第三十六話 新戦法



「支度はいいな?」

「ああ、久々の冒険だな!」

「もう少し暖かくなってからでも良かったけどね」


 季節は巡り、春がやって来た。


 ライナーの領地でたっぷりと修行を積んだ一行は、今日からまた冒険の旅に出ようとしている。


「後のことは師匠に任せておけば大丈夫だ」


 ノーウェルには本来の仕事――各領地の相談役――に戻ってもらったし、それぞれが代官も立てている。彼らが冒険することには何の支障も無い。


 本来なら王都で惰眠を貪っていても許される身分なので、資源の探索に向かうだけまだ熱意がある方の領主だろう。


 などと思いながら、一行は村を出発した。


 道がないため徒歩での移動となるが。

 食料を多めに持ち、ツルハシを背負って、北にそびえる山脈に向かっていく。


「今回の目的は資源になりそうな物の発掘だ。貴重な薬草でも鉱物でも、売れそうな物なら何でも構わない。気を付けて進もう」

「了解ですわ!」

「……」


 リーダーであるはずのリリーアが、元気よく返事をしながらライナーの後を付いて行くことには、もう誰も疑問を持たないのだろうか?


 そんなことを思いながら、ララは黙っていつも通りに先頭を歩いていったのだが。

 後続の、主にライナーの足が。そこら辺の草むらで頻繁に止まった。


「おっ、浄血草だ。こちらにはヒル茸が。この時期から生えるのか……。土壌が豊かなおかげか」

「何ですの、それ?」

「出血毒の原料だな。いくつか持ち帰って栽培する」

「ええ……」


 毒や薬の原料を扱う店など領内にはないので、ライナーは冬の間に家庭菜園をこしらえていた。


 元からストックしていた毒薬に加えて、この領地で新たに手に入ったものもある。

 買い付けなど暫くはできないだろうと、多めに持ってきた毒草を栽培で増やしているのだ。


 高価な草になるほど栽培の難易度は高いのだが、そこは一部において天才的な才覚を見せるライナーである。

 最初に数回失敗してからは、安定した量産に成功していた。


 セリアは熱心に薬草を採取しているライナーの横へ立っていたのだが、ふと違和感を覚えた。


「あれ?」


 彼は近接格闘に目覚めたはずだ。

 それなのに、どうして毒草を増やそうとしているのか。


「栽培ってことは、それ使うのか?」

「無論だ。俺の戦い方は知っているだろ」

「いやいや、それじゃあ何のために師匠から修行を受けたのさ」

「……!」


 セリアが素直な疑問をぶつけている間に、ララは足を止めて武器を構える。


 全員が視線の先を追えば。まだ遠目ではあるが、灰色の大きな熊――キラー・ベアと呼ばれる魔物が、一行の様子を伺っていた。

 B級の魔物であり、殴って馬車を横転させるほどのパワーを持つ危険な相手だ。


 一転して緊張が走るが。ライナーは肩を回しながら、悠然と一歩を踏み出す。


「何のために修行を受けたのかは、今から見せてやろう。俺一人で行く」

「大丈夫かよ……」

「ああ、任せておけ!」


 言うなり、ライナーは荷物を放り投げて走り出す。


 全身の筋肉量が上がっているのだから走力も上がっているし、修行の最中で新たなスキルも獲得している。

 攻撃力以上に素早さが伸びており、風の如き速さで熊へと一直線に向かった。


 そして彼は熊へ肉薄すると。

 接触の直前に大きく息を吸い込んでから――ブレスを吐く。


「ヴァーーッ!!」

「グルォ!?」

「トドメだ」


 目の前に火炎が現れたことに動揺して、のけ反りながら顔を逸らした魔物の口に。ライナーは貫手ぬきての形で手を突っ込んだ。


 熊から噛まれる前に素早く手を引き抜き、トン、トンと大きく二歩跳び退がってから数秒後。

 熊はゆっくりと、白目を剥いて仰向けに倒れた。


 ビクビクと痙攣する魔物を背に、ライナーは悠々と帰還する。


