安値だとしても、要らない物を買うのは本当に無駄だ。
使わずに置いておくならスペースの無駄だし。捨てる労力と、支払った金額を稼ぐために使った時間も無駄になる。
無駄なことを省くのが効率化。
効率化は速さを生む。
だから買い物とは、必要かつ欲しい物を安価に手に入れるのが
と、相変わらず不毛な人生レースを送っているライナーではあったが。
露店が密集しているエリアを抜けた時、とある見世物小屋の前で足を止めた。
「火吹きトカゲのサラマンダーと一緒に、私も火を噴きまーす!」
横に居るトカゲと全く同じ仕草で動き、火を噴く仕草までがまるで同じ男を見つけたのだ。
芸に通じるライナーなら分かる。
青年は口から火を噴いているが、あれは油などを使ったトリックではなく、魔法に準ずる何かだと。
しかし、彼が魔力を使った形跡はない。
魔法を使えば残滓のようなものが散るのだが、そんなものは欠片も見当たらない。
「妙だな」
街角で一人
それに、正しい情報に基づかない推測は誤った結論を生む。
であれば、この場合の最適解とは何か。
「ありがとうございましたー!」
「少しいいだろうか?」
「え、あっ、おひねりありがとうございます。……えっと、何か御用で?」
本人に聞くことだ。これは間違い無い。
まずは、芸のおひねりとして銀貨を帽子の中に入れる。
「先ほどの物真似は凄かった。名人芸と言ってもいい」
楽しんだ分はきっちりと金を払ってから、早速ライナーは切り出していく。
「そう言ってもらえると、物真似師冥利に尽きますね」
「それで……芸人に芸のタネを聞くのは野暮だと思うが。アレは一体どうなっているんだ? トリックでも魔法でもなさそうだったが」
ライナーがそう聞けば、物真似師の青年は少し嫌そうな顔をした。
「お客さん、もしかして同業?」
「分かるか」
「何となく目つきというか雰囲気がな。銀貨くらいで同業に手を明かしたら、飯の食い上げだよ」
「確かに」
同じ芸を披露されてしまえば、彼の収入が減るのは間違いない。
物真似師が芸を物真似されるなど、屈辱でもあるだろう。
それはライナーにも納得できたが――それでも彼は退かなかった。
そもそもライナーの勘は結構外れるし、今の行動は彼の流儀にも合っていない。
売り渋っている相手に「売ってくれ」と頼み込むなど、普段の彼からすれば時間の浪費以外の何物でもないのだから。
だが、それでもライナーは知りたかった。
直感ではあるが。彼の芸を見て、何かピンと来るものがあったのだ。
「そこを何とか」
「ダメだって」
どこかそわそわした様子で食い下がっている今の姿を、蒼い薔薇の誰かが目撃したとすれば。驚愕しながら二度見するのは間違いないだろう。
「しつこいな! 芸人なら、技は盗むもんじゃあないのかい? どうなんだ!」
旅の解放感が悪い方に出たのだろうか。
依然としてしつこく食い下がるライナーに対して、青年はとうとう怒り始めた。
「旅の途中で時間が無い。道理を押して、技を売ってくれないか」
「へぇ、俺の技にいくら出すって?」
「逆に聞こう、いくら出せば教えてくれる?」
ライナーとしては、ただの直感で技を教わろうとしているのだ。
彼に値付けなどできるはずもない。
だから――
「へっ、知りたかったら金貨100枚だ。ビタ一文負からんよ」
「その倍、金貨200枚を払おう」
「倍って言われたってなぁ、こっちも……何?」
「言い値の二倍出す。指導料込みで」
相手が指定した金額の倍額を支払い、即決させることに決めた。
即決。即座に決める。
なんと心地よい響きだろう。
強気に出ていた青年だが、ライナーの言っている言葉の意味を呑み込むまでに五秒ほどかかった。
そして彼はライナーに尋ねる。
「正気か? 俺を
「200枚なら現金で持ち歩いている。確認してくれ」
「え?」
日頃から無駄遣いをせず、赤龍撃退の報酬だって手付かずで残っているのだ。
以前から結婚資金も貯めていたので、彼の貯金は金貨3500枚となっていた。
十六歳を前にして、同世代の数百倍の財力を得ていたのである。
そんな彼は普段から大量の硬貨を持ち歩いており。
腰に下げた革袋の中からジャラジャラと金貨を流して、おひねりの上に投入していった。
「う、おおおお!?」
「さあ、確認を」
そこにあるのは、金貨がきっちり200枚。
王都に住む市民の平均年収を、少し超えるくらいの額だ。
そんな金額がポンと出てきたのだから、物真似師の青年も目を見開いて唖然とした。
銀貨ですらここまで貰ったことが無い彼は、目が飛び出るほど驚いている。
「え、ほ、本物か!?」
「
こんな金額を持ち歩くのに不安は無いのかと聞かれたら、彼は無いと答えるだろう。
ひったくりなど余裕で捕まえられる脚力があるのだから、追いついてしびれ薬を叩きつければ一撃だ。
犯罪に怯えるくらいなら、一目惚れしたものをその場で確実に手に入れられるように、多めに持ち歩いた方が効率的だ。
その方が金を降ろしに行く手間が省ける。
そんな考えをしているライナーは、一部を銀貨に両替して、常に金貨210枚を持ち歩いていた。
値付けが雑な店だと金貨100枚の商品が多いため、その対策で金貨200枚だ。
不用心にもほどがあるが、全ては効率。
つまり速さのためである。
ライナーがどこか誇らしげにしている姿とは対照的に、目の前の青年は呆れや驚きを飛び越えて、恐れを抱き始めていた。
「え、ええっと、アンタ――いえ。貴方は、どこかのお貴族様だったので?」
「詮索は無用。さあ、さっそくタネを教えてくれ」
刹那、青年の頭の中に様々な考えが巡る。
例えばライナーが同じ芸を街角で披露して、多少客が減ったとして。貰った金額がマイナスに転じるのは何十年後だろうかという損得計算。
そもそもの話、こんな金額をポンと出せる少年など、絶対に貴族のボンボンだ。道楽息子という奴か。
という、ライナーへの分析。
青年はライナーの正体が貴族だと勘違いして、申し出を断ることに更なる恐怖を感じた。
飴でダメならムチが出てくるかもしれないのだから、当然だ。
「さあ」
「う、ちょ、ちょっと待ってくださ――」
「さあ、早く」
と、無表情で迫って来る最速狂を前にして、青年は後ずさる。
物真似師の命運や、いかに。
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