第五十四話 結局始まってしまった



 何とか軌道修正に成功したリリーアは、ライナーを連れて屋敷まで帰ったのだが。

 問題はその直後に発生した。



「緊急事態だ」



 屋敷の前ではノーウェルが仁王立ちし、もの凄く険しい顔をしながら待っていた。


 修行のトラウマが蘇ったのか。

 リリーアはライナーの影に隠れながら、恐る恐るといった様子で尋ねる。


「ど、どうされましたの? そんな怖い顔をして」

「どうもこうもあるか! すぐに手を打たんと、領地が破滅するぞ!」


 ここ最近ではかなり大規模に森を開拓していた。

 もしや生態系が崩れたことで、魔物の襲来でもあったのだろうか。


 などと予想したライナーの前に、一束の書類が手渡される。


「これは?」

「そこのお嬢ちゃんのところの、財政収支報告書だ」

「私の?」


 ライナーが開いてみれば、そこにはデカデカと赤字の文字がおどっている。


 半年先までの予想収支まで付いているのだが。きっかり半年後には、領地の資金がゼロになり。

 その次の月からは不渡り――要するに各種の支払いが不可能になると書いてある。


 領地の財産を売り出したとしても、持って一年がいいところだろう。

 このままのペースでは、財政破綻はたん待ったなしだ。


「え、ええと、私の領地。もしかして相当マズくありませんこと?」

「見れば一瞬で分かるな。……把握していなかったのか?」


 ライナーがリリーアの顔色を見れば、残金を気にしていなかったことも一瞬で分かった。

 その様を見ていたノーウェルは、額に手を当てて首を振る。


「そもそも一年足らずで資金を使い果たしたなどと王宮に知られたら、領地の没収もあり得るぞ」


 そんなことになれば、貴族の地位もセットで剥奪されかねない。


「ら、ライナーさんなら何とかしてくださいますわよね!?」

「俺にだってできることと、できないことはあるんだが」


 少し経って実感が湧いてきたのか、リリーアは大慌てでライナーに抱き着いた。

 するとライナーは、抑揚の小さい平坦な声で答える。


「……まあ、リリーアの貴族籍を維持するだけなら簡単だな」

「流石ライナーさん! どんな方法ですの?」


 一転して笑顔になったリリーアに対し、ライナーも珍しくにこやかな笑顔で答えるには。


「方法も何も、俺と結婚するんだから準男爵夫人じゃないか。立派に貴族だぞ」


 この言葉でリリーアも悟った。


 身分は保証できるが、領地についてはもう手遅れだと言われていることを。



「か、考えましょう! 生き残るための方策を!」


 焦りながらも前向きな意見を期待しているリリーア。

 一方で、最速を目指す男は何を考えたか。


「幸いローズ・ガーデン計画はまだスタートしたばかりだ。今のならまだ、俺の領地で嗜好品も生産すれば修正は可能だな」

「み、見捨てる前提の作戦を立てないでください! ライナーさーん!」



 始まった。結局始まってしまったのだ。


 リリーアの領地再建計画が。






     ◇







「さて諸君、緊急事態だ」

「あー。何となく事情は察したわ、もう」

「ええ、どうしようもないことまで察しました」


 緊急招集された蒼い薔薇の面々だが、セリアにはもう用件など分かり切っていた。


 自分の領地経営でも色々あって忘れていたが、リリーアの領地は滅茶苦茶な金額をバラ撒くことで人を集めていたのだった。


 ライナーとも一度話をした覚えはあったし。

 各種補助金の支払い期限がそろそろだと思えば、財政絡みのことだろうと察しはついた。


 ルーシェもほぼ分かっている。

 親友がやらかしたと見て間違い無いし、それは多分財政絡み。

 そして結構な大問題だと、顔色から判断できた。


 というか。リリーアは冷や汗を流しながら青い顔をして、俯きながらそっぽを向いているのだ。

 この様子を見れば付き合いの長いルーシェでなくとも、彼女が何かやらかしたことなどすぐに分かる。


 分かっていない者がいるとすれば。


「あ、蹴った。今蹴ったぞ!」

「本当か!? そうか、じゃあ人間の形で生まれるんだな!」


 会議そっちのけで、お腹の子どもに夢中なレパード夫妻と。


「ね、ねぇ。それよりお弁当作ってきたんだけど、後で一緒に食べない?」

「……ん」


 宿で早起きして作った弁当を手に、ピクニック気分のベアトリーゼとララだ。


 事情を分かっている人間が、ノーウェルも含めて三人。

 察した人間が二人。

 全く分かっていない者が四人。


 話し合いのスタートは、何とも温度差の激しいものだった。



 で。




「リリーア。何か言うことは?」

「ごめんなさい」

「こうなるって分からなかったのか?」

「後先考えていませんでしたわ」


 事情を話し終えたリリーアは、ルーシェとセリアからひたすらに吊るし上げられることになった。


 その間にもレパードと青龍は心ここにあらずだ。

 経済政策に詳しくないノーウェルも、呆れ顔をすることしかできない。


 ベアトリーゼは「この資金管理能力の無さなら、第一婦人の座を狙えるのでは?」と、密かに経営学を学ぶことを決意していたし。


 そして何よりララは。


