サプライズ大作戦-Ⅱ
「いらっしゃいませ。ご依頼でしたらこちらで承ります」
にこやかな笑みを浮かべるギルド職員に出迎えられて、まずは依頼人のカウンターに案内された。
貴族風の恰好をしているからか冒険者とは見られず、貴族なりの対応をされることになったのだが。
「A級冒険者のマーティンス氏に連絡を取りたい」
今日はそれでいいと。ライナーは早速、手にした鞄から書類を取り出した。
「お客様、恐れ入りますが。当ギルドのマーティンスは、どなたかのご紹介が無ければ依頼をお受けできません」
「問題無い。本人と顔見知りだ」
貴族が相手だろうが、冒険者には冒険者のルールがある。
きっちりそう突っぱねる職員の姿に、帝国ギルドの教育レベルは高そうだなと感心するライナーだが。
「失礼ですが。マーティンスとはどのようなご関係でしょうか?」
ギルド職員の青年は、笑みを崩さないまま凄みを増してきた。
目の前の怪しい男の正体を見極めるように、目がわずかに細められる。
「彼からすれば、俺は命の恩人といったところか」
「恩人、ですか。手紙ですとか、何か繋がりを示すものはお持ちですか?」
「いや、手紙のやり取りなんかはしたことがないな」
後ろで話を聞いていたルーシェは、自分で堂々と恩人と言い張るライナーのメンタルに呆れていたのだが。
ライナーに対しては「顔見知りで命の恩人と主張しているのに、連絡先すら知らない怪しい男。しかも外国人で
「A級冒険者は大切な人材であり、戦略級戦力としても数えられます。帝国地方議会の承認が降りるか、本人が自発的に受ける場合を除き。お取引実績が無い方からの依頼はお受けできかねます」
証拠がなければお断りだと言わんばかりに、規則集を持ち出されてしまった。
本の一節を要約すれば、「取引の実績を作らないと大物への指名依頼はできない」と書かれている。帝国貴族に金を積めばどうとでもなる規則ではあるが、しかし、規則は規則だ。
「そうか……まあいい、バレットという名前を出してもらえれば分かるはずだ。確認を入れてくれ」
待ってみてダメなら過去に戻り、依頼の実績を無理矢理作るだけだと思うライナーは酒場の方に進み。平然と飲み物を注文し始めた。
――彼らは周囲からの視線とひそひそ話に晒されて、ルーシェは居心地が悪そうにしているが。そんなものはお構いなしで茶菓子まで頼んでいる。
「あ、あの。ライナーさん。本当に大丈夫なんですか?」
「ああ。これがベストな未来に繋がるはずだ。奢るから、ルーシェも頼むといい」
気まずい雰囲気の中で、淡々とティータイムに入ること五分ほど。
見るからに上流階級の服装をしてきたので、流石に冒険者から絡まれることもなく。テーブルで茶を飲みながら待っていたライナーたちの元に、先ほどの職員が小走りで駆け寄ってきた。
「失礼致しました、バレット様。通信魔道具で、本人に連絡が取れました」
「そうか、どれくらいで着く?」
「えっ……そうですね、十五分ほどでしょうか」
「分かった。待たせてもらおう」
話がついたなら、彼はすぐにやってくるはずだ。
そう考えたライナーは、結果を聞くよりも早く時間を尋ねる。
少し面食らった様子の職員だが。
やはりレベルは高いようで、すぐに気を取り直して一礼する。
「承知致しました。ごゆっくりお寛ぎください」
「……おい、マーティンスさんの知り合いだってよ」
「恩人って話が本当なら……いや、ヤブヘビだな」
周囲の冒険者はガヤガヤしているが。探し人は思ったよりも近くにいたようなので、彼らはもう少しだけ冒険者ギルドの酒場で待つことにした。
A級冒険者と個人的な知り合いだという貴族風の人物。それが物珍しいのか、好奇の視線に晒されたルーシェは居心地が悪い思いをしていたのだが。
何はともあれ、きっちり十五分後に彼はやって来た。
「やあ、久しぶりだねライナー。いつ帝都に?」
「つい先ほどかな。そちらも元気そうでなにより」
やって来た男は貴公子然とした甘いマスクで、知的な雰囲気のある男だった。長い白銀の髪を一本に縛っており、これまた新品同然に手入れされた鎧を着ている。
彼は剣士のようで、背中の剣は相当の業物のようだとルーシェもすぐに分かった。彼女が使っている細剣と比べて、数倍から十数倍の値打ちがあるだろう。
「ふむ、なるほど。ここに来たということは……おめでとうと言うべきかな?」
「今日はどちらかと言えば、めでたい話を持ってきた。という方が正解だ」
「めでたい話?」
彼はハッキリ言ってイケメンだ。
何の話だろうと考える様も、非常に絵になる。
ライナーと彼がどういう関わりを持つのかはさて置き、ルーシェとマーティンスは初対面である。
まずは自己紹介からかと思い直し、ライナーはルーシェの方に掌を向けた。
「こちらはルーシェ。うちのパーティで遊撃をしているけど、貴族になってからは宰相も任せている」
「そうか、建国したんだったね。よろしく、ルーシェさん」
「はい、こちらこそ」
キラキラと輝くオーラが見えるようなマーティンスの姿に、不覚にもときめきそうになったルーシェだが。帝国へはビジネスで来ているのだ。
西国大使の一件以来、ライナーは「良縁があれば紹介する」と言っていたので、仕事の話が終わったら
「それで、今日は何の話に?」
「見合い話を持ってきたんだ」
「ああ、そうか。見合いと言うと……」
そこでマーティンスはルーシェに目を向けて、二人の目線が重なり。
「ここに居るルーシェとの縁談だ」
「ええっ!?」
ライナーは笑みを浮かべながら、当然のように言い放った。
そして、そんな話は一ミリも聞いていないルーシェは仰天している。
確かに紹介してほしいとは思ったが、この場でお見合いの席までセッティングされるとは思っていなかったのだ。
「え、あ、ちょ、らい、ライ――」
「まあまあ、詳しい話はそこのレストランでしよう」
「え? え? え?」
「角の店かい? よく予約が取れたね」
「半年も待つとは思わなかったけど、何とかなったよ」
どうして来たこともない帝国の、いい店を知っているのか。
そもそもいつ予約していたのか。
分からないことだらけで思考が停止したルーシェは、ライナーの為すがままに連行されていった。
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