第二十四話 彼らの旅は、まだ続く



「さ、では次はどこへ行きましょうか?」

「え?」


 凱旋式。盛大なパレードが終わった次の日、リリーアはそんなことを言い出した。

 ライナーは話が早いこと王国一を自負しているので、理解は早い。


 どこへ冒険に行こう。

 という意味なのは、即座に分かった。


「やっぱり領地の近くかな。折角だから治安を上げておきたいじゃん」

「そうね。領主の務めだし」


 しかし、ライナーには理解ができなかった。

 最終目標である貴族への返り咲きには成功したし、領地も貰えた。


 彼女たちの目標は見事に達成されたのだ。

 ――だったら何故冒険者を続けるのか。その理由は。


「獲れた素材を売れば、領内の産業振興にもなりますね」

「……ん」


 全員が「領地の近くで活動をしたい」と言っているところを見れば。どうやら冒険者を続けること自体は共通認識のようだ。


 どうして彼女たちは冒険者を続ける気満々なのだろうと。

 戸惑うライナーが黙っている間にも、会話は流れる。


 しかし一向に、彼を納得させるような話は出てこなかった。


「全員、領主になるのでは?」

「普通は代官を送って、本人は王都で報告を受けるだけですわ。と言っても、貰ったばかりの土地なので。今回は代官ではなく家族に行ってもらいますが」


 だから彼は、リリーアに向けて直接尋ねることにしたのだが、真顔で返されてしまった。

 しかも依然として、冒険を続ける理由にはなっていない。


「アタシんところもそうだな」

「というか、ララ以外は全員ね」


 貴族とはそういうものらしい。

 しかしこの返答を聞いて、彼はより混乱した。


「貴族に戻りたかったんだよな?」

「戻りましたね」


 ルーシェも、「ライナーは何を言っているのだろう?」と言わんばかりの、不思議そうな目で彼を見ている。

 この点で、互いの認識はすれ違っていた。


 というよりも、彼女たちの最終目標について、ライナーは最初から考え違いをしていた。


 貴族に戻りたいと聞いた時から、「貴族になれば不労所得が得られるから、贅沢な暮らしができる。利権も手放したくない」という意図だろうと推測していたからだ。


 その考えに基づけば、この状況は不合理だろう。

 領地という最大の利権を放って冒険者を続けるなど、理に合わない。


 彼女たちは一体何のために頑張ってきたのだろう。


 叙爵をされて身分は手に入れたが、それで何が得られると言うのだろうか。

 俺が知らない特典でもあるのか。


 彼はそんなことを考えていたのだが、実はこう・・考えること自体が間違っていた。

 だからどれだけ早く頭を回転させて考えても、彼は答えまで辿り着けない。


「それでは今までと、何も変わらないじゃないか。領地を家族に渡したら、君たちの手には何も残らない」

「何を仰っていますの?」


 彼女たちが欲しかったものは、実益ではない。

 そもそも、物ですらなかった。


「名誉を、取り戻しましたわ」


 平民として生まれ育ち、平民として生きてきたライナーには、「名誉のため」などという発想が欠片も無かった。


 要するに、彼女たちにとってはプライドの問題だ。

 早い話が、彼らの価値観が違っていた。


 そこまで言われてようやく正しい現状を把握したライナーではあるが、全く異なる価値観を突然叩きつけられた彼には、何も言うことができない。


「ああ……そうか。分かった」


 そう返すのが精いっぱいだ。

 さて、話は本筋の、どこで冒険をしようかという話題に戻る。


「ライナーさんがいれば、すぐに片付く魔物ばかりだと思いますわ」

「そうですね、各領地で少しずつ依頼をこなしていくのはどうでしょう?」

「さんせーい」

「いいんじゃねぇの?」

「……ん」


 その予定には黙って横で聞いているライナーも、当然の如く頭数に含まれていた。


「えっ?」


 彼は契約を満了するつもりで同席していたので、この話は寝耳に水だ。

 しかしそこも彼女たちの共通認識らしく、流々と会話は流れていく。


「そうだな。依頼のついでに色んな街で食べ歩きとか……。って、あの辺も結構さびれてるけど、名物料理とかあるのかな?」

「領主になったんだから、自分から流行らせにいけばいいじゃない。産業振興よ」

「……ん」


 ライナーの意向を無視して、ライナーの行く先が決まろうとしていた。

 全員が当然の如く話を進めているのだが、彼には全く理解が及んでいない。


 話についていけていない。

 話から周回遅れ。

 遅い・・


「ば、バカな……俺が、遅れている?」


 一向に入り込む余地が無い彼女たちのガールズトークを、ライナーは内心で頭を抱えながら聞いていたのだが、ごく小さな声で敗北感を嘆いた後、彼は声を振り絞って聞く。


「どうして俺まで?」

「何故って、当たり前でしょ?」


 全員が、「どうしてと言われても」と言いたげな顔をしている。


 今回ばかりはフルフェイスのララまでが、そう言いたげなように見えたライナーではあるが、彼はひたすら困惑するばかりだった。


「ご近所になるし、パーティメンバーでもあるしな」

「ご近所? いや、そもそも俺は臨時雇いの……」

「契約通りですよ」

「ええ。そうですわね」


 愕然としている男に対して、リーダーの女は一枚の書類を引っ掴み、音が出そうなくらいに勢いよく、ライナーの目前へ契約書を差し出した。


「今回結んだ契約は無期限ですわ。もちろん今の段階では、契約破棄をするつもりはございません」

「確かにそうだが、ドラゴンの撃退は終わっただろ?」

「よくお読みになって。討伐対象を指定した契約ではございませんことよ」


 ここでも思い違いだが、ライナーの認識では、自分はあくまで臨時のメンバーだと思っている。

 だから用が済めば、また別れるものだと思っていた。


 しかしリリーアを含めた五人は、契約を解除するつもりはなかった。


「これは違反がない限り、両者が合意の上でしか解除ができない契約ですもの」

「確かにそういう契約、か……」

「ということで。まだまだ付き合ってもらいますわよ、ライナーさん!」


 話についていけないというのは、彼にとっては結構深刻な問題だった。


 ショックを受けていた彼は、満面の笑みで書類を突き付けてくるリリーアの宣言に――思わず頷いてしまった。


 いつかリリーアをからかったことへの意趣返しなのだろうが、そこにも全く言及できていない。

 恐らくここ数年で一番の遅さだろう。


 何はともあれ。彼らの旅は、まだ続く。



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