「……領地、一つくらい無くても。回る」


 こういう時の保険に、ライナーの領地では生産物を何も指定していなかった。

 と、冷静に言う。


 流通業だけで領内のリソースを全部使い切るはずもないので、どこかがダメになればライナーの領地でリカバリー可能な計画でもあった。


 怒られる方がマシか。

 最初からアテにされていない方がマシか。


 その二択で考えたなら、まだ怒ってくれる二人の方が友情にあついのではないか、などという考えがリリーアの脳裏に浮かんでいた。


「これはご家族も含めてお話しないとね」

「そうだな。代官の責任でもある」


 責任の追及はきっちりやるとして、リリーア領が今抱えた問題は債務超過だ。

 入ってくる金よりも、出て行く金の方が多いことが問題になる。


 収入を増やすか、支出を減らすしかないのだが。

 まず収入を増やす案について、ライナーが用意しておいた黒板には三つの選択肢があった。



「この中だと、増税はナシよね」

「……ん」


 選べる手としては以下の三つだ。


 一、税を上げる。

 二、新しい住民を増やして、税を取れる頭数を増やす。

 三、新しく売り・・になるものを作って、観光客を呼ぶか商品の輸出で稼ぐ。


 減税を約束して人を集めているので、急に増税をすれば皆元の街に帰るだろう。


 帰らなかったとして信用問題になるので、この手は取れない。

 増税には真っ先に斜線が引かれた。


「人を増やすために金をバラ撒いた結果が今だから、人を増やす方法も難しいわね」

「そもそも、子どもが育つのを待つのが健全なやり方だよな」


 移民として呼べる数には限りがある。

 領内で結婚した男女が子どもを産み、子が大人になるのを待って税を取る。


 そうやって人口を増やして、長い時間をかけて領地の収入を増やしていくのが一般的だ。

 だから、人を増やすやり方にも疑問符が付いたのだが。


 そうなると残るは、商品開発しかない。


「急に目玉商品を用意しろって……そんなことできるのか?」

「せ、精霊様の社を建築させていただきますわ」


 神仏を見世物にするなんて!

 と、抵抗感を持っていたリリーアではあるが、こうなれば手段は選んでいられない。


 ライナーが精霊のビジネスパートナーになったところでもあるし、リリーアの領地が協力すること自体は不自然でもないだろう。


 観光客を呼んで外貨を獲得する道しかないと思い、彼女は神社でも建てようとしたのだが。


「粗末なものを建てれば精霊が怒るぞ。それに建築費も必要だし……今日明日に建つわけでもない」

「……で、ですわよね」


 ライナーが正論を言えば、一瞬でしぼんだ。

 精霊に相応しく、貴族のリピーターが来るような社を建てるならば。それなりの金がかかるだろう。


 建築に取り掛かった段階で資金が底を着きかねないので、もうその手段すら使えない状態だった。



 どう見ても、もう詰んでいる。そんなことは分かっていた。


 ライナーはノーウェルから受け取った資料を見た瞬間。

 今挙げられた全ての可能性を検討し、最速で「無理」という結論を導き出した。


 だからもう、結婚して貴族籍が維持できれば、それでいいじゃないか。

 そんな方向で進めるのが、一番現実的で話が早い道だと思っている。


「……うーん、借金の申し込みという手もあるけど」

「貸してくれるところ、あるかなぁ」


 人が増えて、領内は急速に発展している。だから減税期間が終われば、一気に収入が上向くのは間違いないのだが。


 新興領主が、国の支度金を一年足らずで使い切るような放蕩ほうとう経営をしているのだ。商人としても大金を貸したくはないだろう。


 蒼い薔薇のメンバーも領地開発でかなりの資金を使ったし、これからも使う予定でいる。どこも資金に余裕は無いので、メンバー間での貸し借りも難しい。


 借り先がなさそうな現状を見て、いよいよ進退窮まってきた。


「ノーウェル師匠、何か手は思いつきますか?」

「稼ぐというなら、領主自らが魔物を狩ればいいんじゃないか? どこかの街の塩漬け依頼を二つ三つ片付ければ、何とかなるだろうに」


 ノーウェルは気楽に言うが。

 領地を救うくらいの金額を稼ぐなら、それこそドラゴン撃退クラスの依頼をこなす必要がある。


 しかし、あんな危険な任務は二度とやりたくない。

 それはライナーも含めた全員の総意だ。


 その後は支出を削る議論にもなったが、収入が上向くまで耐えられる体力があるかは怪しい。


 そもそも補助金の支払い金額は、事前に約束してある。

 支出の大部分が削れない状態だ。



 そんなこんなで、徐々に諦めムードが出てきたところに――急展開が起きる。

 自警団の青年が、ノックもなしに会議室へ転がり込んできた。


「大変です!」

「今度は何だ……」

「リリーア様の領地が、宣戦布告を受けました!」

「…………え?」


 リリーアの領地が詰んだことを確認している最中に、また新しい問題が舞い込んできた。


 追加の爆弾がやってきたのだから、この場に居る常識人は頭を抱えるしかなかった。


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