飲んだくれ冒険者とギルド長



「ライナーは結婚して、美人の奥さんが三人もいてぇ。俺たちゃあうだつ・・・の上がらない独身貴族ってなぁ」

「マーシュ、飲み過ぎだよ」

「うるせぇ、止めるなテッド! これが飲まずにいられるか!」

「まーた始まったよ」


 ここは、公国の王都にある冒険者ギルド。ノーウェルからの修行を終え、十分な実力をつけたマーシュたちは冒険者に復帰していた。


 リリーア領で仕掛けた魔物への総攻撃やら、青龍の定期巡回やらで魔物が減った公国ではあるが。未だ狂暴な魔物が大勢いることに変わりは無いので、冒険者としての稼ぎはいい。


 ノーウェルから割り振られた滅茶苦茶な修行――素手でB級の魔物を倒したり――を繰り返した結果、パーティはB級に昇格して。マーシュもA級冒険者へ昇格間近とは言われてはいるのだが。


 しかし、彼はモテなかった。

 彼女いない歴=年齢のままである。


「どーしてだよぉ。俺、結構稼ぎはいいんだぞー。顔も悪くはねぇだろうがよー」

「アンタはまず、その酒癖を直しなさいよ」


 いくら稼いでもモテない。これは一人の男として切実な問題だった。

 ジャネットは相変わらず酷い、マーシュの酒癖を指摘したのだが。


「じゃあ俺が酒飲まなきゃ、お前が付き合ってくれ――」

「絶対イヤ」

「せめて最後まで言わせろ、こん畜生!」


 パーティメンバーからも速攻でフラれて、また酒に逃げた。

 シトリーも付き合う気は無く、満更でないとすればパーシヴァルだけなのだが。


「パーシヴァルさん、今晩食事に行きません?」

「おい、俺が先に声かけたんだぞ! 割り込むな、この」

「あ、あはは……ほら、落ち着いて」


 面倒見の良い性格が災いしてか、見習い冒険者たちの指導をすることが多く。年端も行かない思春期の男子たちから結構なアタックを受けている真っ最中だった。


 マーシュのお守りが必要なくなり、パーティもまともになった。

 彼女が母性をくすぐられるポイントが減ったのか、底なし沼からの脱出に成功しようとしていた。


 まあ、その分ストーカー被害に遭ったりもしているので。

 這い出た先に別な沼があったようだが、それはさておき。


「はぁ……」

「どうしたんですか? ギルド長」

「いや、何でもないのよ、何でも」


 ギルド長が決まる前に公国が独立してしまい、結果としてギルド長に昇格したアリスも憂鬱な表情をしていた。

 彼女も二十の後半に差し掛かり、友人の結婚式に呼ばれることも増えてきている。


 そろそろ自分もとは思っているのだが、バリバリ過ぎるキャリアに邪魔されてか。仕事量が多すぎてプライベートの時間があまりなく、結婚どころか恋人探しすらできていない状態だった。


