第三十八話 人類史上初の快挙



『しっかりしろ! 人を呼んできたぞ!』

「うう、ん……」


 ライナーたちが山頂付近にある洞窟の中に入れば、そこには毛皮の山に囲まれたレパードの姿があった。


 熊や狼の毛皮がこれでもかと積まれており、レパードがそれを布団替わりにしているというよりは、毛玉から彼の手足が生えているような状態だ。


 彼の顔は青白く、頬は少しこけて痩せたようにも見える。


 ライナーたちと分かれた後からずっとここで生活しているとすれば、体調を崩しても無理はない。

 雪山の洞穴に半年もいれば、大抵の人間は病気になるからだ。


 力なくうめいているレパードを指して、青龍は焦ったように言う。


『体調が良くない。どんどん弱っていくんだ! 何とかしてくれ!』

「と言っても、私たちは医者ではありませんし……」

「看病なんて素人ですわ」


 しかし彼女たちは、腐ってもお嬢様だ。

 幼少の頃は病気になった時、お世話をしてくれる使用人がいた。


 そして冒険者になってからは「食って寝れば治る」の精神でやってきた。

 誰かが体調不良なら見舞いには行ったが、看病の経験に乏しいのだ。


 女性陣が揃って首を横に振れば、青龍は尻尾を地面に叩きつけて威嚇する。


『やかましい! つべこべ言わずに助けろ!』

「おいおい……あまり怒ると、お腹の子に良くないって。いつも言ってるだろ?」

「え?」

『だがこのままでは、ダーリンが死んでしまう!』

「は?」


 レパードと青龍のやり取りに、全員の思考が空白を迎えた。


 今、レパードはお腹の子と言った。

 つまりは青龍が懐妊したということだ。


 相手は誰か。

 もちろん恋人であるレパードしかいないだろう。


 そもそも呼び名がこの男・・・からダーリンに変わっている。

 一冬の間で、随分と仲は進展したようだ。


 が、このカップルはドラゴンと人間である。


 種族を越えて芽生えた愛がすくすくと育っている様を見て、彼女たちの胸に到来した感情は。喜びよりも戸惑いが大きかった。


「生まれてくる子は、ドラゴンと人間のどちらでしょうね」

「レパード師匠……。勇者ですわ」

「非常に興味深い」


 ララまで普通に喋るほどの衝撃だ。

 恐らく人類史上初の快挙を成し遂げた男を、彼女たちは尊敬どんびきの眼差しで見た。


「師匠、どうやったんだろうね?」

「ベアト。あまり深く突っ込むな」


 そして、ベアトリーゼは大人びていても、まだ子どもだ。


 うずうずとした様子を見せて、知的好奇心が抑えられない様子を見せている。


「いや、でも気にならない? 彼女がオスならまだあの形が……なんだっけ、そう、ドラゴン馬車セック」

「止めろベアト!」

「ベアトリーゼが読む本にも検閲が必要でしたか……」


 色々なことに興味深々のベアトリーゼを、セリアとルーシェが止めている間に――王国一話が早い男は動き出していた。


「まずは体温を上げよう。粥を食べさせた後に薬湯を飲ませて、少し落ち着いたら薬も飲ませる」


 彼は背負いカバンから鍋を降ろして、既に調理の準備に入っていた。


 木片に種火を着けて、あとは湯が沸くのを待つばかり。薬草を煎じるためのすり鉢もセットして、準備万端の構えだ。


『な、治せるか!』

「本格的な治療は村に連れて帰らないと無理だ。移動させるにせよ、ひとまず体力を少し戻してもらわないと……。お、サラマンダー、ありがとう」

「ギュア」


 湯を沸かそうと思っていたところで、レパードの相棒であるサラマンダーが口から火を噴き、少しでも早く火が着くように援護を始めた。


 ライナーと二人で火を噴けば、焚き火など一瞬で完成だ。


「しかし手持ちの水を全部使っても、薬湯の分は無いな。水筒を渡すから汲んできてくれ」

『分かった! すぐに戻る!』

「すげぇ、ライナーの奴。ドラゴンをパシリにしたぞ」


 ドラゴンにお使いを頼む。


 これまた人類史上初の出来事なはずだが、当の本人は通常運転のまま、途中で摘んできた薬草をゴリゴリと擦り始めた。


「足が速い薬草の処理用に、すり鉢を持ってきておいてよかった。見たところ軽度の栄養失調と体調不良だけだから、少し回復させれば大丈夫だろう」

「あの、ライナーさん。適当に草を放っていますが、それ大丈夫ですの?」


 摘んでいたのは主に毒草だし、僅かでも毒が回ればレパードはお陀仏だろう。


 そうなった場合には彼女たちもデッドエンドだ。ということで、リリーアは大層な不安を感じていたのだが。


「俺は毒物のエキスパートだぞ? 毒と薬は表裏一体――やってやれないことはないはずだ。きっと・・・できる」

「つまり薬を作るのは初めてですわよね!? ちょっとライナーさん、本当に大丈夫ですの!?」

「肩を揺らすな。手元が狂う」


 リリーアの揺さぶりも意に介さず、ライナーはゴリゴリと薬草を煎じ続けた。


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