第四十九話 後始末
コンテストから一夜明け、ライナーはリリーアが泊っている宿を訪れていた。
ライナーはいつも通りの平常運転なのだが、リリーアはどぎまぎとして落ち着かない様子でいる。
「え、ええと、ライナーさん?」
「何だリリーア」
「あの、本当に結婚しますの?」
「もう婚約式は挙げただろう。早速君の両親に挨拶へ行こう」
その場のノリと勢いで勝負を持ちかけたら伴侶ができてしまい、未だ困惑しているリリーアではあるが。
確かにあそこまで派手に式を挙げたら、もう後戻りはできない。
「い、いやぁ。しかしですよライナーさん。その、ね?」
そんなことは分かっている。
しかし彼女は手をもじもじさせて、視線を左右に動かしていた。
「俺では不満か?」
「いえ、そういうことはないのですが……」
「それなら問題無いな。身を固めるのは早い方がいい。俺の支度は終わっているから、いつでも出られるぞ」
恋人ができたことすら初めてのリリーアは、色々と言いたいことがあったのだが。前に言った通り、ライナーと付き合うこと自体はアリなのだ。
もちろん予想外の形ではあるが。
頼り甲斐がある夫ができるのは、悪い話でもないか。
と、何とか気持ちに整理を付けて。
彼女は自分の領地へ向かうための準備を始めてから、ふと口を開く。
「あ、貴族は重婚が許されますが、ミーシャさんとの復縁は止めてくださいね?」
よく知らない女性で、一応恋敵でもあった。
そんな女性を第二婦人として迎え入れても、上手くはやっていけないだろう。
だから彼女は釘を刺したのだが――これは無意味だった。
「彼女は既に逮捕されたよ。復縁する気はないが、当分会うことも無いだろうな」
「へ?」
「どうやら俺に夜這いをかけようとしたらしい。不法侵入で、護衛任務に就いていた白い猟犬のメンバーに捕縛されたらしい」
一度捨てた男が出世して、復縁の話はけんもほろろ。
しかも目の前で別な女と婚約するところまで見せつけられたのだから悔しい。
こうなったら側室でも構わないと思った。
などと供述したそうだ。
害意は無かったために処刑まではいかなかったが。
領主に手を出そうとしたのだから無罪放免とは行かず、そのまま牢屋に収監されることになった。
これが、あのコンテストから三時間後のことだ。
「……なんですのそれ」
「お騒がせだな。まあ結果として結婚できたんだから、悪い話でもなかったが」
「…………婚約です。結婚はまだです」
訂正しても結果は変わらないんだろうな。
などと思いつつ、リリーアも支度を始めた。
◇
一方その頃、牢屋では。
「甲斐性なしだから結婚を辞めた男が、別れてすぐに出世したんだから。もう、私悔しくて、悔しくて……!」
「大変だったねぇ。うんうん、分かるよ」
「うう、レパードざぁぁあああん!」
号泣したミーシャが、レパードに泣きついていた。
後ろで見ている青龍が額に青筋を浮かべているところを見て、見張り番の二人は即座に表へ退避を決め込んだのだが。
そんな彼女の横にある雑居房からは、一人の男が出所するところだった。
「貴様は半年間の労役だ。自警団の一員として社会福祉活動をしてもらう!」
「ちくしょう……何で俺が……」
ブツブツ言いながら牢屋から出てきたマーシュは、不満気に独り言を呟いているのだが。
その様子を見たノーウェルは、烈火の如く怒りを燃やす。
「このッ――馬鹿者がぁッ!」
「おぶるぁ!?」
不満たらたらのマーシュに向かって飛び蹴りを放てば、彼は牢屋の壁をぶち壊しながら表に放り出された。
壁に人型の穴が開き、周囲には木片が飛び散る威力だ。
ドラゴンを殺せる蹴りを防具なしで受けたのだから、今の一撃で死んでもおかしくはないのだが。
しかしそこは加減したようだった。
「話は聞いている。見下していた男に先を越されて、現実を見ずに酒に逃げ、鍛錬も止めて腐っていたそうだな!」
「お……ぐ、あ」
ノーウェルは気絶するか、しないかの瀬戸際にいるマーシュの頭を掴み。
気迫と熱の籠った声で彼を怒鳴りつける。
「立てい! 貴様は一から鍛え直しだ! 心身共に、冒険者の何たるかを刻み込んでくれるわ!」
まともに鍛錬していたセリアでも、泣いて逃げ出したくなる地獄の特訓だ。
不摂生な生活を送っていたマーシュに耐えられるはずもないのだが、止める人間は誰もいない。
いきなり牢屋の壁が爆発して、中から人が飛んできたことに目を丸くしながらも。すぐに事情を察した看守たちは、更に遠くへと逃げて行った後だ。
この場にいるのはミーシャをテイムしているレパードと。
その様子を歯ぎしりしながら見つめる青龍。
そして、青い顔をしながら白目を剥きかけているマーシュと、師匠モードに入ったノーウェルだけだ。
――もう少し遠くの方を見れば、マーシュの様子を見に来たパーティメンバーの姿もあるのだが。
「マーシュのお迎えは、まだ先になりそうだね」
「そだねー。ライナーの領地にいるの怖いし、当分他のところに行っていようか」
「賛成、さっさと行きましょ」
「……それでいいのかなぁ?」
彼らは、巻き込まれるのはゴメンとばかりに撤退を決めた。
しかし、物陰からこっそり覗いていた一行が立ち去ろうとすれば。テッドの肩にポンと手が載せられる。
最早いつものパターンだ。
テッドが振り向けば。
険しい顔をしたノーウェルが、白目を剥いたマーシュを引きずりながら仁王立ちだ。
「貴様ら、どこへ行く」
「――ッ! 走れッ! バラバラに逃げるんだ!」
テッドが叫んだ瞬間、全員が反対方向に走り出す。
彼らは魔物から逃げることが多くなった結果、逃走の技術がぐんぐん伸びている。
彼らも、逃げ足だけは一流の域に達しようとしていたのだが。
「待ぁてぇぇぇええいッ!!」
「うわぁ!?」
「一人たりとも逃がさんぞ!」
「うぎゃあああ!? こっちに来ないでぇ!」
命を懸けた鬼ごっこの末、三分後には全員がお縄についた。
マーシュとまとめて、地獄の特訓が幕を開けることだろう。
彼ら、彼女らの運命やいかに。
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