第三十五話 明るい領地計画
「さて。エドガーさん、何故この領地に来てくれたんですか?」
一旦近くに作られた簡易の休憩所で腰を降ろし、木のコップに熱々のお茶を注いでから話し合いはスタートした。
蒼い薔薇と白い猟犬の間でテーブルを囲み、座談会のような形になったのだが。
エドガーは同じ冒険者だからと、砕けた言葉で返す。
「何故ってそりゃあ、稼ぎたいからだよ」
「何故稼げるのでしょうか」
「……その話し方は止めろよ。討伐報酬と素材の売値は、相場通りで無税だからさ」
冒険者ギルドに素材を売却すれば、それを必要とする店に直売したり、商業ギルドを通して卸売りするシステムになっていた。
そこには当然領主へ収める税が乗ってくるので。
報酬から天引きされて、三割ほど引かれた金額が冒険者に支払われる。
つまり普通なら銀貨100枚分の素材を売っても、銀貨70枚の収入に留まるが。ライナーの領地で活動すれば、100枚がそのまま手に入る。
こなした討伐数が同じなら、単純に収入が四割ほど上がることになるだろうか。
「費用がライナー持ちなのもいいわよね。……うふふ、次は何の触媒を使おうかな」
「いいなぁ……」
魔法の触媒やら傷薬やら、武器防具の整備代。
冒険にかかる費用の負担は意外と重い。
冒険者をやるならばそういう諸費用もバカにならないのだが、費用は全てライナー持ちだ。
ここでは働けば働いた分だけ収入が伸びるので、彼らの士気も高かった。
副リーダーのセルマがうっとりとした顔で言えば、ベアトリーゼは羨ましそうな顔をしている。
そして、これにはリリーアも納得だ。
「それは……私たちでも乗りますね」
「だろ? この辺には魔物なんていくらでもいるし、どれでも常時依頼だ。濡れ手に粟のぼろ儲けってやつよ」
つまりライナーの領地では、全ての魔物が賞金首になっているような状態だった。
わざわざ依頼の対象になる魔物の巣を探したり、目的の魔物に会うまで探索をしなくて済む。
見敵必殺で片っ端から片付ければいいのだから、効率は段違いだ。
というわけで、元の街に居るよりも遥かに稼げる環境になっていた。
「あと、半年居れば金貨三十枚の補助金までくれるってんだ。来ない奴がいるか?」
「詐欺かと思うくらいには、オイシイ条件だったよなぁ」
トドメに半年間務め上げた後の謝礼金である。
もう至れり尽くせりだ。
もちろんエドガーたちがC級のベテランパーティで。
下手なB級冒険者よりもずっと実力があると、ライナーが知っていたからこの条件を掲示したのだが。
他に来ている数組の冒険者たちも、そう悪くない待遇で雇われていた。
「へぇ、そうですの。ふーん」
そして平静を装いつつ、リリーアは焦った。
ライナーは色々と手を打ち、領地の開拓を進めているようだが。彼女の領地の開拓は遅々として進んでいなかったからだ。
村人は村を回せるくらいの人数しか居ないし。ライナーが残していった囚人にも、牢屋周りの畑を交代で耕させるくらいしかしていない。
今も目の前で馬車馬の如く働く囚人たちは、ライナーという獣使いが居て、初めてまともな戦力になるのだ。
人、物、金に乏しいのだから開拓や改革を打ち出す方策が見つからず、気が付けば彼女自身もほのぼのスローライフを楽しんでいた。
有体に言えば、何もできそうにないから何もやっていない状態である。
だが、外から戦力を呼んで来られるならば、開拓を進めることもできるだろう。
「こ、こうしてはいられませんわ。私の領地も冒険者ギルドに頼んで――」
「こんな田舎に、ギルドがあるわけないだろ」
「え? あれ? そう言えば、見ませんわね」
目を丸くしているリリーアに。
そこからか。と呟いてから、ライナーは解説を始めた。
「ギルドが進出していない僻地では、こういうのは領主の仕事だ。多分、ルーシェとベアトリーゼのところでも、同じようなことはやっているだろ?」
話を振られた二人は少し気まずい顔をしたが。
嘘を吐くような場面でもないので、素直に答えた。
「ええ。私のところは一年間で規定数の魔物を討伐する条件で、金貨五十枚の補助金を出しています。それと、全魔物が討伐対象なのは、ライナーさんと一緒ですね」
ルーシェの領地は補助金がメインであり。
「私のところは素材の買い取りを無税でやっているのと、怪我をした場合の休業補償かな」
ベアトリーゼのところは税の優遇と、補償を充実させる方法で優遇している。
そういう施策で冒険者を呼び込み、地域の治安向上と活性化に繋げるのだ。
「へえ、皆結構考えてんだなぁ」
「変な冒険者を呼び込めば、逆に領地の治安が悪くなるからな。そこはツテで探すのが一般的らしいが。……本当に何もやっていないのか?」
