第五十話 ローズ・ガーデン計画



「うえええ、ひっぐ」


 リリーアたちが領地に向けて出立した頃、ベアトリーゼは枕に顔を埋めて泣いていた。

 自信のあった渾身の作戦を外したばかりか、あまつさえそれに便乗されたことは相当なショックだったらしい。


 しかもライナーのことを、結構本気で好きになっていたようだ。


 自分でも「多少興味がある」程度だと思っていたが、いざ取られてみれば絶大な喪失感に襲われていた。


 泣いて泣き止んでを繰り返し。

 その声は隣室に居るルーシェたちの元にまで聞こえている有様だ。


「ベアトのあれは照れ隠しだったのかなぁ」

「そうみたいね」

「……ん」


 ベアトリーゼ以外は皆大人なので。落ち着くまで顔を合わせないようにして、何も聞いてないことにしてあげよう。という話に落ち着く。


 リリーアは既にライナーと共に出立したが、この分ではもう少しここに留まることになるだろう。


 夕方にまた宿で集合という約束をして三人が解散した後、セリアはノーウェルのところへ。ルーシェはレパードのところへ向かった。


 そしてララはと言えば。


「……ベアト」

「…………今、誰とも話したくないの」

「……話がある」

「話したくないって言ってるの!」


 ベアトリーゼが叫ぶが、ララが折れる気配は一向に無かった。

 仲間が引き籠っている部屋のドアをノックし続け、しきりに呼びかける。


「……話がある」

「今は一人になりたいの! いい加減にしないと怒るわよ!」

「…………話」


 しかしベアトリーゼが部屋から出てくる気配は無かった。なので。


 ――ララは扉を、ぶち壊すことにした。


 まずはドアノブを鉄槌てっつい打ちでぶん殴り、廊下にガンガンと派手な音を響かせながら破壊する。


「な、何っ!?」

「……」


 しかし変な壊れ方をしたのか、ノブを壊してもドアは開かない。

 だから今度は、扉ごと破壊することにした。


「え、ちょ、ちょっと! 何してるの!?」

「……話が、ある」


 ララはドアノブを引き抜いて放り捨てると、空いたスペースに手を差し込んだ。


 そのまま平泳ぎをするような体勢で、木製のドアを乱雑に引き裂き。ミシミシと音を立てながら、上半身が部屋に入っていく。


 途中で当然つっかえたのだが。

 ここまできたらついでとばかりに膝蹴りを叩き込んで、ドアは完全にただの木くずと化した。


 突然のことに、何にせよベアトリーゼの涙は引っ込んだ。

 しかしそのダイナミックな登場に、今度は心の大部分を恐怖が支配する。


「ちょっと、何よ、何なのよ!」

「……話があると、言った」


 ドアを突き破りながら入ってきたララは、左手に書類の束を持っている。


 資料を基に話をするのだろうが。

 傷心中の仲間の部屋に押し入ってまでする、緊急の案件など何かあっただろうか。


 と、一瞬ではあるがベアトリーゼの中で、悲しみや驚き、怒りの感情よりも。疑問の方が上回った。

 その隙を見逃さず、ララは顔前に書類を突き付ける。


「……読んで」

「何よ、これ」

「……読めば分かる」


 ここまでされたのだから、ベアトリーゼとしても読まないわけにはいかない。


 これで大したことがない提案だったらどうなるか分かっているんだろうな。


 などと思いながら読み進めれば、そこには領地開拓の計画が書いてあったのだが。


「……これって」

「……そう」


 リリーアは嗜好品、ルーシェは食料品。

 ベアトリーゼは加工業、ララは工芸品。

 セリアは鉄鋼業、ライナーは流通業。


 各領地で生産する品物や得意業種を完全分業制にして、それぞれに特化させて発展させるという計画だった。

 見方によっては一か所に固まった六人の領地を、一つの領地として見るような形になる。


 計画書では特産品以外の生産量を大幅に落としているので、他の領地に依存しなければやっていけないような――バランスの悪い政策だ。


「バカじゃないの。いくら私たちの仲が良くても、仲違いしたら終わりじゃない」


 言っている本人が今まさに、リリーアに対して暗い感情を抱いていたところだ。


 彼女とて、恋愛絡みで友情を壊したくはないとは思っているが。気持ちの上では罵声の一つも浴びせてやりたいくらいだった。

 そんな無様を見せたくないから、落ち着くまで引っ込んでいようとしたのだが。


「……最後まで、読んで」

「最後まで読んだって同じよ。こんな政策に同意する人なんていないし、代官だって――」

「読んで」


 今日のララはやけに押しが強かった。


 言われるままに紙をめくったのだが。

 最後まで読んだベアトリーゼは、驚愕に目を見開くことになる。


「嘘でしょ。え? こんなものが――通るか。通るね。私たち、貴族なんだし」

「……ん」


 打ちひしがれて枯れていたベアトリーゼの目に生気が戻ってくる。


 ――新しい材料が持ち込まれたことで、方向の違う策がいくつも浮かんできた。


 確かにこの方法ならばライナーも食いつくだろうが。

 同時に、懸念点はいくつもあった。


「セリアとルーシェはどうするつもり?」

「……そこまでは」

「……いいわ。じゃあそこは私が考える」


 どう説得をするか。

 或いは説得をしないで済む方法はあるか。


 色々と考えるべきことは多いが、ベアトリーゼが逆転を狙うとしたら計画に乗る以外の道はない。

 ララが考えた穴だらけの政策を形にすれば、まだ逆転勝利は可能なのだ。


「いいわ。計画書のタイトルから取って――作戦名は「ローズ・ガーデン」ね」

「……ん」


 ライナーがリリーアを落としたからなんだと言うのだ。

 まだ勝ち目は全然残っているではないか。と、ベアトリーゼは完全に復活した。


 しかし落ち着いてくれば、もう一つ見えてくるものがある。



「……ララのところで扱う商品が工芸品と美術品って、完全に趣味に走ったわね」

「…………役得」


 ララは友人を励ましに来たついでに、自分の領地で生産するものを趣味で固めていた。

 ベアトリーゼを味方に付ければ、交渉が上手くいく可能性が高いと考えた結果でもあるのだが。


 ララも意外としたたかではあった。





― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 


 どうして領地経営の計画を見てベアトリーゼが復活したのか。


 提案の内容が何なのか。続きは次回。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る