第四十八話 チェックメイト
「チェックメイトだな」
「……どういうことだ?」
「どうも何も。最終審査でまともに魔物を狩れたのはリリーアだけだから、彼女以外は0点だ」
エドガーにそう告げてから、ライナーはリリーアの元へ向かう。
ララは爬虫類の海で溺れて幸せそうにしているし。
シトリーは時間いっぱい、ただ逃げ回っていただけだ。
ミーシャとベアトリーゼはノックアウトされているので、まともに競技へ参加したのは一人しかいない。
「おめでとう」
「ぜぇ……はぁ、はぁ。な、なんですの?」
「だから、君の優勝だ」
「……え?」
未だに荒い息を吐いているリリーアの肩に手を載せてから、ライナーは観客たちに向けて叫ぶ。
「優勝者は決まった! これより、この場で婚約式を執り行う!」
これには客席のセリアとルーシェもびっくりだ。
しかし口笛を吹いたり喝采を上げたりしている観客の中で、彼女たちの声が届くはずもなく。
突然主役にされたリリーアは、目を点にしている。
「ほえ? こ、婚約?」
「俺の結婚相手を決める勝負で勝ったのだから、当然そうなる」
リリーアはぽかんとした顔をしているが、完全に詰みにハマったことにまだ気づいていないようだ。
最初は「ミーシャがライナーに相応しいかを確かめる」ための勝負ではあったが、途中からは「ライナーと誰が結婚するか」の勝負にすり変わっていた。
これはベアトリーゼの策だったが。
企画の段階でこの作戦に気づいたライナーが、ノーウェルとレパードを巻き込んで更なる策を立てた結果が今、この状況である。
ライナーの結婚相手を決める、コンテストまでやった。
領民はおろか観光客や、地元の有力者が勢揃いした中でのことでもある。
今更引き返すことなどできない。
「では皆さん、お願いします」
「ええ。リリーア様、お色直しを行いますのでこちらへ」
「え? ちょっと、あの……」
リリーアのお手伝いをしているおばちゃんが中心になって、彼女の着せ替えタイムが始まった。
そうして、訳も分からず裏へ引っ込んだ彼女を見て。ライナーは一人呟く。
「
リリーアの屋敷で女子会をした時、その横にはお手伝いさんがいた。
恋愛話は、おばちゃんたちの大好物だ。
田舎のおばちゃんが噂をバラ撒く速さを、侮ってはいけない。
内容は既に領内で広まっていたし、それはライナーの耳にも入っていた。
お手伝いさんとの間に機密保持の契約など結んでいないので、彼女たちの恋愛事情は既にダダ洩れだったのである。
蒼い薔薇の中で、リリーアとララが「ライナーとお付き合い可能」という話は、既に領民のほとんどが知っていた。
ライナーはこの大会を開くにあたり、ベアトリーゼが裏で暗躍していたことに気が付いていたが。
自分と二人のどちらかをくっ付けるべく、色々と動いてくれた。という認識でいる。
ここでも誤算だが、ベアトリーゼは
「どういうことだよ、ライナー……」
「こういうことだよ。見れば分かるだろ?」
エドガーは茫然と呆れの中で尋ねるが、これはライナーの作戦通りである。
蒼い薔薇との間に結んだ雇用契約は未だ有効で、
しかし今回はリリーアの方から、「ライナーのお嫁さんになるため」の大会に参加してきたのだ。
そもそも彼女は、ライナーとのお付き合いが検討できるという話だった。
状況に流されたとは言え、元々それなりの好意はあったのだろう。
それなら背中を押すだけだ。
ライナーがエドガーに向けてそう語ったところ。
エドガーは脱力したように、がっくりと肩を落とした。
「いや、分かるけどさ。狙いは分かるんだけどさぁ……。普通に、婚約を申し込んだりできねぇのか?」
「契約書があるから、普通には難しいかな。それに、引けないところまで行った方が動きは速くなる」
衆人環視の中で婚約を宣言して、後戻りができない場所まで、最速で連れて行く。
そこまでがライナーのプランだった。
彼女に
「ドラゴン撃退に付き合ったら、何でも言うことを聞いてくれるんだよな?」
誰もいない空間に念押しをしながら、ライナーは一年ほど前にリリーアと交わした約束を思い返す。
彼女曰く、ドラゴン撃退に付いて来てくれたら
彼女はデートしてあげるなどと言っていたが、未だにその約束は果たされていない。今が取り立ての時だ。
この期に及んで婚約をゴネるようなら、お願いは「黙って婚約を受け入れること」に変更してでも受け入れさせる。
優勝者がララであればアプローチは変わったが、リリーアは押しに弱い。
ここは押しの一手だ。
ミーシャが復縁を迫ってきた時から、ライナーは決めていた。
最良の結果はリリーアと結婚する方向と決断して、彼女をロックオン。
その後はベアトリーゼの策という、波に乗っていただけである。
貴族の結婚では親戚やら王宮の許可やらが絡んでくるので、当人の意思だけでこれ以上進めるのは難しい。
この場では婚約までになるが。逆に言えば、後は処理の問題だけでもある。
「最短のスケジュールで進めて、三ヵ月後には結婚式を開く。秋の収穫祭と合わせて盛大にやろうか」
「ああそうだよ、お前はそういう奴だったよ……」
俺に恋愛感情を持っているならば、ミーシャとの復縁をチラつかせれば止めに入るはずだ。
ララとは結婚できるほどの関係を築けていないが、リリーアは気心も知れている。
止めに入らない場合は、そのままミーシャとゴールインする可能性もあったが。
そこはもう賭けだ。賭けには勝ったのだから、今更何も言うまい。
などと、ライナーは考えている。
そして何より、平民と貴族の結婚には複雑な手続きがあり、結構な待ち時間があるとも聞いていた。
どちらにせよ、待つ期間があるのは変わらない。
結婚という結末に至るまでの速さは変わらないのだ。
それなら。ミーシャよりもリリーアと結婚したい。
「その方が随分と、今後の人生が楽しそうだ」
――そんな思惑で作戦を立てたのだが。
「最速かつ
独り言を呟きながら。
婚約発表の衣装へ着替えるため、彼も舞台裏へ向かった。
― ― ― ― ― ― ― ― ―
祝、ライナー婚約。
ミーシャとの結婚話は、リリーアを釣るためのエサです。
また、策士策に溺れたベアトリーゼですが、彼女の挑戦は終わりません。
逆襲のベアトにご期待ください。
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