サプライズ大作戦-Ⅰ



「あら、珍しく正装ですわね」

「どっか行くの?」

「ん、ああ。ちょっと帝国まで」


 昼前になり。何をすることもなくまったりと過ごしていたリリーアたちの横を、正装に着替えたライナーが通りがかった。


 マジシャンとしてでもなく、大道芸人としてでもなく。きちんとした貴族の正装だ。

 珍しく髪もきっちり整えて、上流階級オーラを全開にしている。


 普段はラフな服装をしていることが多いので、むしろ彼が高価な衣服を着ている方が新鮮な面々だったのだが。


「帝国? なんで?」


 彼らがいる公国と帝国の間には、険しい大山脈が広がっている。

 徒歩で通行することはできず、特産品をワイバーン便で送り合う程度の貿易しかしていない国だ。


 一時期は帝国への身売り話も出たが、結果として道は開通させなかったし。今の時期に敢えて国王が出向くほどの案件も無かったはずだが。

 と、ベアトリーゼは首を傾げる。


「帝国のA級冒険者に会ってくる。まあ、スカウトだな」

「ふーん」


 冒険者ギルドというのは多国籍企業というか、それぞれの国に本部がある。

 他国から有能な人材を引っ張ってくるというのはまだ分かる話だった。


 が、しかし。


「あらあら、光速を超えて精霊神になったのでは? 最強無敵なのでは?」

「まあ、正しくは精霊神と同格だな」

「ライナーが真面目な顔して冗談を言ったかと思えば、結構引っ張るんだもんね」

「……ん」


 光速を超えて、無敵の力を手に入れたんだ。

 くらいの説明をしていたライナーだが、妻たちは完全に冗談だと思っている。


 ライナーなら何が起きてもおかしくないとは思っているが。

 多次元攻撃だの秒速無限だのと、全く理解できない内容だったので。まあこれも一種のライナージョークだということで片付こうとしていた。


 確かに普通に考えると、無敵の力を手に入れたのだから新戦力はいらない。


 ライナーVS全宇宙の全生物で戦っても一秒以内に勝利できる力があるのだから、わざわざ戦力を増やす意味は無い。

 自分の修行を冗談扱いされて、少し切ないライナーだが。


「……まあいいか。詳しくは帰ってきたら話すよ」

「……?」


 ライナーの話をうんうんと。何も言わずに聞いてくれたララも。なんだか微笑ましそうな顔をしていたことは記憶に新しい。


 彼はララの方を向いて、何か言いたげにしていたのだが。

 当の王妃様も、きょとんとした顔で首を傾げていた。


「それじゃあ行ってくる。ルーシェを連れていくから、何かあればアーヴィンに」

「ええ、承知しましたわ」

「お土産忘れないでよねー」

「……行ってらっしゃい」


 さて、まずライナーは、王宮にある宰相の執務室を目指す。


 今回の作戦はルーシェがかなめになることを再認識しつつ、足早に彼女の執務室へ赴き。早速部屋に入れば、出かける前の書類整理は終わらせていたようだ。


 彼女は荷造りされた荷物の横で、使用人が淹れた紅茶を嗜んでいた。



「よし、準備は終わっているようだな」

「……本当に、大丈夫なんですか?」

「ああ、俺を信じろ」

「…………」


 出発自体はできるの。しかし、これから行われる謎の作戦を前にして、彼女は非常に疑わしそうな顔をしていた。


 それもそのはず。帝国で重要な交渉の席を設けるとは聞いたが、何をするのかは一切知らされていないのだ。


 何故外交官ではなく宰相が出て行くのか。

 どうして国王まで一緒に行くのか。

 そもそも話し合いの目的は何なのか。


 色々と気になる点はあったが、しかし大事な話し合いを控えているという割りには「実際に見るのが一番早い」と、取り合ってもらえていないのが現状だ。


「そんな目で見るな。大丈夫だ」

「……信じますよ?」

「もちろんだとも。その恰好でいいんだな?」


 今日はルーシェも、貴族的な意匠を前面に押し出した服を着ていた。


 華美ではないが、高級感はあり。しっとりとした雰囲気のある上質な服で。一見して階級の高い貴族だと分かる服装だ。

 身に着けた装飾品も、職人芸で仕上げられた美品で固めている。


 外交をする上ではこういう格も大事になるし。帝国とのまともな外交はこれが初めてでもある。

 責任者になるだろうルーシェも万全に準備をしたようだが。


「ええ、まあ。荷物はまとまりましたが」

「そんなに大荷物はいらないんだが……まあいい。出発しよう」


 目的地が分からない暗闇の中を先導する男が、このライナー・バレットとという男なので。彼女の心中はもう、とにかく不安でいっぱいだ。


 しかし宰相という立場上退くこともできないので、諦めて、しぶしぶながらも覚悟を決めたらしい。


「分かりました。西廻りで行きますか? 馬車の手配がまだなら、確か交易隊が午後から出ますが」

「いや、俺が運ぶよ」

「え、それってもしかして、空を――」


 そう言いつつ。

 ライナーは唐突に、光の世界へ突入した。


 世界の時間が置き去りにされ、目の前のルーシェが彫刻のようなポーズで固まる。


「法則は……そうだな。光の速度で移動しても、耐えられるようにはしておこう」


 話が早いこと全平行世界一を自負する男は、宣言する前に法則を書き換えており――言い終わった頃には既に、帝国の首都。帝都へ到着していた。


「着いたぞ」

「……え? ちょ、うわっ!?」


 一秒前まで執務室にいたのに、瞬き一つしないうちに異国へ到着していた。

 視界には完全に、彼女が知らない風景が広がっている。


 目の前の景色が一瞬で様変わりして。いきなり雑踏の中に立たされたルーシェは、面白いくらいに混乱しながらも。


「何の手品ですか!? も、もしかして睡眠薬で眠らせているうちに……?」


 と、どうにか現実との折り合いをつけようとしていた。

 そんな風に戸惑うルーシェを意に介さず、ライナーは頭上の看板を指して言う。


「冒険者ギルドはここだ。さあ、早く行こう」

「え? 冒険者ギルド? ちょっと……ま、待ってください!」


 用意がいいことに、ライナーは帝都の冒険者ギルド前へ転移していた。

 ここが今日の目的地なのだが、ルーシェはもちろん寄る理由を知らない。


「……本当に、大丈夫でしょうか」


 何が起きているか分からないが、外国で迷子など御免だ。そう考えたルーシェも、前をスタスタと歩くライナーの後ろに付いて行く。


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