第五十五話 明るい未来
自警団の若者が飛び込んできたことで、状況は更に混沌と化した。
そもそもリリーアの領地は王都側なので、他国と国境を接していない。
つまり宣戦布告を受けたのなら、国内の貴族――味方から戦争を仕掛けられたことになる。
「え? 宣戦布告? 私が?」
「相手はどこのバカだ!」
何も身に覚えがないリリーアは目を点にしていた。
そしてノーウェルが興奮したように叫べば、青年は少し迷いながらも懐から一通の手紙を取り出す。
「フィリッポ子爵です。先方から書状が届いています」
「ドラ息子の方だな? ええい、あのボンクラが!」
ノーウェルが怒りのままに机を叩くと、角が粉みじんになって消滅したのだが。
それに驚きつつリリーアが書状を受け取れば。読み始めてからすぐに、彼女は
「北方の名家である当家に無断で王都までの水運を計画するなど、当家に対する侮辱である。ついては名誉を守るため――とかいう理由ですわね。開戦の理由は」
「……そうか」
ライナーからすれば。
フィリッポって誰だよ。とでも言いたい気分である。
王都から自分の領地に向かった時、北上する途中にある地域の領主だったか?
と、何となく覚えてはいるのだが。
「もっと東に行ったところの領地だよな?」
「そうですね。私たちから見れば南東の位置にあります」
地図を確認すれば、フィリッポ子爵領は随分と離れている。
それに問題になっている、運河となる予定の川とも接していない。
川の近くに領地を持っていて、そこを無断で通行しようとは許せない! という話ならまだ彼らも納得できたのだが。
二つ三つ別な領地を挟んでいるので、川からは結構な距離がある。
馬車で荷物を運ぶにしろ、川まで十日はかかりそうな位置だ。
子爵領から王都までは馬車で二週間ほどの位置なので、わざわざ運河を経由するくらいなら、馬車で陸送した方が早そうでもある。
「そもそもの話、水運業はまだ始まったばかりだ。今の段階で文句をつけられても、難癖にしか思えないんだが……」
今は蒼い薔薇のメンバーが治める領地の間でしか行き来していない。
将来的に王都へ繋げたいとは思ってはいても、まだ計画に着手すらしていない段階である。
しかも、流通業を管理しているのはライナーだ。
リリーアが運河の工事に参加しているとは言え。
誰の発案で、誰が一番多く利益を得ているかと言えば間違い無く彼だろう。
「……どう考えても理に合わないな」
ライナーに文句を言うならまだしも、リリーアの方に書状を送る理由が分からなければ。話し合いを飛ばしていきなり開戦というのも分からない。
仮にリリーアの領地を攻め落としたところで、管理が面倒な飛び地になるし。
そもそも王宮に無断での占領は許されていない。
利権に噛ませろという話でもない。
多少脅して利益をかすめ取ろうという意図なら、開戦の通知までは送って来ないだろう。
お題目をそのまま信じるとすれば、名誉とプライドの問題になるとは思うのだが。
何にせよライナーには、向こうの狙いがさっぱり分からなかった。
「……名誉、か。そんな理由で国内の貴族が争ってもいいのか?」
何の利益にも繋がりそうにはないが。蒼い薔薇のメンバーも「貴族の名誉」とやらのために命を懸けていた。
もしかすると、貴族的には何か意味がある行動なのかもしれない。
そう思い、ライナーはリリーアの方を見たのだが。彼女も心底嫌そうな顔をしながら、首を横に振った。
「普通はやりませんが。ええと、この方、以前縁談をお断りした方ですわね」
「ほう」
つまり戦いの名目など、どうでも良かったのだろう。
自分を振った女が盛大に婚約式を挙げたから、腹いせに戦争を吹っ掛けた。
一発入れなければ、貴族としてのプライドが許さない。
そういう話なのだろう。
「要するに、巨大な権力を持った男性版ミーシャか」
「あー、まぁ。そのようなところですわね」
ライナーが、ようやく納得できたと言わんばかりの顔をするのと同時に。
何だそれは。と、この場の全員が呆れたのだが。
「なるほど……そうかそうか」
気づけばライナーは微笑みながら頷いていた。
そして地図と。
財政報告書と。
宣戦布告の手紙を一度ずつ見てから、更に謎の含み笑いを浮かべる。
「……どうやら、一番楽な道が取れそうだな。リリーア領の資金難と合わせて、来週中には解決できそうだ」
地図にいくつかの×印を書き込んでいき、無表情ながら、瞳が
希望を見つけたとでも言いたそうな表情で筆を走らせているのだが。
「ラ、ライナー。アタシたちから、援軍とか要るかな?」
「必要ない。
「そ、それなら私たちは見ていましょうか」
セリアが手伝いを申し出るも一蹴。
ならばと、ルーシェは即座に引きこもることを決めた。
ルーシェも協力関係にはあるし、もちろん仲間たちとの友情もある。
しかし、ライナーがこの状態になった時は話が違う。
下手に近づけば大怪我をする可能性があるので、即座に撤退が上策だ。そんなことはかなり前から学んでいた。
「静観しましょう。見ているのが一番です」
「あ、ああ」
二人はまだしも、婚約者である三人。特に当事者であるリリーアまで置いてけぼりで――何らかの作戦がどんどん固まっていく。
ライナーからすれば、最速で決着をつけるための作戦だ。
「いいぞ……全部を一度に最短で片付ける方法が、向こうからやってきた! 完全にもらったな、これは」
婚約者が財政破綻寸前の領地を抱えている上に、失恋の逆恨みで攻めてきた男までいるのだが。
ライナーの思い描く未来は、明るいものになろうとしていた。
少なくとも、彼の頭の中では。
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