第五十一話 Beat's Counterattack



 リリーアの家に挨拶には行ったが、既にリリーアが家長になっている。


 他家の当主と直接話し合いをした結果ならばと、彼女の両親は即座に婚姻こんいんを了承した。

 ライナーには両親も親戚もいないので、それで結婚は本決まりだ。


 式に呼ぶとしたら冒険者仲間と、マリスの一家くらいだろうか。

 などと考えつつ、領地に戻ってくれば。


「よ、よう。なんか、会議があるみたいなんだけど」

「……時間、いいかしら?」


 何故かライナーの屋敷に蒼い薔薇のメンバーが勢揃いしており。


 そのまま唐突に、話し合いが始まった。

 内容は先日ララが提案した、領地経営の計画についてだ。


「……なるほど。各産業を完全に分業することで、成長の方針が明確になるわけか。それに資金も集中できるから、確かに発展は早くなるな」


 計画書を読み進めるライナーの目に、怪しい光が灯るのを見て。

 セリアとルーシェは多少引き気味。ベアトリーゼは内心でガッツポーズをする。


「そうでしょ? 最速で・・・発展させるなら悪くないと思うわよ」


 リリーアの両親に結婚の挨拶を終えて戻ってきたライナーたちを速攻で捕まえて。ベアトリーゼは有無を言わせず、計画のプレゼンに入っていた。


 帰ってくるまでの一週間で練りに練った計画だけあって、細部まで検討された計画にはなっている。

 もちろん実務上で問題は出てくると思うが、ライナーの反応は非常に良かった。


 特化型の都市を作るという計画は、彼の目には魅力的な提案に見えたのだ。

 もちろん速さ的な意味で。


 しかしこの提案に乗るとすれば、他の領地に依存するリスクに目を瞑らなければいけない。

 今は良くても、例えば子の代で仲違いをすれば全てが終わる可能性があった。


「将来どうなるかだな。破綻して一から作り直すようなことになればタイムロスだ」

「そこを回避するために、この条項があるんじゃない」


 そう言ってベアトリーゼは、提案書をバシバシと叩く。


 ――食いつきを見せたのだから、速攻で釣り上げなければいけない。


 そうでないと、この男は予想不能な動きを見せること請け合いなので。余計な要素が入ってくる前に勝負を決めなければいけないだろう。



 そんな思惑を持つベアトリーゼが推す提案書。


 その最後には、蒼い薔薇の全員が・・・相互に婚姻関係を結び、関係を強化することが前提と書いてある。


 平民のライナーには馴染みが無い文化だが。貴族の世界では当たり前に行われていることだ。


「全員と言っても、セリアとルーシェはどう思っているんだ?」


 何食わぬ顔で提案してきたベアトリーゼから一旦目を離し、ライナーは自分のことをナシだと思っているであろう二人に目を向ける。


「アタシの兄さんと、リリーアの従兄弟をくっ付ければいいかなって」

「私の姪と……ベアトリーゼのはとこも同じ歳なのよね」


 本人が結婚しなくとも、兄弟や親戚の誰かを送り込めばいい。

 関係は少し薄くなるが、元々誰かが裏切るとも思っていないのだ。

 保険になればそれでいいだろう。


 と、ベアトリーゼは既に根回しを終えていた。


 経済を見れば悪い話でもないし、関係の強化ができるのなら本人にとっても領地にとってもプラスだ。

 何よりこれでベアトリーゼが立ち直るならばと、既に二人も協力を約束していた。


「……私は、ライナーと」

「わ、私もね! 歳が近い親戚がいないから、仕方なく!」


 親戚がいないララは別として、実際はセリアの弟とベアトリーゼが同年代だ。


 わざわざ一回り年上のライナーとくっ付く必要はないのだが。

 ライナーに詳しい家族構成を話したこともないので、少なくともこの場は凌げる。


 そしてこの場さえ押し切ってしまえば、後はどうとでもなる。


 それこそ最速で結婚式を挙げるなりして、後戻りができない場所まで進んでしまえばいい。

 そんな考えで包囲網が敷かれていた。



「……リリーアはどうなんだ。婚約早々に重婚予定というのは」

「ま、まあ、貴族なら普通のことですわ!」


 嘘である。本音を言えば彼女だって、自分一人を見てくれた方がいい。


 しかしライナーと出会って以来、いいだけ貴族の美学にこだわる姿を見せてきたのだ。今さら結婚に関することだけ、曲げるわけにもいかなかった。


 婚約者にまで見栄を張ったことを、言った段階で既に後悔しているリリーアではあるが。

 一方で、それほど悪い話でもないだろうとは思う。


