第十九話 無限の可能性



「さあ、説明していただきますわよ!」

「戦力になる技を見つけたから、習っていた。以上だ」

「わー、簡潔」


 向かいのカフェで寛ぐ二人に合流した一行は、早速ライナーへの吊るし上げを始めた。

 と言ってもリリーア以外は暢気にお茶を楽しんでいる。


「貴方のせいで、馬車を逃したではないですか!」

「いや。馬車に間に合っていれば、俺たちは死んでいたかもしれない」


 詰め寄るリリーアに対し、ライナーは淡々と、しかし真面目に答える。

 冗談を言っている気配も無く、彼女は声のトーンを少し下げた。


「……どういうことですの」

「よく考えてもみろ。彼ら・・には、俺が持てる最高の芸を披露した後だぞ」


 彼が披露したピックポケットや瞬間移動マジックなど、手品の基本も基本。


 四か月前に大道芸を始めたばかりのライナーには、引き出しがそれほど多くはない。一軍として起用できる芸は全て、前回の勝負で見せている。


 そんな事情を何となく察して、ルーシェはポツリと呟く。


「なるほど。ドラゴンへ披露する芸がネタ切れです。と」

「そういうことだ」


 悠久の時を生きている龍種ならばタネを知っている可能性もあったので、知っていたとしても目を欺けるように――技術やトリック抜きの力技まで使っていた。


 要するに素早さ全開で、ドラゴンすら目で追えない速さで動いたり、緩急で誤魔化したりと、涙ぐましい努力をしていた。


「前回ですら、後半はギリギリの戦いだったんだ。同じ芸で満足してくれるほど簡単な相手ではないだろう」


 どこかで新しい芸を仕入れなければ、今度こそ本当に殺されるかもしれないのだ。

 と、ライナーは表情に乏しいながら切実に語る。


「……むぅ。そういうことなら、事前に教えておいてほしかったですわ」


 ライナーなら、なんやかんやで何とかするだろうと謎の信頼を置いていたリリーアも、彼が意外と追い込まれていたことを知って、気まずそうな顔をしていた。


「あの場で捕まえなければ師匠は行ってしまった。一芸に秀でた人間には、いつどこで出会えるか分からないんだ」


 で、その新しい芸の仕入れ先がなのだろう。

 全員が彼の方を見れば、物真似師の青年は戸惑いながら答えた。


「え? ああ、そうですね。あそこで声を掛けられなければ、あの後すぐ北に行く馬車に乗る予定でした」


 青年はライナーに同意してからアイスティーを口にしたのだが、上流階級の訳あり冒険者たちに囲まれて、少し気まずそうにしていた。


「……で、何故貴方は、当然の如く同席していますの?」


 事情があったなら仕方がないとクールダウンしてきたリリーアは、次の矛先を物真似師の青年に向けた。

 物真似師の青年が何故同席しているのかと言えば。


「いえね、結構な前金を貰ってしまったもので、もう少し芸を仕込まないと貰い過ぎかなと思いまして」

「そうだ。俺はまだきっかけを掴んだだけに過ぎない。師匠に教わりたいことは沢山ある」


 年収に相当するくらいの額を貰い、客寄せでそれなりに稼がせてもらった青年は、律儀にライナーへ芸を仕込もうとしていた。


 意外と義理堅いな、などと思いつつ。

 ここでベアトリーゼは、素直な疑問を彼にぶつけてみる。


「さっきのアレ、何かのスキルだよね?」

「お目が高い。あれは《調教師》と《物真似師》と《テイム》の合わせ技です。自分で編み出した技なので、特にスキル名は決まっておりません」


 そこまで言ってから、青年はライナーの方を見た。ライナーは貴族のように見えないが、他の面々は話し方やテーブルマナーからしてお嬢様だと、青年は考えている。


 ――身分を隠して冒険者ごっこをしている放蕩ほうとう貴族と、その護衛。


 そんな見方もできるので、口数を増やして粗相をしないようにと気を使った結果がこれだ。

 聞かれたことに答えた後は、弟子に丸投げしようという寸法である。


「魔物や動物が使う技を、人体で再現する技らしい」

「ふーん。結構高度な技みたいね」


 話が早いこと王国一のライナーは即座に師の意図を汲み取り、説明を引き継いだのだが、その顔はどこか誇らしげだった。


「ああ。俺も《調教師》と《物真似師》は触りだけやったことがあるが、《テイム》の経験はからきしだったからな。初日で会得できたのは運が良かった」


 高難度の技を一瞬で習得したというのに、周囲の反応はかんばしくなかった。


「どんな人生を歩んでいたら、《調教師》と《物真似師》に触ることになるのでしょうね」

「何でもやってみるものさ。芸は身を助ける、ということだ」


