第四十七話 戦闘民族とフルボッコ



「残す競技はあと一つ! ここまでの総合得点は――こちら!」


 アリスが特設ステージ上のボードを指せば、そこには四回戦までの総得点が張り出されていた。


 シトリー72点。

 ベアトリーゼ70点。

 リリーア68点。

 ミーシャ67点。

 ララ65点。


 アリス経由で、このコンテストが起きた理由を聞いていたエドガーだが。

 ライナーは融通が利かないというか、全部を本音で評価しているようだった。


「ああもうマジで! 何やってんだライナーの奴!?」


 ミーシャが下から二番目とは言っても、現在のトップがシトリーである。


 公私に渡って親密な蒼い薔薇の面々を差し置いて、元カノと復縁すれば問題があるだろうが。相手がシトリーでも十分に大問題だ。


 審査員は未だに満点以外を出していないので、ライナーの評価でしか順位が決まっていない。

 この分では最終審査も同じだろうから、シトリーが勝つ可能性すらある。


「え、まさかライナーの奴、シトリーのことを――」

「ははは、ないない。最終審査は出来レースだからね」

「と言うと?」


「さあお待たせしました! 最終審査は、魔獣早狩り対決だーっ!」



 嫁選びとは全く関係の無いバトルが出てきて、エドガーはずっこけたのだが。


「よ、嫁取り関係ないじゃない!」

「……えーっと、すいません。あるみたいです、この地域では」


 ミーシャも当然の如く驚いており、猛然とアリスに抗議した。

 しかしアリスは気まずそうな顔をして、審査員席にいるノーウェルの方を向いた。


「いかにも、領主の妻には強さが求められる。貧弱な者には誰も付いていかんぞ? なあ皆の衆!」


 ノーウェルがそう言えば、会場中から万雷の拍手が飛んできた。

 大歓声に指笛まで付いて、文字通りのお祭り騒ぎだ。


 ――今日一番の盛り上がりではないだろうか。


 訳が分からず混乱するミーシャの後ろで、ベアトリーゼは一人悪い顔をしている。



 ここらの村では、自警団の若者ですらB級冒険者と同程度の実力を持つ。

 魔物は狂暴だし盗賊は山ほど出るし。

 村人たちは盗賊を狩ってお小遣いを得ている、修羅の地なのだ。


 畑にはカカシの代わりに巻き藁が刺さっているし。

 武術の鍛錬も満足にできないような奴が領主を名乗るな。などという主張が普通にまかり通り、相談役が領主をボコボコにするようなお土地柄でもある。


 ここは最終的に、武力で全てがひっくり返る場所だった。


「有事には妻が兵を率いて、魔物と戦うこともあるしな。軟弱者には務まらんよ」

「そ、そんなぁ……」


 戦闘民族もかくやという村人たちが求める領主とは、強き者。


 料理や裁縫の上手さでの勝負など、本番前の前座でしかない。



 まず、この最終審査でミーシャを蹴落とすことは確定事項だ。


 ベアトリーゼは「面白そうだから私も参加しようかなー」くらいの温度感でありながら。

 裏で手を回し、全ての競技を自分が一位になれそうな種目に設定した。


 ララが苦手な裁縫を第二種目に盛り込んだし、リリーアが苦手な掃除も第三種目にねじ込んだ。

 あくまで秘密裡に。不自然にならない程度の誘導だったが効果は絶大だ。


 仲間たちもまさか、大会で優勝した私がそのまま既成事実を作りに行こうとしているなど、想像もしていないだろう。


 と、ベアトリーゼはほくそ笑む。



「ふふふ……全ては私の掌よ」


 リリーアが予想よりも健闘していること。

 シトリーがここまで高評価なのことは予想外だが。


 しかしシトリーがこのまま一位を取ってしまえば問題になる。


 リリーア、ララ、ベアトリーゼを差し置いて。ぽっと出のシトリーをめとったとしたら、バレット家と周辺の家との関係が悪化するだろう。


 ――仮に彼女が準男爵夫人となったところで、地獄の日々が待っている。


 そんな話を本人に吹き込んだ後だ。


