第二十五話 一方で彼らは



 ところ変わり、ここはとある街のとある冒険者ギルド――に併設された酒場だ。


 言うまでも無くライナーの故郷なのだが。

 ここには今日も辛気臭い顔を並べたC級冒険者たちの姿があった。


「ライナーはA級冒険者でぇー、俺たちゃうだつが上がらないC級冒険者ってなぁ」

「マーシュ、もうお酒は止めようよ」

「止めるなテッド、これが飲まずにいられるか!」


 蒼い薔薇と行動を共にして、追放されてからの半年であっさりと二階級昇格を果たしたライナーだが。


 一方で彼らは酷いものだった。


 C級の依頼を数件立て続けに失敗したことで、追いつくどころか降格の危機に晒されている。

 限界まで頑張ってはいるが、現状ではC級への残留すら怪しい。


 どういうわけか追い出された落ちこぼれの方は大出世だ。

 ドラゴンスレイヤーとして、一躍時の人になってしまった。


 以前は麦酒を浴びるほど飲んでいたマーシュだが、今では安値で酔えるウィスキーが彼の相棒になっている。

 ライナーの活躍を聞く度に酒の度数が上がっていき、酔い潰れる回数が日ごとに増えている有様だ。


「ねぇ、もう戻ってきてもらうとか考えるよりさー。むしろライナーに頭を下げて、向こうの二軍にしてもらった方が早いんじゃない?」


 そんな彼と目を合わせないようにして、槍使いのシトリーは気怠げに言った。

 しかし、その考えを実行するにしても問題がある。


「そもそもライナーの姿が見当たらないんだよ」

「そういやそだねー。私も最近見てないや」


 副リーダーのテッドはこの数か月、何度もライナーへの接触を図った。

 しかし彼はあっさりとテッドを撒き続け、今日までとうとう捕まらなかった。


 そうこうしているうちに青龍撃退へ旅立ち。

 そのまま王都に直行して。

 今の彼は蒼い薔薇の面々と共に、「どこで冒険をしようか?」などと話しているところだ。


 テッドの持つ情報は、「ライナーが赤龍撃退の功績によりA級冒険者に昇格した」で止まっている。


 実はもう街に居ない。

 しかし彼らはそれを知らない。


 テッドは青龍撃退のことも凱旋パレードことも知らずにいるので、まだライナーが街にいるものだと思って探し続けていた。



 そして、ライナーの話題が出る度に不機嫌になるのがマーシュである。

 グラスに残ったウィスキーを一気に煽ってから、酒臭い息を吐きながらくだを巻く。


「だぁかぁらぁ。今更ライナーなんかに頼れるかって。それこ――おっふ!?」

「寝てろ! この酔っ払いがぁ!」


 マーシュの口からここ数か月、何十回と繰り返された言葉が出そうになった。


 しかし最後まで言い切る前に、魔法使いのジャネットがマーシュの後頭部を木製の杖でぶん殴り。泥酔中の彼はあっさりとノックアウトだ。


 机に突っ伏したマーシュと他のメンバーの間で視線を往復させてから、斥候の少女パーシヴァルはおずおずと聞く。


「……えーっと。これからどうする?」

「うーん。やるだけのことはやったし、後は何か使えそうなスキルを取って来るくらいかな。ライナーだって日雇い仕事でスキル稼ぎをしていたって聞くし」


 そうは言っても普通は、仕事の経験からスキルを習得するまでに数か月から数年の時間がかかる。

 そもそも、覚えたスキルが戦闘で使えるとも限らない。


 今日明日に成果が出るわけでもないのだが。

 ここでもライナーが基準になっている彼らは、習得までに長くて数か月、早ければ数週間という前提で話していた。


 自分が冒険者を何年やっていて、その間に何個のスキルを覚えたかを数えればすぐに分かりそうなものだが。

 そこに気が回らないくらいには、状況が切迫している。


「そうだねぇー。あたしウェイトレスでもやってみようかなー」

「それで何のスキルが手に入るの?」

「分かんない。ま、なるようになるんじゃない?」

「え、ええ……」


 こんな状況の中でも、パーシヴァルは頑張っていた。


 ライナーの穴を埋めるために多少の無茶は我慢したし、普通の・・・やり方をパーティに伝えたりもした。


 そもそもこのグダグダに数か月付き合えただけで敢闘賞ものなのだが。

 それでも上手くいかないものは上手くいかない。


 むしろこの状態に引っ張られて、彼女の方に変化があった。



「ダメだこのパーティ……私が何とかしてあげなきゃ」



 彼女は特に、マーシュに対してそう思うらしい。

 ダメ男に母性本能がくすぐられたというか、アレなパーティに引っ掛かったというか。

 将来有望だったはずの斥候は、どんどん沼にハマりつつあった。




 そんな彼らを横目で見ながら、受付嬢のアリスは溜息を吐く。


「どうしようかな……これ」

「何ですそれ?」

「うん、ライナーって子が居てね。ほら、この間話題になってた」

「ああ、ドラゴンを倒したんでしたっけ。彼がどうしたんですか?」


 新米の受付嬢はアリスへ向けて興味深げに聞きつつ、手元のチラシを覗き込んでいるのだが。


 そこには英雄の凱旋パーティをこの街の冒険者ギルド主体でやろう。

 という旨の記載があり、提案してきたのはこの辺り一帯を治める領主だ。


 貴族からの命令では逆らえないし、彼女としても開催は喜ばしいことだと思っている。

 だから開催すること自体は構わないとして。


「マーシュ君たち、こんなのを見たらもっと荒れるでしょ」

たち・・というか、マーシュさんだけですよね。荒れてるの」

「意外とテッド君とかも溜まってるのよ。三年くらい続けたら、常連の機嫌くらいは分かるようになるわ」


 そんなことをボヤきつつ、彼女はチラシをテーブルの引き出しにしまった。


 噂ではライナーにも叙爵の話が出ているそうなので。もしかすると貴族になり、もうこの街には戻って来ないかもしれないのだ。


 ライナーが不在なら話は流れるだろうし、悩むだけ無駄だ。

 そんな誰か・・にすっかり毒された思考で、アリスは頭を切り換える。


「まあ、なるようになるか」


 話はライナーが帰ってきてから。

 それまでは棚上げ。


 そう決めたアリスは、午前中に達成された依頼の決裁を始めた。


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