第五十二話 新たな出会いとライナー劇場



「苦情が来た?」

「そうなんだよ、領主を出せって聞かないんだ」


 この日は珍しく、ライナーの執務室をレパードが訪れていた。


 今の彼は警察署長兼、魔物牧場長兼、開拓団副団長兼、ライナーの師匠という多忙な生活を送っていたのだが。

 どうやら開拓を進めている山側のエリアで問題があったらしい。


 セリアの領地から近い場所で、森の近くに集落がいくつかある地域だ。


「計画が急すぎたかな?」


 ベアトリーゼが持ち込んだ計画に従い、各領地を巨大な一つの領地として扱う政策は順調に進んでいた。


 青龍に出張してもらい、ものの数週間で道の拡張が完了したし。囚人たちをいくらか輸送業に回し、物流商人としての活動も始めさせた。


 人、物、金の動きは活発化しているので、経済的には好循環だ。

 収入は増えているのだから、この点に文句を言っている領民などいない。


 しかし性急な改革には反発が付き物である。

 こればかりはメリットやデメリットの話ではなく、感情的な話だから仕方がない。


 領主自らが計画の重要性と領地の未来を説き、納得してもらうしかないだろうな。

 などと思ったライナーではあるが。レパードは首を横に振った。


「いや、計画がどうって言うか。そもそも苦情と言うより抗議活動と言うか……」

「ハッキリしませんね」

「口で説明するのは難しいし、現場を見てもらわないことには、何ともなぁ」

「分かりました、すぐに向かいましょう。相手はどこの住民ですか?」


 即座に現地へ赴くことを決めたライナーだが、これにもレパードは首を横に振る。


「相手がそもそも住民じゃないんだよ。俺も次の仕事があるから、後はライナーが対応してくれ」

「住民じゃない? ……まあいいか、見れば分かる」


 百聞は一見に如かず。

 百回話を聞くよりも一回見た方が早い。


 そう思ったライナーは場所だけ聞いて、早速飛び出して行った。






    ◇






『偉大なる自然の破壊を許すな!』

『ゆるすなー!』

『領主は開発行為を即座に中止しろ!』

『ちゅうししろー!』


 ライナーが現場に行けば、そこには道の整備を行っている囚人たちと、実体がなくモヤモヤした何かが睨み合っていた。


 モヤモヤした何かはデモ行進のように作業を妨害しているのだが。


幽霊ゴースト系の魔物か? 聖水でも撒いてみようか」

『止めろ! 我々は魔物ではない!』

「ふむ」


 現地を見たライナーだが、まず、彼らが作業を妨害していることに間違いは無い。


 六つの領地が合同で進める計画なので、人間であれば即座に牢屋行きになるレベルだし。魔物であれば即討伐だ。


 だがリーダーらしき存在は、自らを魔物ではないと名乗った。


 エーテル状の身体に意思疎通能力、そして魔物ではない。

 そんな条件で考えれば、思い着く種族は一つだ。



「とすれば精霊――色からして木の精霊か、風の精霊かな」

『いかにも。オレは風の大精霊だ』

「そうか。……それで、何かあったのか?」


 ライナーがそう聞けば、精霊たちは辺りをびゅんびゅんと飛び回りながら怒りを表現した。


『お前たちが好き勝手に森を開くから、地脈が崩れそうなんだよ!』

「地脈?」

『魔法やスキルを発動するための、力の通り道だ。オレたち精霊はその管理者なの!』


 好き勝手に森を開けば、この土地では魔法やスキルが使えなくなるらしい。

 普通に考えれば大問題だし、普通の領主ならば恐れをなして計画を即時中断するところだろう。


 ――普通の領主ならそうしただろうが、相手はライナー・バレットという男だ。


「なるほど。つまり、好き勝手・・・・じゃなければいいんだな?」

『どういうことだよ』

「ここに地図がある。スタートとゴールは大体決まっているが、どう開発してほしいのかを教えてくれ」


 モヤの前に地図を広げて、何事も無かったかのように交渉を始めた領主に驚きつつも。作業員たちには見ていることしかできない。


