第三十三話 偉い人なんだぞ



「領主様ですか? それでしたら森の方に」


 ライナーの領民からそんな話を聞いて、セリアを除く一行は森の方を目指したのだが。


「ああもう! ちょっと森まで、というレベルではなくってよ!」

「こんなところで何をしているのかしら……」


 雪道で足場が悪い中、次々と襲い掛かってくる魔物たちは最低でもC級だ。


 B級上位の魔物まで混じって断続的に襲い掛かってくるのだから、ライナーの元まで辿り着けないどころか、彼女たちは迷い始めていた。


 木々の密度が濃くて障害物が多い上に、一向に目的地らしき場所は見えてこない。

 苦戦しながらの雪中行軍が二時間ほど続いたのだが。


「あっちから何か音がするよ!」

「ようやく辿り着きましたのね!」


 最後の丘を越えた先で、彼女たちが見たものは。



「もっと腰を落とせ! 集中を切らすな!」

「はい! 師匠!」

「殺せ……もういっそアタシを殺せ……」



 細い丸太の上に足を一本だけ置いて空気椅子をしながら、両手にはなみなみと水の入ったかめを持ち、背筋をピンと伸ばしているライナーと。


 彼の足元で頭から瓶を被り、ずぶ濡れになってぶっ倒れているセリアの姿だった。


「……セリアは何をしていますの?」


 雪が降るような気温で水を被れば、風邪でも引きそうなものだが。風邪以前に彼女は満身創痍で、今にも息絶えそうな雰囲気がある。


「なんかねー、ライナーが修行をしているって聞いて。どうせだから、稽古に混ぜてもらいに行くって言ってた。……私は止めたからね?」

「どうして関わってしまったのか」


 ルーシェが嘆く間にも、修行は続く。


 ノーウェルはセリアを叩き起こすと、容赦なく次のメニューに入ろうとしていた。


「次! 物干し竿に足を縛り付けて、水瓶を持ったまま上体起こし三千回!」

「も、もう無理です……師匠……」

「たわけが! 貴様の身体はまだ限界に達しておらん。つべこべ言わずやらんか!」

「ひぃぃいい……」


 普段の勝気な態度はどこへ行ったのか、うの体で逃げ出そうとしたセリアの足を引っ掴み、ノーウェルは彼女を引きずって行く。


 もうセリアは半泣きである。


「あ、アタシは領主だぞ! 偉い人なんだぞ!」

「何?」


 と。普段の彼女なら、絶対に言わない脅し文句を垂れているのだが。


「甘ったれが! この程度もできんで領主を名乗るな!」


 権力がチラついても、ノーウェルはどこ吹く風である。

 抗議を聞くわけでもなく、流れるような動作で彼女を逆さ吊りにした。


「……領主って、なんだっけ」

「……土地を治める人のはずだけど」

「マズいですわね」


 あの老人は領主という言葉を、一流の戦士という意味にでも捉えているのだろうか。

 ルーシェがそんなことを思った瞬間、リリーアは回れ右をして逃げ出した。


「え、ちょっとリリーア!?」

「私たちも、見つかったら同じ目に――」


 振り向いて、ルーシェにも逃げるように促そうとしたリリーアではあったが。


 不意に、ドン。と、行く手を遮る何かにぶつかる。



「どこへ行く」



 何にぶつかったのかは、一瞬で察した。

 恐る恐る前を向いて、自分よりも少し背が高い老人の姿を見たリリーアだが。


「あ、あの。ティータイムの時間ですの。今は亡き父の言いつけで、三時には毎日、必ずお茶をたしなむようにと」


 もちろんリリーアの父は生きているどころか、今も元気に領主代行をしているのだが。その程度の言い訳ではもちろん許されなかった。


「郷に入っては郷に従え。さあ、訓練を始めるぞ!」


 ノーウェルはリリーアの背後に回って首根っこを掴むと、セリアを吊るし上げた物とお揃いの棒に彼女をセットする。

 器具が同じなのだから、特訓メニューも当然同じものになるだろう。


「い、嫌ですの! 嫌ですのぉぉお!! 私、おうちに帰りますわ! お手伝いさんが沸かしてくれたお風呂に入って、優雅に山菜ごはんを――!」


 往生際が悪く抵抗していたリリーアだが、その様を見て即座に逃げることを諦めたのだろう。

 ベアトリーゼはてこてことノーウェルに近づき、上目遣いでお願いをした。


「私もやってみたいけど、まだからだができていないの。おじさまぁ……私みたいな子どもにもできる、やさしいメニューってない?」

「おお、そうかそうか。挑戦の心意気や良し。そうさなぁ、村の子どもと同じくらいの内容なら……いや、もう少し加減するか」


 ジジイキラーのベアトリーゼを除く全員が、地獄の修行を始めることになった。


 実年齢以上に幼いフリをして、あざとさ全開で負担を減らしにかかった彼女を、誰が責められただろうか。






     ◇






「師匠。今日の分は終わりました」

「うむ。開拓作業でも見に行くか」


 同じメニューをしているのに、体力と筋力に秀でたセリアは未だに肩で息をしていて、貧弱だったはずのライナーは既に涼しい顔だ。


 そんな体力があるのなら、最初からもっと鍛えておけば良かったのでは。

 そうツッコむ体力すら、彼女には残されていない。


「ぜはっ、ぜはぁ……こひゅー、こひゅー」

「も、無理。限界よ……」

「…………」

「わたしもげんかいよー」


 実はベアトリーゼは身体強化の魔法が使えるので、それほど消耗していなかったりもするのだが。ともあれ彼女は世渡り上手だった。


 そして、全員が限界を迎えている中で。

 ララは意地でも鎧を脱ぐまいと、厳ついフルプレートを着けたままやり切った。


 何が彼女をそこまで駆り立てるのかはライナーにも分からないが、ともかく今日の修行は終わったのだ。


「さて、あいつらは上手くやっているかな」

「あ、あいつらって、誰ですの……?」

「各領地から集めた囚人たちだ。今は森を開いて魔物を狩っている」


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