第四十五話 元カノ襲来



「ライナー、久しぶり」

「ミーシャ……復縁の話なら、マリスからきっぱり断ってもらったはずだが」

「そう言わずにさ、少し話でもしようよ」


 ライナーの屋敷に来客があったかと思えば、そこに居たのは元彼女のミーシャだった。

 別れた時から何も変わらない雰囲気で話しかけてきたので、ライナーも面食らった様子なのだが。


「……あれが噂の元カノさんですのね」

「……ん」

「……このタイミングで来たかぁ」


 タイミング悪く。今は蒼い薔薇のメンバーが勢揃いして、街道の延伸について打ち合わせに来ていたところだった。


 ライナーの元彼女と、ライナーのことをアリだと思っている女たちが鉢合わせてしまったのである。


「アタシ知ーらないっと」

「私も黙っておくことにするわ」


 ライナーのことをナシだと思っている二人は即座に撤退したのだが、後の三人にも動きはない。

 元彼女が急に現れて何をしにきたのかが分からないので、取り敢えずは静観の構えだ。


「用件は手短に頼む」


 さて、もう彼女を部屋に通してしまったのだから、今更追い出すのも体裁が悪い。


 来客が誰かを確認しなかったのは自分の落ち度なので、こうなっては話をするしかない。

 そう考えたライナーが先を促せば、ミーシャはけろっとした顔で言う。



「ねぇライナー。結婚しない?」



 復縁を飛び越えて関係を進めようとするド直球な要求に、この場の全員がド胆を抜かれた。

 ミーシャは小首を傾げて可愛らしい様子なのだが、出てきた提案は大暴投ビーンボールである。


 蒼い薔薇の面々の間で戦慄が駆け巡り、流石のライナーも思考が止まりかけた。


 が、数秒経って冷静さを取り戻したライナーは、慎重にミーシャへ確認を取る。


「俺がパーティをクビになったからと、君の方から振ってきたよな?」

「うん。でも私、ライナーがマーシュたちのところを辞めた後、別れるまでに一ヵ月は待ったじゃない」


 そう言われて過去の出来事を思い返す。


 確かにライナーがパーティをクビになってからも、冒険者として生活していくことを伝えていた。

 しかし彼はスキル習得のために掛け持ちでアルバイトを始めて、本業の冒険者が開店休業状態だったのは事実だ。


 そうこうしているうちに「将来を考えられないから、早めに別れて次の相手を探したい」という話になったわけだが。

 定職に就かず、あちこちフラフラしていたからフラれたという状況だ。

 確かに猶予期間はあった。


「まあ、それはその通りか」

「うんうん。それに私が気にしていたのは、収入の低さじゃなくて不安定さなの。一般的に見ても、定職に就いていない夫って不安材料でしょ?」

「まあ……確かに」


 収入が落ちたことではなく、仕事の不安定さが理由と言うならまだライナーにも納得の余地はある。


 贅沢な暮らしがしたいということではなく。

 新婚早々に夫が無収入になるかもしれないのだからまあ、理解はできた。


 しかし彼が下した結論は「遅い」のみだ。


 マリスに語った通りのことを繰り返すべく、ライナーは口を開いた。


「だが、もう遅い。本気で復縁する気があるなら別れてからすぐに――」

「ライナーが冒険者に戻る前に、復縁の話なんて出せると思う?」

「むっ」


 しかし相手もさるもので、全部を言わせないままに畳みかける。


「……そうだな、別れた原因が解決されていないのに、切り出しはしない」

「でしょ? それにライナーが働き始めてからすぐ、私はマリスちゃんに仲介を頼んだよね?」


 真実がどうであれ事実しか言っていないので、ライナーとしても否定することはできずに流されてしまった。


「ああ、まあそれは……」

待っていた・・・・・のに全然返事は来なかったし。マリスちゃん経由で無理って又聞きしたし……」


 別れてから三ヵ月が経った頃の復縁要請なので、別れ話の日を起点に置けば遅い。

 しかし、冒険者に戻ったところを起点にすれば、結構な決断の速さだ。


 しかも共通の友人を通してくる話はマリスを除き全てかわしていた。

 ミーシャが返事を待たされた側・・・・・・なのも間違いがない。


「成人してから一年経つけど、ライナーに浮いた話が無いって話を聞いてね? それならやっぱり、私と復縁してもいいんじゃないかなって」


 ライナーが引け目を感じるような言葉を出しつつ、ミーシャは更に続ける。


「確かに成人してから一年経って、結婚相手どころか恋人ができる気配もないけど……このタイミングはなぁ」