「……これから先もライナーさんに縁談は来るでしょうし、顔も知らない女性を迎えるくらいなら、友人の方が安心できますわね」

「そういうものか」


 ふとリリーアが、今のライナーが持つ社会的なステータスを考えた時。

 性格や性質は置いておくとして。

 条件だけを見れば結構な優良物件だと気づいたのだ。


 一代目の準男爵で、少なくとも孫の代までは安泰。

 元平民で、親戚関係の変なしがらみが無い。

 だだっ広いだけだったド田舎の領地は急速に発展していて、将来性もある。


 しかもドラゴンスレイヤー。

 結婚すればドラゴンスレイヤーの妻という名誉まで付いてくる。


「妻がリリーアだけでは、縁談を捻じ込まれる可能性は高いですからね」

「アタシとルーシェのところにも、結構釣書が来てるからな。ライナーのところにもそのうち来るんじゃないか?」


 没落貴族だった頃のリリーアたちにすら、いくつも縁談があったのだ。

 そして領地持ち貴族になった途端、その数は急激に増えた。


 これから先はライナーにも、そういう話が増えてくるだろう。

 それはリリーアにもライナーにも納得がいく話だった。


「ええ、あり得ると思いますわ」

「ふむ……。それに一々対応するのは非効率か」


 それなら話が来る前に第三婦人まで決めておいて、「もう妻を増やす気はない」と言える環境を作っておくのも、悪くはないかもしれない。


 リリーアがそう納得しつつあるのを察して、ライナーの意向も固まった。



「リリーアがそれでいいなら、そうしよう。ララとも年内に結婚式を挙げるが、せめて式は別にしようか」


 二人まとめて結婚式! というと雑に感じるので、せめてそこで誠意を見せようとしたライナーではあるが。

 当のララは手を挙げて否定する。


「……式、いらない」

「そうもいかない。お披露目くらいは必要だろう」

「……いらない」

「……まあ、やりたくないものを無理にやる必要も無いか」


 彼女が頑として譲らないので、ライナーとしてもあっさりと折れた。


 ならばと、彼は計画書に目を移しながら言う。


「では縁戚えんせき関係になる前提で、このローズ・ガーデン計画を――」

「ちょっと待ってよ、私は!?」


 ララの結婚式についての話題は出たし、セリアとルーシェがどうするのかも確認が取れた。


 だが、提案した本人には一切触れられていない。


 流されかけて焦ったベアトリーゼは、慌てて口を挟んだのだが。

 ライナーはいつも通りのフラットな態度のまま、「おまえは何を言っているんだ」といった顔をしている。


「ベアトリーゼ。君は今年で何歳だ?」

「十三になるわ……あっ」

「結婚できるのは十五歳からだ」


 王国では十五歳になる年の年末にある、成人式を終えた段階で結婚が許可される。

 まだ結婚可能な年齢に達していないのだ。


 だから当然のこと、ベアトリーゼとは結婚できない。

 これは好き嫌いではなく、法律的な問題である。


 ライナー攻略と、状況を逆転させることしか頭になかった彼女はミスをした。

 完璧な領地計画を作り上げることに夢中で――そもそもの前提を忘れていたのだ。


「そういうわけで。ベアトリーゼは年頃になったら、どこかから夫を迎えるのがいいだろう」

「え、あっ」

「一人くらい外部から取ってもいいはずだ。ゆっくり考えるといい」

「いや、その! ちょっと待って!」


 策が崩壊してしまえば、もう論理的な説明を考える暇もない。


 「知らない人と結婚なんて嫌だ」とか、「今は婚約でいいから」とか、散々ゴネること十五分。


 そこまで言うならと折れたライナーは。二年半後に結婚する予定で、ベアトリーゼとも婚約をすることを決めた。







「や、やってやったわ。どうよ、最後に笑うのはこの私よ!」

「……それでいいのか、ベアト」


 帰り道ではセリアが非常に呆れた顔をしていたが。


 何はともあれ、一応彼女の逆襲は成功したらしい。





― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 何気に初の英語タイトル Beat's Counterattack(逆襲のベアト)終了です。


 やっぱり穴はありましたがハッピーエンドです、やったね(白目)


 次回、領地経営に戻るかと思いきや、唐突な修行回。

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