第四十六話 嫁取り大会
「さぁ始まりました、領主様の嫁取り大会! 今回ライナー様を巡って争うのは……この五人だぁ!」
その掛け声で、特設ステージ前に集まった観客は大歓声を上げた。
一方で司会の女性。アリスはもうヤケクソになっている。
冒険者ギルドの開設がどう頑張っても来週中になど終わらず、開設延期の代わりにイベントの司会をやってほしいと言われたらこのザマだ。
露出が多いフリフリな衣装を着させられた挙句。
自分の婚活を打ち切って転勤した先で、知り合いの婚活勝負の司会をさせられているのだから。
もう彼女の中で、色々なものが切れた。
とは言え仕事は仕事。
しかも参加者を見れば、断ることなどできない。
「まずはご存じ蒼い薔薇から。リリーア様、ララ様、ベアトリーゼ様のご登場です。拍手ー!」
着任した若手の領主たちが結婚相手を巡り争うとあって、見世物は結構な盛況ぶりを見せている。
ララは相変わらずフルフェイスの兜を被っているためにどよめきが起きたが、残る二人のルックスは上々なので、観客の反応はいい。
姿を見せただけでこの歓声なのは、統治が上手くいっている証拠でもあるだろうか。
「そして残りのお二人は平民です。平民の頃のライナー様をよく知っている二人でもあります。ご登場ください!」
特別な衣装を着ているのはアリスだけであり、それがまた彼女の羞恥心を煽るのだが。
それはさておき、本来であればこの三人以外の出場者がいるのは間違っている。
貴族の男性に対して貴族の女性三人が言い寄った時点で、平民は諦めなければおかしいのだ。
誰がそんな負けが分かり切っている勝負に出るのか――
と、好奇の目が寄せられたのだが。
「よろしくお願いしまーす」
一人目は言わずもがなミーシャだ。
多少おめかしをしていて、明るい町娘のような雰囲気を醸し出している。
「やー、どうもどうも」
そして二人目はシトリーだった。
ライナーをパーティから追放した後に爆笑していた、いつも気だるげな槍使いである。
舞台に立つ女性陣はララを除き笑顔で手を振っているのだが。
舞台袖で出場者を見たエドガーは、目を丸くしていた。
「え? 何でシトリー!? どういう人選なんだよオイ!」
「平民枠がミーシャだけでは不自然だからね。バランスを取って、人柱になってもらおうかと」
「お前の仕込みかよ……」
まだ運営を開始していないが。ライナーが冒険者ギルドに出した、記念すべき一つ目の依頼がこれである。
シトリーには花嫁コンテストで、道化を演じてもらう役を依頼したのだ。
冒険者がやる仕事か、とはエドガーも思うが。冒険者は基本的に何でも屋だ。
依頼があれば、迷子のペット探しだろうが恋人のフリだろうが、何でもやる。
それに領主直々の依頼でもあるし、「お前、俺の事を追放したよな?」という最強の交渉カードまで持っているのだ。シトリーには断れるはずもなかった。
「彼女への落とし前はこれでよし。精々派手に散ってもらおうか」
「意外と根に持ってたのな、お前。……いや、そもそもの話なんだが。本当にこんなイベントで結婚相手を決めてもいいのかよ?」
「まあ話題にはなるし、なるようになるさ」
最近では新しい話題も減ってきたから、ここらで一つ話題を提供しよう。とばかりに、コンテスト形式で決着を着けることにしたのだが。
エドガーからすれば、こんな方法で結婚相手を決めるなど狂気の沙汰だ。
ともあれ、裏手で男二人が話し合っている間にもイベントは進む。
どうやら最初の勝負は料理対決のようで、全員がそそくさと用意された食材の前に向かった。
「……まあ、これは全員大丈夫か」
「あのさ、ステージは見なくていいのか?」
「待っている間に仕事を片付けるよ。隙間時間は全て有効活用していく」
気楽に構えたライナーが、書類を片付けながら待つこと数十分。
司会のアリスが途中途中で解説や茶々を入れたため、中だるみもしないで盛り上がっていたのだが。
「さあ、では審査員の方々に試食をしてもらいましょう!」
ステージの方では、各々が料理を完成させたらしい。
だが、ライナーとエドガーはまだ舞台裏だ。
「ライナーは食わないのか?」
「審査員の講評が終わった後で食べる。呼ばれたら移動するから、護衛はよろしく」
「……分かったよ」
この段階でエドガーにできることなど何もないので、黙って審査員席の方を見てみれば。
「美味いもんだ」
「豪華な料理だねぇ」
「まあまあだが。量が足りんな」
ノーウェル、レパード、人化した青龍の順で好評をしていたのだが。
しかし彼の胸中には不安しかない。
「……ドラゴンスレイヤーと、ドラゴンの夫と、ドラゴンが審査員か」
戦闘力と特殊能力に偏った人選なので、まともな講評が出るかは怪しいところだ。
エドガーがそんな風に思っていれば。
「得点が出ました! 審査員全員が、参加者全員の料理に5点満点です!」
全員料理のド素人なので、「美味い!」以外の感想がロクに出てこなかった。
青龍に至っては量が少ないと文句を言い続けるばかりで、あわや放送事故である。
「ほら見たことか!」
「……想定の範囲内だよ」
これには司会のアリスも困惑しているが、勝負は五回戦まである。
ここで決着がつくわけでもないので、彼女は流すことにしたらしい。
「え、ええー。皆さん大変に料理がお上手で、審査員も甲乙つけがたいようです! では、審査委員長のライナー・バレット準男爵にもご講評をいただきましょう!」
ミーシャはおろかシトリーまで満点なのだが、ここから先はライナーの評価次第だ。
ライナーが舞台袖から現れた瞬間、今までにない大歓声が上がったのだが。
当の本人は軽く手を振りながら、足早に審査員席に座り。
「審査員は5点、バレット準男爵は10点の持ち点がありますが……いかがでしょうか?」
アリスの煽りも気にせず、全員の料理を一口ずつ食べて言う。
「シトリー10点ミーシャ7点、蒼い薔薇の三人は全員8点だな」
「……え?」
「シトリーは故郷の味を完全に再現している。懐かしい味だ。ミーシャも同じ方向だが、食材の処理が甘くてエグみがあった」
台本など渡されていないので、戸惑いながらもアリスは続きを促す。
「あ、蒼い薔薇の皆様は、どういった理由での採点でしょうか?」
「蒼い薔薇の三人が作ったのは……遠征先で食べるいつもの料理だ。欲を言えば変化や特徴が欲しかった」
淡々と告げたが、まさかの平民が一歩リードである。
観客の盛り上がりとは正反対に、エドガーはポカンとすることしかできない。
「……ライナーお前、何か考えあるんだよな?」
自分をパーティから追放した女の料理に最高得点を付けるなんて、何を考えているんだ。
と、彼が心配する中で。粛々とコンテストは続いて行った。
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