 特にルーシェは遠い目をしているが、ライナーは取り合う気配すらない。


 話がそこで終わりなら、本日の宿を決めて再び解散となったのだろうが、問題はここからだ。


「馬や狼のように四足歩行ができれば、俺はもっと高み・・を目指せるかもしれない」


 と、ライナーが呟いたので、リリーアの思考は一旦の停止を見た。


 なるほど、確かに二足よりは四足の方が速く走れるだろう。

 動物を見れば皆そうだ。


 彼は誰よりも「早さと速さ」を追求しているのだから、いずれ人類の歴史を遡り、四足歩行へと還るのは必然だったのかもしれない。


 そう、彼女は理解した。


 理解はしたが、理解はできない。

 理屈は分かったが、受け入れることはできなかった。


「ダメですわ! 絶っっっ対にダメですわ! 断固、不許可です!」

「何故だ? 四足歩行をマスターすれば、戦術の幅が広がるはずなのに」


 言葉の意味を把握し終わった瞬間、彼女は身を乗り出して叫ぶ。

 しかし当のライナーは、どこ吹く風といった態度だ。


「貴方のことですからそのうち「効率的に速く動けるから」と、街中でも四足で歩き始めるに決まっています!」

「……なるほど」


 このなるほど・・・・は、どちらの意味だったのか。


 普段の行動を見たらその疑念も分かるという、納得の気持ちなのか。

 それとも、その手があったか! という感嘆なのか。


 残念ながら、今回は後者だった。


「ありかもしれないな」

「藪蛇でしたわーッ!?」


 頭を抱えながら跳び上がるという器用なリアクションを取ってから。リリーアは対面に座るルーシェに助けを求めた。


「け、契約条項! ルーシェ! 今回の契約書も前回と変わらずですわよね!?」

「ええ。「下品な行動はしないこと」と、入れてありますよ」

「街中で獣のように歩くのは、下品ですわよね!?」

「下品ですね」


 親友の同意が得られたとあって、リリーアは一転攻勢に出ようとした。


 鬼の首を取ったように勝ち誇った顔をしつつ、「どうですやってやりましたわ!」とでも言いたそうにして、ライナーへ迫る。


「ほら見なさい! 街中で四足歩行など蛮人のやることですわ! ……いえ、そんな蛮人がいるかは分かりませんが。とにかく下品ですわ!」

「じゃあ、パーティを抜けたらいいのか?」

「え?」


 感情の起伏に乏しいライナー。

 きょとんとした顔のリリーア。


 二人は数秒見つめ合い、後はもうグダグダである。


「帰りの馬車は……そうか、師匠と同じ馬車に乗ればいいか」

「え、あの」

「道中色々と指南も仰ぎたいし、ちょうどいいな」


 ライナーはリリーアから目を逸らして、帰りの時刻表を思い浮かべる。


 明日の午後には北に行く馬車が出るから、それに乗ればいいか。などと呟いている様を見て、リリーアはおろおろし始めた。


「えーっと、本気じゃないですわよね?」

「俺はパーティをクビになるんだろ? だったらここから先は自由行動じゃないか」


 これはもちろんライナー流ジョークなのだが、まだまだ初心者のリリーアには刺激が強すぎた。


「だ、だめですわ! ライナーさんがいなかったら、ドラゴンが……ドラゴンが!」


 例の如く半べそになってライナーの足にしがみつくが、ライナーは淡々と、リリーアの頭を反対側に押し戻す。


「まずは、安定した速さがある馬だな。魔物もいけるなら、レッサーウルフから始めるとしようか。……うん、やはりこの技には無限の可能性がある」

「聞いて! ライナーさん聞いて!」


 力は圧倒的にリリーアが勝っているので、本来であればもう、押し倒されていてもおかしくはない。

 だが圧倒的な精神的優位を確保したライナーは、及び腰になっているリリーアを退けることに成功していた。


 冗談から始まった謎の舌戦は、完全にライナー優勢で進んでいる。


「あっはっは、面白いねぇ、お宅ら」

「あら? 遠慮が消えましたね」

「まあ、こんなもの見せられちゃあね。……面白そうだから一回南に行こうかな。途中まで付いて行こうか」


 半泣きでライナーにしがみつくリリーアからは威厳も気品も吹き飛んだ後であり、ひとしきり笑った頃には、物真似師の青年からも貴族がどうとかの遠慮は無くなっていた。


「なあ、アタシら今さら貴族に戻れんのかな?」

「……さぁ」


 最後の「さぁ」は、誰が言ったものだったのかは分からないが、蒼い薔薇の全員が、セリアの疑問については考えないようにしていた。


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