「難儀してるねぇ」

「どうせエドガーさんも、そろそろ結婚するんでしょ?」

「なっ、バカ。まだ早いっての」


 セルマの方はその気だから、さっさとくっつけばいいのに。

 などと、冷めた目で見つつ。アリスは頬杖をつきながら溜息を吐く。


 最近はハッピーな人間と、そうでない人間の二極化が進み過ぎだと。やるせなさそうな態度を隠そうともしていない。


「いいわよねぇ。相手がいれば焦らなくていいんだもの」

「そもそもだ。結婚したいってのは何度も聞いたけど、どんな男ならいいんだよ」

「うーん、そうね……」


 それこそエドガーも、アリスが地元にいた頃から婚活をしていたのは知っていた。


 具体的な条件が分かれば、知り合いを紹介することもやぶさかではないと。彼は何の気なしに聞いてみたのだが。


「まずお金遣いが粗くないこと。あと、身長かな。最低でも私よりも背が高いこと」

「他には?」

「夫婦で稼ぎに差があると揉めるかもしれないって聞くから、私と同じくらいの年収で……結婚後にも仕事をさせてくれる人がいいなって」


 少し待って、他には条件が出てこなかった。


 だからエドガーは腕を組んで考え込んだあと。

 トレードマークのバンダナを少し下げてから、手にした蒸留酒を飲み干して呟く。


「ああ、そりゃあ……無理だな」

「む、無理じゃないでしょ!? そこまで条件多くないでしょ!?」

「いやな、公国でアリスの稼ぎに近いヤツが、どれくらいいるのかって話よ」


 そう言われて、アリスも言葉に詰まる。

 ギルド長の年収は大手商会の会長レベルなので、いくら好景気と言っても発展途上の公国では、かなりの上位に入る。


 彼女の年収は金貨1000枚ほどだが。

 同年代を見た時、一般的な務め人の年収は金貨150枚か。いっても金貨200枚だ。


 それこそ王国や西国との貿易で儲かっている商会の役員を呼んできて、やっと同じ水準かどうかという話だが。

 そんな人物は妻を伴ったパーティに出席することが多いので、自由に仕事を続けたいという希望とバッティングする。


「うっ……」

「それにアリスって、結構身長高いだろ? ハイヒール込みってんなら俺でも厳しいくらいだし」

「ううっ……」


 エドガーの背も小さくはないが、アリスは女性の中では頭一つ抜けている。具体的に言えば、身長は173センチだ。


 履く靴を自由に選べないのはストレスになるだろうし、彼女だって足元のオシャレも楽しみたいだろう。恐らく男に求められる身長は180前後になる。


 理想の身長差は15センチと言うので、贅沢を言うなら188センチという大柄な男性が求められていたわけだが。


「相当厳しいんじゃねぇかな……」

「む、無理じゃないわ。どこかにはいるもん」

「無理とは言ってないが」


 身長180後半。

 大手商会長レベルの収入があり、仕事への理解があること。

 で、金銭感覚がまともな男。


 あくまでアリスが基準なので、高望みし過ぎかと聞かれたら難しいが。

 それでもどこかで妥協する必要があるだろう。


「まあ……その条件にハマってて、を重視しないってんなら。俺も紹介はできるんだが」

「え? 本当に!? ……って、まさかライナーくんじゃないでしょうね」

「バカ言え。まずライナーの身長は、俺と同じくらいだろうが」


 そもそも貴族でもない女性が、国王との縁談を持ちかけるなど不可能だ。もう三人と結婚してるしな。

 と結んで、エドガーは残った蒸留酒を飲み干していく。


「エドガーさんの知り合いって、冒険者? そんな優良物件がいたかしら?」

「いるだろ、あそこに。おーい、店員さん。お代わりー」


 エドガーが親指で中央付近のテーブルを指せば。

 そこにはあまりにもモテなくて、酒に逃げている冒険者の姿があった。


 マーシュは大柄で、身長は180台の半ばだ。

 そろそろA級冒険者に昇格するので、むしろアリスよりも少し高いくらいの年収になるだろう。

 査定の結果を知っているアリスが計算をしてみれば、このままだと半年後くらいには昇格する。


 彼の贅沢と言えば、精々が酒場で少し高めの食事をするくらいだし。

 彼も冒険者ギルドで仕事を得ているのだから、アリスについてもとやかく言わないはずだ。

 しかも大絶賛彼女募集中で、結婚したいと嘆いている。


 は置いておき。今挙げられた条件にはバッチリ当て嵌まっていた。


「えー……いや、でも。ねぇ?」

アレ・・が嫌なら希望を下げるんだな」


 結局この日に結論は出ず。

 エドガーもこのあと、数杯引っ掛けて帰った。


 確かに需要と供給は釣り合っているが、しかし――


 と、悩めるアリスの様子を横で見ていた職員は、公国出身の人間だ。

 田舎の人間は人の色恋沙汰が大好物である。


 ローズ・ガーデン公国の国民は、妙齢の男女をくっ付けることを心の底から面白がる国民性をしていた。

 職員たちから広まった噂がノーウェルのところに届くまでに、そう時間はかからなかったのだが。


「おれだって彼女がほしいんだぁあああい」

「彼女が欲しいって叫んでるうちは、できないと思うなー、あたし」


 そんな話を知らないマーシュは、パーティメンバーから呆れられるままに酒を飲み続けた。





― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 彼ら、彼女らが幸せになる日は来るのか。


 それはさておき次回から、ライナーがとある作戦に打って出ます。


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