第三十四話 白い猟犬


「居たぞ! 狼の群れウルフパックだ!」

「囲め囲めー! 一度に六人でかかれ!」

「殺せ! 殺せ!」


 右を見れば、槍を持った男たちが狼を追い立てており。


「オラァ! 折れろオラァ!」

「バーカ、これは切るんだ――」

「危ねぇ! 倒れるぞ!」


 左を見れば斧を持った男たちが森を切り開いていた。


「ヒィヤッハー!!」

「ライナー様ぁぁあぁあああ!!」


 もれなく全員悪人面で、目には危ない光を宿している。


 この場に居る囚人七十人が催眠――もとい、ライナーにテイムされており、全力で任務を遂行中だ。

 道を拓けという命令を守るため、一心不乱に得物を振るっていた。


「予想よりも修羅場ね」

「鉄火場ですわ」

「目が血走ってんな」


 この場に七十名。

 川の下流に十名。

 これがライナーお抱えの作業部隊だ。


 七十名のうち四十名が魔物の退治を行い、残る三十名が木々を切り倒している。


 狼の群れは数頭がかりで獲物を追い込んで、疲れたところを削っていく戦い方をするものだが。

 囚人の人数が多すぎて逆に囲まれる結果になり、袋叩きにされていた。


 戦闘力に乏しい素人でも、四十人がかりでなら数の暴力で駆逐できるのだ。


「オラ後ろがつっかえてんだよ、さっさと流せ!」

「これ以上速くしたら、下流の奴らが受け取れねぇだろうが!!」


 一方で護衛の囚人に守られた伐採班は、切り落とした樹木を運んで川に放り投げていく作業をひたすらに繰り返している。

 三十名が上流で切り出しと運搬を行い、村の傍で別動隊の十名が受け取る体制だ。



「うおおおおお!? ハイ・オークの群れだ!」

「こっちはバジリスクだぜ!」


 時折、数がいても対処できない上位種や大物が現れるのだが。

 そういう時は彼ら・・の出番だ。


「ヘビの方は俺に任せな! ブタは頼んだ!」

「オッケー、やっちゃうよ!」


 バンダナを目深に被った男が蛮刀を片手に飛び出し、軽快なステップで大蛇を翻弄したかと思えば。

 反対側では大盾使いと槍使い、両手剣使いの三名に守られた魔法使いが、集中砲火で敵を沈めていった。


 魔法使いの周囲には雷や風が舞い踊り。

 一人でB級の魔法使い三人前ほどの火力を出している。


「くぅー! 触媒がライナー持ちだから、いくらでも打ち放題! 気っ持ちいい!」

「ええー……いいなぁ」


 ベアトリーゼは指を咥えて見ているのだが。


 貧乏暮らしで触媒を節約し続けた彼女には、目の前で無双している魔法使いの戦い方が相当羨ましく見えるらしい。


「遊んでんじゃねぇよセルマ! 次だ! 団体さんのご到着!」

「了解! デカいの一発いっちゃうよー!」

「うええ!?」


 上級魔法を発動するための触媒。

 魔法研究にも使う高価な素材を、女は三つまとめて消費して。大技をぶっ放した。


 触媒をどう使うかは使い手によって様々だが。

 触媒の数が多いほど威力が上がり、使う魔力も少なくて済むというのが基本だ。


 しかし、繰り返すが高い。触媒三つで金貨10枚は飛ぶだろう。

 普通の依頼なら完全に赤字だ。


 お小遣いを握りしめてお菓子屋へ行き、どれを買おうか真剣に悩んでいる横で。全種類をまとめ買いしていくお大尽様が現れた気分だろうか、ベアトリーゼとしては。


「行くわよ! ファイア・アロー!」


 魔法使いが放った火の矢は質量が膨れ上がり過ぎて、尖った丸太のような形で飛んでいき。

 着弾と共に、地面が抉れるほど大爆発した。


「バカ野郎! 素材まで消し炭じゃねぇか!」


 爆心地にいた魔物の群れは、一瞬で黒焦げである。

 剥ぎ取りができなかったエドガーは怒っているが、周囲はそれどころではない。


「いや、エドガー! それよりも火! 山火事になるぞ!」

「全部燃やしちまえば道ができるってのは、ナシだよなぁ……。しゃあねえ、周りの木を全部切り倒すぞ」


 エドガーは燃えている範囲を中心に、燃え移りそうな木を攻撃していき。

 伐採というよりは叩き折るようにへし折り、炎の中心に向けて蹴り倒して行く。


「これでよし。今日は冷えるからな、焚火代わりにちょうどいいぜ」


 数分かけて処理が終わったらしく、メンバー全員が伐採班のところに戻ってきた。


「ゲホッ、ゲホッ。生木だから煙は酷いけど、ちょっと暖かくなってきたかも」

「でしょ? 火に当たる度に感謝してもいいのよ?」

「あまり調子に乗るとそのうち……って、おおライナー。今日はこっちに来られたのか」


 近づいて来る冒険者たちを見れば、リリーアたちも何となく見覚えがあった。


「あら? 彼らは……」

「ああ、紹介しよう。こちらはC級冒険者パーティ、白い猟犬のメンバーだ」


 ライナーの故郷にある冒険者ギルドで、何度か見かけたことがあるパーティだ。

 ついでに言うと。別行動をしていたライナーを、王都まで護衛していたメンツでもある。


「右から順にリーダーのエドガー、副リーダーで魔法使いのセルマ。盾使いのカルロに槍使いのアントニー。それから両手剣のアーサー」

「ああ、そっちの紹介はいらないぜ。有名人だからな」

「話が早くて助かる」


 エドガーたちも蒼い薔薇のことは知っている。

 というよりも、あれだけ町中が大騒ぎしていたのだ。


 ドラゴンスレイヤーのことを知らない冒険者などモグリだろう。

 そんな態度で、友好的に挨拶を交わした。


「それで皆さん、どうしてこんな僻地まで?」

「自分が治める地域を僻地なんて言っちゃいかんだろ。俺たちはライナーに雇われたんだよ」

「あら、付き合いがよろしいのですね」


 ライナーの故郷はそこそこ栄えていたが、今居る場所はド田舎である。

 移動に一ヵ月ほど使うだろうし、その間の稼ぎは無いようなものだ。


 それに依頼の数も少なく、移動費用も含めれば大赤字だろう。

 地元でやっていた方がずっと稼げるだろうに。


 リリーアはそう思ったが。

 言いたいことを察してか、エドガーは首を横に振った。


「付き合いだけじゃねぇさ。条件が良かったもんでね」

「条件ですか?」

「冒険者を誘致するんだから、そりゃあ色々と優遇するだろ。蒼い薔薇だって、元々は補助金目当てで俺らの街に来たって聞いたが……」


 魔物の数が増えてきたから、冒険者を多めに集めたい。

 そんな地域では、討伐数に応じて報酬を増やすなどの施策が打たれているものだ。


 リリーアもそれを利用したことがある身なので、納得顔である。


「へぇ、色々考えるもんだな」

「……ん」


 今、納得した顔をしているのはリリーアとセリア。

 それからララも頷いている。

 対して、ルーシェとベアトリーゼは、「え?」という顔をしていた。


「……話はそこから、か。回り道だな」


 ライナーにまで呆れた様子を見せられて、納得組の胸中には不安の波が押し寄せる。


「ええっと。それはどういうことですの?」

「一から話した方が早いな。まあ、まずは座ろうか」


 渋い顔でそう言うライナーから、リリーアたちへの講習が行われることになった。


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