『……いや、オレたちは開発を止めろって言ってんだよ』


 風の大精霊だってもちろん動揺しているのだが。

 長生きなので、年の功から動じずに返すことはできた。


「適当に開発して乱れるくらいなら、自然に任せてもいつかは乱れるだろ?」

『そりゃ、まぁ……』

「それなら俺たちの方で地脈の整備・・を手伝おうじゃないか。街づくりの中に地脈の管理をはめ込めば、両者にとって有益な開発ができると思う」

『ええ……?』


 何だコイツは。

 と、風の大精霊は困惑している。


 精霊と言えば滅多に他の生物の前に現れない、意思を持ったエネルギーの塊だ。


 神話や歴史書の中でしか見たことがない人間が大半であり。

 こんな風に「ああ、精霊か」で済まされていいレア度ではない。


 彼らは異なる世界を繋ぐ力があったり、この世を光で満たしたり、物理法則を変更したりと、生き物のことわりから外れた動きができる。


 神懸かり的な力を使えるのだから。大抵の知的生命体は、精霊を見れば崇めるはずなのだ。


 だと言うのに。



「外せないルートはここと、ここだ。協力してくれるなら他の領地にも話を回すし、最大限に希望を叶えよう。希望は? 要望でもいい」


 どうやらライナーは、精霊をビジネスの相手としか見ていないようだった。


 精霊という存在はおとぎ話や神話でも、重要ポジションで度々登場する。

 勇者や建国の王に力を貸すことも珍しくはない。


 風の大精霊が数千年の時を生きる中で、何度か人間の手助けをしたことはあるが。

 こんな淡々とした態度で協力を求められたのは、もちろん初めてだった。


「ふふふ、風の精霊か。追い風を自在に扱えば、更なる速さが……」


 そしてライナーは欲望全開である。

 風のような速さ。という比喩がある通り、風と速度には関連性がある。


 己の速さを一段階上げてくれそうな存在が目の前に現れたのだから。

 彼はもう、全力で精霊たちを囲い込もうとしていた。


『何をぶつぶつ言ってるんだ! オレたちは工事をやめろって――』

「まあまあ、話だけでも。精霊は飲み食いできると聞くが、甘い物は嫌いかな?」


 大精霊はともかく。背後にいる精霊たちの口調から幼さを感じ取ったライナーは、部下に運ばせた大量の茶菓子を広げて見せた。


 精霊たちから協力関係を取り付けるべく。

 そして彼らの技を学ぶべく、ライナーは接待を始めた。


『わーい』

『おそなえものだー』


 どこかの住民が工事に反対しているのだろうと思い。会合の席で配るため、領内の菓子屋で大人買いをしてきたものではあるが。


 意思が希薄な下級の精霊たちは、すぐに飛びついた。

 ライナーが砂糖菓子を差し出すと同時に、もう周りに群がり始めている。


 お供え物でなければ、精霊は現世の物を食べられない。

 そんな謎のルールに縛られている彼らは、久方ぶりの菓子を喜んで平らげていた。


『ちょ、ちょっと待てよ。歓迎は嬉しいけど、そういうことじゃ――』

「まあまあ、時間はいくらでもあるのだから、ゆっくり・・・・話をしよう」


 もちろんライナーにはゆっくりするつもりなどない。


 最短最速で話をまとめるつもりだし、彼らにも工事を手伝ってもらうつもりだし、ついでに精霊の技も教えて貰いたいと思っている。


「さあ、まずは宴の用意をだ! 酒と食材を手配しなくてはな……ふふっ」

『なんなんだよコイツ……』


 どこか影のあるにこやかさに、大精霊も押され気味だ。


 本日はライナーの他にはイエスマンの囚人しかいないので、ツッコミ役が不在。

 誰が止めることもなく、淡々とライナー劇場が進行していった。





― ― ― ― ― ― ― ― ―


 相手が神だろうが仏だろうが、構わず弟子になりにいく男、ライナー。


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