第十八話 仲間入り



 集合時間になっても、ライナーは戻って来なかった。


「遅いですわ!」

「もうすぐ馬車が出ちゃうね」


 いつもは集合時間のきっかり十分前に現れるので、速さや早さ――に関連した時間・・にも、異常にこだわる彼が遅刻するなど非常事態と言える。


 リリーアは単純に遅刻を怒っているが、ルーシェは不安そうな顔をしていた。


「迷子でしょうか? しかしライナーさんなら、自分が歩いた距離と歩数くらいは数えていそうなものですが……」

「否定できないのが辛いところだな」


 その程度、ライナーなら平然とやってのけるだろう。

 そんな思いが全員の頭に過ぎったのだが。


「迷子でなければ犯罪に巻き込まれたとか。ライナーさんは貧弱ですし」

「うーん。これ、普通は男女が逆だよね?」

「どうしてアタシらが、ライナーの心配をしているんだろうな」


 それはそうとして、もうじき南に向かう馬車は行ってしまう。


 今日の乗り合い馬車は、今彼女たちの目の前にいるもので最後だ。

 次の便は明日の昼頃になる。


 蒼い薔薇が――というか、ライナーが山から追い出したドラゴンは依然として街道に影響を与えているはずだ。

 その思いが彼女たちを焦らせていた。


 一日遅れる毎に、賠償金が膨れ上がる可能性がある。


 実家が貧乏なリリーアとしては特に先を急ぎたいところであったので、相当焦っていた。

 もう待ちきれないとばかりにそわそわし続け。


「ああもう! 探しに行きますわよ!」


 そのうち我慢の限界が来たのか、街の大通りに向けて走り始めてしまった。


「ちょっとリリーア、行き違いになったらどうするの!」

「その時はその時ですわ! 馬車を逃したら、ライナーさんに宿代と食事代を持たせて差し上げます!」

「お、それいいな」


 平民が貴族を待たせるなど、もってのほかだ――という義憤? ともかく階級意識が高いことも手伝ってか、リリーアは怒りのままに、ライナーを探しに走り出した。


 貴族のご令嬢が街中をランニングするなど、はしたないと言われても仕方がないのだが、そこはもう、どっぷりと冒険者家業に浸かっているのだから仕方がない。


 それにまだ貴族には返り咲いていないので、今ならまだ大丈夫だろう。多分。

 そんなことを思いながら、やむを得ないとばかりにルーシェたちも続く。


「アテはあるの?」

「どうせ本屋でしょう、全く」


 普段のライナーは、浮かせた時間で大体読書をしている。


 数日前には「馬車で読む本が無くなってきた」とも言っていたので、恐らく本屋で立ち読みでもしているものだと、リリーアは考えた。


 そして大通りを走り抜けていったのだが。リリーアが通り過ぎた通りの一角には、黒山の人だかりがあった。


「なーんか、前にもこんなことあったよな」

「あったわね」


 それを見たセリアとベアトリーゼは、ふと足を止める。

 ライナーが大道芸をしていれば、いつでも超満員になるほどの集客力があった。


 もしかして、と思い。

 セリアがベアトリーゼを肩車すれば――予感は的中だ。


「いつもは私とサラマンダーのコンビ芸ですが、今回は弟子も連れての公演です! いやはや弟子の方が人気のようで、少々嫉妬してしまいますが。まあ、それは舞台裏で話をつけておきます」


 物真似師の青年がブラックジョークを飛ばし、観客がくすりと笑った次の瞬間だ。

 青年に首輪を引かれて、テントの中からやってくる一匹のトカゲがいた。


 そしてトカゲの後ろから、四足歩行の・・・・・男も続いて出てきた。


「まだ火は吹けませんが、よろしくお願いします! 彼が弟子のライナーです!」

「……やっぱり居たよ」


 「まさか」という思いと、「もしかして」という思いが半々で足を止めたセリアたちではあった。


 しかし完璧に爬虫類になり切っているライナーに対して、彼女たちはもう半笑いすることしかできなかった。


「みんなー! ライナーがいたよ!」

「何ですって!?」

「うわぁ……凄い人ですね」


 引き返してきたリリーアはと言えば、猛然と観客の間を割って入ろうとしたのだが。

 ルーシェは人垣を見てあっさりと引き返し、芸が終わるまで待つことを決めた。


「う、うぬっ、く、苦し……」

「おい姉ちゃん、そんなに詰めるなよ」

「く……も、もう! ライナーさん! 一体何をしていらっしゃいますの!」


 何とかかんとか、ようやく人垣の海を泳ぎ切り、観客の最前列から身を投げ出すようにして、四つん這いになったリリーア。


 その眼前に居た男は、鳴いていた。


「ヴェッ、ヴェッ、ヴェヴェッ!」

「ヴェッ、ヴェッ、ヴェヴェッヴェ!」

「本当に何をしていらっしゃいますの!?」


 彼女と同じく四つん這いになり、火を噴くトカゲの動きを完璧に再現している。


 特に眼球の動きは見事なものだ。右目が左上を向き、左目は真下を向くなど、人間には無理がありそうな動きまで、完璧にトレースしている。


 もうカメレオンも真っ青な同化ぶりだが――ライナーはどうかしてしまったのか。


 彼が何をしているのか、リリーアには本当に分からない。

 人生十八年の中で得た記憶、体験を総動員するが。全く理解は追いつかなかった。


 よもや自分は精神攻撃でも受けているのでは――と、リリーアが不安になりかけたその時だ。


「ヴァ―ッ!」

「ヴァ―ッツ! あっ、できた」

「ライナーさんが、口から火を噴きましたわ!?」


 トカゲの真横でトカゲになり切っていたライナーが、口から火を噴いた。

 本人は意外そうにしているが、これには観客も、物真似師の青年もビックリだ。


「あれ、魔法使ってないね」

「分かるのか? ベアト」

「原理は謎だけど、何かのスキルじゃない?」


 メンタルが弱めなリリーアとは違い、ベアトリーゼにはそれなりに順応性がある。


 それに、前にも同じような光景を見たことがある彼女は、早速状況の分析を始めていた。


「掴んだようですね。極意を」

「ええ。師匠のお陰です」

「いえいえ。この習得の速さは……才能でしょう」


 彼女たちが見知らぬ男と、何故か師弟関係を結んでいることもリリーアの混乱に拍車をかけていた。


「さて皆さん、私の弟子が一人前になりました! 彼も今、火吹きトカゲへの仲間入りを果たしたのです! ここに盛大な拍手を!」


 前半はライナーの曲芸で客寄せができていたこともあり、青年の芸は大盛況のうちに閉幕することになった。


 それはいいとして、彼女らが茫然と芸を見ているうちにも、時間は過ぎている。


「一体何をしているのでしょうね……。あ、店員さん。アイスティーを二つ」

「……ん」


 騒ぎを避けたルーシェとララは、今日の馬車を完全に諦めていた。

 呆然とするリリーアを捨て置き、彼女たちは向かいのカフェでお茶を始める。


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