「うっ」
むしろ何故、元平民のライナーまで知っているような政策を。元々貴族だったはずのリリーア、ララ、セリアの三人は知らないのだろうか。
と、ライナーは呆れる。
ライナーから呆れられるというのは、意外と焦ることだったらしい。
ララは兜で顔色が見えないが、他二人は何とも言えない顔をしていた。
「ど、どうでしょう。お父様に任せきりでしたわ」
「アタシのところもパパに丸投げだからなぁ……」
「……代官に、全部任せた」
ララは雇った代官に。
他の二人は家族に丸投げしているようだが、あくまで領主は彼女たちである。
そのことを念頭に置いて、ライナーは更に呆れた声を出した。
「領内の政策くらいは把握しておくべきだな」
「ご尤もですわ……」
「ライナーに説教されるなんて……」
「……」
ライナーのところだけが発展しても意味が無いのだ。
特に、王都への入口となるリリーアの地域には頑張ってほしいところなのだが。
「まあ、川があるから大丈夫か」
「川?」
こんなことだろうと薄々勘づいていたライナーは、その点も対策済みだった。
「俺たちの領土を縦断している川が、最終的には王都まで行きつくんだ」
「……水運を始める気ですの?」
「喫水はそこまで深くないから、少なくとも大型船は使えないけどな」
ライナーの思い描くビジョンの一つに、水運業を始めるという案があった。
王国の最北部から交易を始めて、新規の流通経路を切り開こうという試みだ。
もちろん莫大な費用がかかるし、インフラの整備には長い時間が必要になる。
「しかし、蒼い薔薇が持つ領地内で回すくらいなら、すぐにでも始められるだろう」
水の流れという資源を使うことで、陸送よりも遥かに多くの物を短時間で運べる。水運とは効率のいい流通の要だ。
最短で発展を目指すなら、
と、彼は締めくくった。
「話が逸れたが、俺はここに小型船専用の港を作るつもりだ。リリーアたちにも、川の近くで拠点を作ってほしい」
「で、拠点を作るためには労働力が要ると」
「そうだ。冒険者を誘致するなり開拓民を募るなりして、可能な限り早く始めてほしいところだな。……とは言え特産品が無ければ意味がない」
そこまで言って、ライナーは森の更に奥の方。
北に連なる山を見た。
「差し当たり、鉱石でも探す必要がある。金や宝石が出るなら万々歳だ」
「うーん、そう都合よく出るかな? そもそも探しに行かせるほどの人手は無いし」
セリアは疑わし気な顔をしているが、ライナーは思う。
「それこそ自分を見失っている」
「……と、言うと?」
「俺たちは何だ?」
問われたセリアは一瞬呆気に取られたが、すぐに己が何だったのかを思い出す。
彼女たちは領主である前に、冒険者なのだ。
冒険者はお宝を探して、未踏の地へ足を踏み入れる仕事でもある。
そんなロマンに憑りつかれた人間だから、政務を放って活動しているわけでもある。
初心を思い出したのか、セリアはニヤリと笑って言う。
「なるほどな。宝が欲しけりゃ自分で探せってことか」
「そういうことになる。……まあ、今は冒険者に探させるという手も使えるわけだが。事前に下見をしておいた方が効率良く派遣できる」
元々、小難しい経営だの領地の政策だのと、彼女の趣味では無いのだ。
冒険者として斧を振り回している方がよほど性に合うと、彼女は燃えていた。
「よし、そうと決まれば早速――」
「素人が雪山に入ったら死ぬぞ。奥に行くほど魔物も強くなるみたいだし」
茶をすすりながらあっけらかんと言い放つライナーに肩透かしを食らい、セリアはガクッと肩を落とした。
「じゃあ冒険者の募集だけしておいて、春になるのを待つか?」
「ただ待つだけでは遅い。雪解けまでに万全の準備をしよう」
「準備ったってなぁ……何かやることあるかなぁ」
セリアがそう呟いた瞬間。
彼女の肩に、老人の大きな手が載せられた。
一瞬で顔面から表情が消え失せたセリアは、無表情のままに老人の声を聞く。
「修行だな。山の魔物は手ごわいぞ?」
「そういうことになる。春まで特訓だ」
「大変勉強になりました。早速領地経営に活かしたいと思います」
そう言って席を立ち、早歩きで逃げようとしたセリアだが。
彼女の行く手に回りこんだノーウェルが、仁王立ちして行く手を遮る。
「春まで四ヵ月しかない。死ぬ気でやってもらおうか」
ライナーと同レベルの速さを持つ老人から逃げられるわけもなく。
全員がお縄について、地獄の特訓を始めることになった。
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