第三十七話 異変



「確かに調子はいいんだよな」

「一年前と比べれば、格段の進歩ですね」


 一時期はライナーの戦法に付き合うことでまともな戦闘が減っていたが。

 修行によって勘を取り戻した蒼い薔薇はレベルアップしていた。


 B級の魔物が相手だって問題なく戦えている。


 しかし、今度は誰かが仕掛ける前に最速で、正面から堂々と暗殺を仕掛ける斥候が出現したのだ。


「退屈ですわね」

「ちょっと暇よね」


 速く倒せることがそんなに嬉しいのか。


 ライナーが嬉々として先陣を務めるようになったので、女性陣は横道から襲ってくる魔物に対処するくらいの戦いしかしていない。


 戦闘はライナーに任せての採取がメインになっているのだが。


「貴重な薬草は見つかりましたが、商売になるのはまだ先でしょうね」

「今度は栽培できる人間を雇って、それから交易路を拓いて……時間がかかりそうですわね」


 奥地までいちいち採取に来ては、採算ベースに乗らない。

 だから薬草畑でも作る必要があるのだが、時間がかかるのは間違いない。


 先の長さを予想して、リリーアはげんなりとしていたし、セリアも作業の多さを想像して辟易していた。


「山で何か見つけたとしても、森を切り開いて道を作らなきゃいけないんだよなぁ」

「領地間で馬車の行き来を増やすなら、道の整備もしたいですね。今はただのあぜ道で、凹凸が酷いですし」

「言っただろ? 道は重要だと」


 表情に乏しいながら、満足気な顔をしているライナーが引き上げてきたのだが。道の先には痙攣しながらうずくまる魔物が列を為していた。


 そちらを見てから、リリーアは更に山の先を見る。


「魔物の数は増えてきていますわね」

「思ったほどでもない。むしろ想定より大分少ないな」


 道中で狩った数は三十ほどだ。

 確かに多いが、これくらいなら村の傍でも見るくらいの数だろう。


「進むほど数が増えるし、凶悪な魔物が増えると聞いていたんだが」

「注意喚起の脅し文句だったのでは?」

「そういうこともあるか。まあ、注意して進もう」






    ◇






 その後二日間をかけて、一行は登山を続けていた。


 鉱石を探して目ぼしいところを掘ってみれば、鉄の鉱床らしきものは見つかったのだが。魔物の数は増えるどころかどんどん減っている。


「やはりおかしい」

「ですわね」

「だよなぁ」


 ここ数時間では、敵影を見かけてすらいない有様である。


 トンテンカンカンと音を響かせて作業をしている間にも、一度も襲撃を食らうことは無かったのだから。聞いていたよりも明らかに魔物の数が少ない。


 本来なら喜ばしいことなのだが、普段と違う時には何か不測の事態が起こっているものなので、全員が却って警戒を強めていた。


「考えられるとすれば、冬の間に縄張り争いで同士討ちしたか。それとも大型の出現で逃げ去った後か、だな」

「いずれにせよ警戒して進みましょう」

「そうだな――ん? この気配は……! 来るぞ!」


 雑談しながらツルハシを振るっていたライナーが突如として荷物を放り出し、空を見上げた。


 敵襲かと、蒼い薔薇のメンバーも即座に戦闘態勢を取ったのだが。


 敵を確認した瞬間に武器をしまって、逃走態勢に入る。


「無理ですわ! 無理ですわ!」

「異変の原因ってアレかよ!?」

「もう、こんなのばっかりじゃない!」


 遠目に見えたシルエットは、ドラゴンだ。


 太陽を背に凄まじい速さで飛び、真っ直ぐ一行の方に飛来してくる。


「そう言えば対空戦闘の術を持たないな。これも今後の課題か」

「何をしているんですかライナーさん! 早く逃げましょう! 岩陰に隠れて!」


 ルーシェが呼びかけるも、ライナーは全くいつも通りだったどころか。しまいには上空に向けて手を振る始末だ。


「隠れる必要があるのか?」

「死にたいんですか!?」


 戦闘能力を手に入れたから、増長したのではないか。


 そんなことを思いつつ、ルーシェがライナーを羽交い絞めにして引きずって行こうとしたのだが、ドラゴンが到着する方が早かった。


『GYAAAAAA!!』

「ひぃ!?」


 咆哮で委縮したルーシェとは対照的に、むしろ明るい声でライナーは呼びかける。


「久しぶりだな。元気だったか?」

「…………え?」


 気さくに手を挙げた彼の視線を追えば、青い鱗を持つドラゴンが居た。


「斥候は目が命だ。知り合いの顔を見誤るようなことはしない」

「え、いや、でも、別個体だったら……」

「顔を見れば分かるだろ。彼女で間違い無い」


 ドラゴンは、言ってしまえば爬虫類に近い。

 顔を見分けることなんてできるのか。


 ルーシェが疑問と驚愕でごちゃ混ぜになった感情に整理を付ける前に、青龍が開けた場所に降り立つ。

 そして、焦ったような声色でライナーに迫って叫んだ。


『に、人間! 助けてくれ!』

「――師匠の身に、何かあったか」

『そうだ! 早く!』


 南の国境付近で追い払った青龍が、北の果て。しかも自分の領地に住み着いていたことに何か疑問は覚えないのか。


 そもそもどうして「助けてくれ」という言葉だけでレパードの危機を連想できたのか。

 ルーシェにも色々と言いたいことはあったが、事態は切迫しているようだ。


『背に乗れ!』

「分かった。皆も早く」

「え、乗れって言われても、くらのような物は何も……」

『鱗に掴まれ! 早くしないと食い殺すぞッ!』

「ひぃっ!?」


 ララはさっさと戻ってきたのだが、他のメンバーは岩陰に隠れるばかりだ。

 会話は聞こえているはずなのだが、一向に出てくる気配は無い。


 業を煮やした青龍は尻尾で岩を弾き飛ばすと、隠れていたメンバーを両手に握りしめて空へ羽ばたき。そのまま山頂に向かって行った。


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