「やはりこの戦法が必殺か。ああ……最速だ。間違いなくベストタイムだ……!」

「えっと……ライナー?」


 満足気かつ誇らしげ。とてもいい顔をしているライナーと、熊との間で視線を往復させたベアトリーゼの脳内には、様々な思いが渦巻いていた。


 ノーウェルの戦い方とまるで違うこと。

 いきなり口から炎を噴いたこと。

 何をしたのかまるで分からないこと。


 様々な疑問はあれど、それは彼の方から解説が入るだろう。そう考えて平静を取り戻した彼女に向けて、ライナーは新戦法を語る。


「驚いた時、大抵の生物は叫び声を上げる。人間だって「わぁ」とか言うだろう」

「……そうね」

「開いた口の中に致死性の毒薬を突っ込んだ。普段使っているものとは違い、即効性のものだ」


 そう言うライナーの手には、バジリスクの毒や神経毒などを混ぜ込んで作った、彼特製の丸薬が握られていた。

 冬の間に肉体だけでなく、毒の方もパワーアップしていたらしい。


「万が一味方が吸い込んでも解毒が間に合うように、以前は遅効性の毒しか使っていなかったが。丸薬を喉の奥に押し込むだけなら、誰かを巻き込むこともない」


 だから即死させるような毒でも使える。

 と、何度も頷く彼を見て、セリアは茫然とした表情で言う。


「……師匠の特訓、どこで生きたの?」


 相手が驚いたり、威嚇の声を上げた瞬間に口へ手を突っ込み。

 毒物を食らわせて、反撃を食らう前に撤退する。これが彼の新戦法だ。


 ――武術の特訓、関係ないじゃん。

 首を突っ込んだのは自分だが、あれだけ付き合わされたのに。


 と、そんなやるせない気持ちでセリアは質問を重ねたのだが、ライナーはどや顔のまま話を続けた。


「敵の口が閉まる前に拳を突き出す速さと、噛まれる前に手を抜く引き手の速さだ。回避力も向上したし、今までとは違い、攻撃の受け流しもできるようになった」

「ああ、そう……」


 彼とて最初は武道家のように、徒手空拳で制圧する方法を学ぼうとしていた。


 しかし修行の開始から二時間が経った頃、大事なことを見落としていたことに気づく。


 ライナーは今まで素早さしか鍛えたことがなく、十年以上、速度全振りの鍛錬を積んできた。

 ノーウェルの攻撃方法や身体の使い方、戦闘の運びを完全に学んだところで。マネできるのは動きだけだ。


 もちろん筋力は向上したし、体幹が鍛えられたことで更に素早さも上がった。

 だが、半年鍛えただけでは、上昇した攻撃力など雀の涙である。


 師と同じモーションで攻撃を当てても、威力には天と地ほどの差があった。

 だったらどうするか。


「融合だよ。俺の得意戦法に、師匠の教えをプラスした」

「……レパード師匠の技も使ってたね、そういや」

「驚かせるにはいい手だろ? 最終的にはドラゴンのブレスを習得したいところだが、今の俺では赤龍の溜息くらいが限界だ。攻撃速度にもまだ改善の余地がある」


 ブツブツと今後の展望を呟き始めたライナーだが、ノーウェルの方向に進むにせよ、レパードの方向に進むにせよ。

 いずれにしても人外の道を歩んでいくことになる。


「……師匠からテイムを習っておけばよかったかも」

「……ライナーさんには少し、調教が必要かもしれません」

「だ、大丈夫ですわ皆さん! 味方なのですから!」


 最早猛獣扱いでも受けそうなライナーだが、それでも夢が止まらない。


 数年停滞していた討伐時間の短縮に光が見えたのだから、彼の未来はバラ色にしか見えなかった。


 何はともあれライナーは大幅にパワーアップしたし、他のメンバーにも特訓の成果が出ている。

 厳しい冬を乗り越えて強くなった一行は、順調に旅を進めていった。


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