 彼女もライナーに恋愛感情は一切持っていないというので、この後は適当なところでリタイアする手筈てはずになっていた。


「ふふっ、完璧だわ」


 最後の勝負はライナーの領地で捕獲された魔物を、制限時間内に何匹倒せるかの競技になるのだが。

 そんなものは触媒を三つ四つまとめて使用した魔法を使えば、一瞬でカタがつく。


 勝利を確信したベアトリーゼは大枚を叩いて買った触媒を手に。

 意気揚々と、コロシアムと化したイベント会場を歩いていったのだが。


「ああ、これは没収だ」

「え?」


 戦闘準備を開始した瞬間。

 彼女の背後へ回り込んだノーウェルが、触媒を奪い取った。


「な、なんで!?」

「これを使えばベアト嬢ちゃんの力ではなく、触媒の力で勝ったも同然だ! 勝利が欲しくば、己の力で掴み取れ!」


 その発言に、又しても歓声が上がる。

 彼女に誤算があったとすれば、周囲の人間が思った以上に脳筋だったことだろう。


 くわっと目を見開き。鍛えぬいた自身の技で戦えと言う、武人の思想に染まっているノーウェルを始めとして。


「ハンデをあげてもいい気はするけど……ベアトちゃんだってB級冒険者だしなぁ」

「あの程度の魔物に道具の力を借りるなど、話になるまい」


 レパードと青龍の夫婦も、触媒の使用には否定的だった。

 そして、審査員たちがそんなことを言っている間にも状況は進む。


 ステージの奥から自警団の人間が出てきて、自分たちが普段使っている武具を女性陣の前に運び込んでくる。


「各自、武具は支給品を使ってくれ」

「ちょっと待ってよライナー、前衛いないじゃん! 私一人じゃ無理だって!」

「それを言ったら私なんて、冒険者ですらないんだけど!」


 ミーシャとベアトリーゼは、仲良く審査員たちへ抗議をしたのだが。



「つべこべ言うな! 始めろッ!」



 ノーウェルが自警団の青年たちに合図をすれば、まだ防具も着ていないというのに――檻に入っていたC級の魔物たちが、一斉に参加者へ襲い掛かる。


 まずはミーシャにデス・ワラビー。カンガルーのような魔物たちが殺到して。


「おぶっ!?」

「腹がガラ空きだ! それくらいガードせんか!」

「そんな無茶な――ぐふぇっ!?」


 戦闘能力を持たないただの町娘は、執拗な腹パンを食らって悶絶していた。


 周囲からは、「あの程度の魔物に転がされるくらいじゃ、領主の妻はなぁ」などと無情な呟きが聞こえてくるのだが。


「グルルルァ!」

「ちょ、ちょっと、待っ……おぐうっ!?」


 死なない程度に腹を連打されてのたうち・・・・回る彼女の横では、ベアトリーゼも酷いことになっていた。


「や、やめ、あははははは! やだっ! あはははは! 降参! 降参するから!」


 ベアトリーゼは鳥系の魔物たちに両手両足を抑えつけられながら、羽でくすぐりを受けていた。

 耐え切れずあっさりとリタイアするハメになり、狩りの記録はゼロだ。


 ――野生の魔物はこんな動きをしない。黒幕はもちろんレパードである。



「ま、これも弟子のためだ。悪く思わないでくれよな」

「ひゃー! お助けぇ!?」

「……ッ!」


 周りが皆C級の魔物を相手にしている中で、シトリーの元に向かったのだけは何故かB級の魔物だ。

 キラー・ベアを始めとして、明らかにシトリーでは狩れない魔物が殺到している。


 彼女は演技でも何でもなく全力で逃走しているため、狩りどころではない。



 そしてララの元には爬虫類の中でも、可愛い系の魔物を送り込んだ。


 彼女に対してなつくような素振りを見せているのだから、手にした剣で攻撃するのをかなり躊躇ためらっている。


 最後にリリーアの元には狼や蛇といった適当なC級魔物を送り込みつつ、レパードは料理の残りをつっついていた。


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