「別に玉の輿を狙いに来たってワケじゃないよ。それこそライナーがC級の時から、元に戻りたいって言っていたじゃない」


 領地持ちの貴族になったから復縁したいという話ではなく、きちんとした職を得た段階で話を持ってきたのも事実だ。

 彼が貴族になったのは、復縁の話を持ち掛けられた後である。


 さあどうしたものかと、一瞬考える素振りを見せたライナーだが。


 ややあって、名案を思いついたと言わんばかりの顔をしてからミーシャへ聞く。


「仮に結婚するとして、条件は?」

「C級冒険者の奥さんくらいの生活が送れること。もしも離婚をすることになったら、財産分与はC級の稼ぎを折半ってところかな」

「意外と欲が無い提案だな」


 こともあろうに、復縁に際しての条件を聞き取り始めたのだ。


 しかもそれが現実的に通ってしまいそうということもあり、ベアトリーゼの胸中には言い知れない焦りが生まれたし。

 リリーアは口元に手を添えて「あわわわわ」などと言っている。

 唯一冷静なのはララくらいだろう。


 そんな彼女たちを置いておき、ライナーは一人、計算を続けた。


「平民の頃から付き合っていた相手と添い遂げた――というストーリーなら販促で使えるかもなぁ」


 白馬の王子様と言うには少し身分が足りないが、美談の一つくらいにならなるだろう。領地を最速で発展させるなら、イメージ戦略も必要になる。


 それに彼女も話が上手い方なので、領主がやるべき交渉事の一部を任せられるかもしれない。夫婦で仕事ができれば最効率だ。


 などと、聞こえよがしに色々と呟いた後。



「よし、ではその条件で検討しようかな」

「え? ちょ、お待ちくださいなライナーさん!」


 ライナーが「それもアリだ」と頷いたので、リリーアも慌ててストップをかけた。


 しかし彼はすっとぼけている。「止められる理由が分からない」と言わんばかりの、とぼけた顔をしていた。


「どうしたリリーア?」

「いやいやいやいや、この流れで復縁って。どんな思考回路をしていますの!?」

「そうよ! こんなのおかしいじゃない!」


 普通はそんな別れ方をしておいて、復縁するなどあり得ない。


 だがベアトリーゼの脳内には、ミーシャの戦略が見えていた。


 ライナーは好き嫌いの感情をそれほど計算に入れないタイプだ。

 考えるのはメリットとデメリット、正しいか間違っているか、速いか遅いかくらいだろう。


 特に重要視しているのはもちろん速さだが。

 ミーシャは元彼女だけあって、ライナーに効きそうな単語を選んで話をしているように見えた。


 それにライナーが人一倍の結婚願望を持っていることも知っているようだ。


 多少の不信感をぬぐいつつ、「今すぐ結婚OK」という最速の条件を出してきたのだから、食いつく可能性は高いと見たのだろう。


「ぐぬぬ……思わぬところから伏兵が」


 距離や関係性を考えれば、ライナーと付き合う可能性がある女性は自分たちくらいのものだ。


 そう考えて対、蒼い薔薇用の対策しか用意してこなかったベアトリーゼにとっては。元カノとの復縁など青天せいてん霹靂へきれきである。


 予想外の不意打ちに狼狽えてはいるが、ここで話を止めなければ手遅れになることも分かっている。

 横から獲物をかっさらった元カノが。そのままゴールインしてしまう未来しか見えないのだから、彼女も必死だった。


 平民と貴族の結婚は手続きのハードルが高くて、結局結婚は遅くなるとか。何とか理由を付けて妨害しなければ。

 少なくともこの場で即決させるのはマズいし、言質も取られたくはない。


 彼女はそう思い口を開こうとしたが。

 その前に、リリーアが立ち上がって叫ぶ。


「で、では勝負ですわ!?」

「勝負? 何の」

「ら、らららライナーさんは私たちの仲間ですもの! 変な女性とくっ付かれて変になってしまわれては困りますもの!」


 舌が回っていなければ、発想もぶっ飛んでいる。


 見極める方向で難癖を付けるだけならまだしも、どうして勝負事なんかに――


 と、後ろから予想外の流れ弾が飛んできて更に動揺したベアトリーゼだが。

 勝負と聞いた時、ふと妙案を思いついた。



「へえ、いいんじゃない? 勝負。企画してあげようか」



 やはり変な流れになってきた。


 セリアとルーシェはそう思いながら。己が最速で撤退の判断を下したことが、正解だと確信しつつあった。


 その一方で。ライナーの口元が微かに笑っていたことに、気づく者はいなかった。



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