第五十三話 また始まった



『違う! もっとこう、バッとやってビュン! って感じで!』

「ふむ……こうやって、こうか?」

『お、そうそう。そんな感じ』

「何ですのこれ……」


 結婚式の打ち合わせをするべく、ライナーの屋敷で待っていても一向に彼は帰って来なかった。

 どこに行ったのかを尋ねて回れば、工事現場の近くで修行をしていると聞く。


 ――また何か始まったのか。


 そう思い迎えに来てみれば、案の定だった。


 彼女の夫になる予定の男は、緑色のモヤモヤしたものにまとわりつかれながら、森のど真ん中で演舞を行っていた。


「ライナーさーん」

「少し待ってくれ。もう少しなんだ」


 何が「もう少し」なのかは敢えて聞かない。

 聞いたところで理解はできないことなど、分かり切っているからだ。



 リリーアが切り株に腰かけてから十数分後。


「ふぅ……ありがとう。これで俺は更なる高みを目指せそうだ」


 満足した様子のライナーが、ゆっくりとした動作で深呼吸をした。


『持ちつ持たれつだからなー。約束は忘れるなよ?』

「もちろん」

「……終わりましたの?」


 リリーアがそう聞けば、彼は大きく頷く。


「ああ。まだ粗削りだが、実戦が楽しみな出来だ」

「そうですか。それで、そちらの方は?」


 何が楽しみなのか。

 一体何をしていたのか。

 その辺りからは目を逸らしつつ、彼女は大精霊の方に目を向ける。


 するとライナーは、何でもない様子で人差し指を向けた。


「ああ、こちらは風の大精霊。精霊の技を教わっていた」

「え? せ、精霊様? ……えっと。ははぁ!」


 一瞬の戸惑いを見せてから、リリーアは精霊に跪いた。


 王国では神聖な存在として扱われているので、王ですら敬意を払う最上級の賓客になる。

 もしも姿を見せたら礼を失するなという教えは、貴族の中に浸透しているのだが。


『そうだよなぁ。これが普通の反応だよなぁ……』


 大精霊の様子を見れば、既に婚約者が何かやらかしてしまった後だというのは容易に想像がついた。

 しかし当の本人はどこ吹く風の様子で、地図とにらめっこをしている。


「幹線道路一番を西にカーブさせて、三番は……ララの方に繋ぐか」

「ライナーさん、精霊の前ですわよ」

「その精霊との約束を守るために、道路と一部施設の計画変更中なんだよ」


 無駄に多才なライナーは、地図上にさらさらと変更後の絵を描いていき。それを横で見ている大精霊から、時折修正が入る。


 そんなやり取りを十分ほど続けた頃だろうか。


 リリーアが地図を眺めていると、各領地を繋ぐ道路が、いつしか魔法陣のような形をしてきたように見えていた。


「これに何か意味が?」


 明らかに必要ない配置物が点在しているところを見れば、効率的な運用方法とは思えないのだが。


「ああ、地脈を安定させるためには一定の配置を守る必要がある」

「地脈?」

『力の通り道だよ。精霊はそれを守るのも仕事なんだ』

「そうなのですね」


 ざっくりとした説明だが、元々リリーアは深く理解しようともしていない。

 むしろ、深入りしたら危険だと思っている。


 だから彼女は、適当に相槌を打つばかりだ。


「後は精霊を祭るやしろを建てて、巫女を立てる必要もあるな」

『供え物は三日に一回は必ず置くこと。忘れるなよ』

「たまに観光客の前へ姿を見せることも、お忘れなく」


 どうやらリリーアの夫となる男は、彼女の想像以上にやらかしていたようだ。世界を司る精霊――神様を。まさかの観光資源・・・・にしようとしていた。


 精霊に会えるかもしれないとなれば、信心深い貴族は会えるまで逗留するだろうし。国外からですら人を呼べるかもしれない。


 だが、神を見世物にするが如き行為だ。


「そんな冒涜ぼうとく的なことをして大丈夫ですの?」

「近頃は信仰が薄れているとかで、祭壇を作ることは彼らにとっても大きなメリットらしいぞ」


 ライナーがそう言えば、精霊も溜息を吐くかのようにやるせない態度でボヤいた。


『何回世界を救ってやってもすぐに忘れられるんだからな。新しい精霊の成り手もいないし……このままじゃ滅ぶぞこの世界』


 精霊の世界でも後継者不足は深刻なようだ。

 それに、国の滅亡がどうとかではなく、世界が丸ごと滅ぶようなスケールの話らしい。


 精霊としても人手・・は足りていないので、ライナーが手伝ってくれるなら共存関係を築こうという非常に打算的な提携が結ばれたわけだが。



 しかし、そんなことリリーアには関係ない。

 彼女の願いは、幸せなスローライフを守ることだけだ。


 だから彼女は、今見聞きしたことを全て無かったことにして続ける。


「それで本題ですが、式の打ち合わせが途中ですわ」

「そうだったな。そちらも進めなければ」


 式の準備と言っても、親戚や親しい友人に招待状を送るくらいだ。


 しかしライナーには親戚がおらず、親しい友人も数えるほどしかいない。

 一般的な貴族の結婚式から見れば、やるべきことはかなり少なかった。


 それでも会場を押さえたり催し物を考えたりと、しなくてはならないことはいくらでもある。


『それじゃあオレはあいつらのところに戻る。他の領主にも伝えておけよ』

「無論だ。次は三式まで教えてくれよ」


 ライナーたちが立ち去ると見たのか、風の大精霊も姿を明滅させて言った。


『人間が一日で二段階突破ってだけで信じられないんだけど……まあいいや、考えておく』

「よろしく頼む」


 何やら奥義の話をしているが、それもリリーアには関係ない。


 関係ないったらないのだ。


 話し込んでいる婚約者を引きずって、彼女は無理矢理屋敷へと帰還した。




 そこで大事件が待っているとも知らずに。





― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 次回、リリーア史上最大のピンチ。


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