第二十六話 引っ越し



「バレット準男爵か……この国も気前が良くなったもんだ。儂の時には、金を渡して終わりだったのに」

「政治的な絡みらしいけど、皆知っていたのには驚いたよ」

「先週辺りからそれで大騒ぎだったからな。知らない方が少数派じゃないか?」


 ライナーは一旦蒼い薔薇と分かれて、故郷に帰ってきた。

 今は家から家財道具を持ち出して、引っ越しの準備をしているところだ。


 どこに越すのかと言えば、彼の領地・・・・にである。



「にしても、ライナーが領主、なぁ。……領民の生活は大丈夫かな」

「仕事なら完璧にやるだけさ。片田舎の寂れた土地らしいけど、最速最短で発展させてみせる」

「方向性はどうあれ、やる気があるなら結構」


 さて、謁見の間では蒼い薔薇の全員に爵位と領地が配られたが。


 撃退作戦に参加していたのだから、当然それは彼も貰っている。


 いや、実際には帰る直前まで、貰った認識は無かったのだが。

 地方で余っている地域を六分割・・・して、それぞれに割り当てたという話を聞いて仰天することになった。


 リリーアたちと違い、ライナーは生粋の平民だ。

 領地を治めるなど無理だろう。

 だから話を聞いた段階で辞退しに行こうと席を立ったが。


 断れば国のメンツが丸潰れになる。

 国に喧嘩を売るつもりか。

 と、蒼い薔薇の全員から本気で引き留められてしまった。


 そんな事情で、彼が望むと望まざるとに関わらず。

 叙爵を受けた上に領地持ち貴族になってしまったのだ。


「と言っても。まだ現地を見ていなければ、詳しいことも調べていないからね。どんな街にするかは行ってから考えるよ」


 しかし、やるとなったら完璧にやる。

 最速で発展させる。


 そんな手段と目的が融合した目標を掲げたライナーは、既に気持ちを切り替えていたらしい。

 あっさりと言うライナーの姿を見て。これなら心配は要らなさそうかとご隠居も安心したのだが。


「そうか。ふむ……折角だしついでに身を固めたらどうだ? ほれ、ちょうどここにマリスがおるじゃ――ろばっつ!?」

「だからそういうのは止めてって言ってるでしょ!」


 相変わらず恋バナが大好きな彼は、孫からしばき倒されていた。

 例によってご隠居の腹に、マリスのボディアッパーが突き刺さる。


 ご隠居とマリス他、数名の友人が引っ越しの手伝いをしてくれていたが。

 しかしこの漫才とていつものことなので、誰も作業を止めずに引っ越しを続行している。


「……まあいいや。はい、これ。作ってみた」


 悶絶するご隠居を捨て置き、マリスはライナーに小刀を渡す。


「親方がマリスに打たせたのか?」

「うん、祝いの品だから特別にって。自信作だよ」


 マリスは鍛冶屋で見習い鍛冶師をしているのだが、まだ技術が未熟なため、つちを振るった経験は無い。


 しかし友人の門出ということもあって、今回は特別に許可が下りた。


 親方が付きっ切りで面倒を見ながらではあるが。

 ここ一週間。夜遅くまで工房に残って、マリス自身の手で小刀を作りあげたのだ。


 ライナーが鞘から抜いてみると、街一番の職人から徹底的に指導されただけあり、中々のクオリティをしていた。

 ベテランが作ったものと然して変わらない出来栄えになっている。


「ありがとう。大切にする」

「大切にしまっておくとかは止めてよ? 道具は使ってこそなんだから」

「それもそうだな。この大きさだと料理に使うか、魔物の解体に使うか……」


 刃渡りは普通の包丁と変わらないくらいなので、戦闘で使うことはないだろう。

 ――決めた、料理用として家に置いておこう。


 即座に使い道を決めて、彼は木箱にそれをしまった。


 その直後、ライナーは部屋に入ってきた男から声をかけられる。


「ライナー。馬車に積む荷物はそれで最後か?」

「ああ、いつでも出発できる」

「よし、それじゃあそいつも積んじまうとするか」


 バンダナを目深に被った男が箱を持ち上げて、玄関から外に運び出して行く。

 男の仲間も手伝って、最後の木箱は無事に馬車へと積み込まれた。


 これで準備は終わりだ。


 生まれてからずっと過ごしてきた家から家具が減り、部屋は少し広くなった。


 その光景にどこか、感慨深い気持ちを抱きながら。

 家を出て、ライナーは自宅の鍵を閉める。


「ま、たまには帰って来いよ」

「そうするよ。墓の管理だけ、頼む」

「心配せんでもいい。婆さんのついでだ」


 ご隠居とそんな会話をしてから。

 ライナーは既に馬車へ乗り込んでいる知り合いの冒険者パーティに向けて、手を挙げた。


「エドガーさんも。王都までの護衛、よろしく頼む」

「おう。ドラゴンスレイヤーに護衛がいるのか? なんて言われたけど……ライナーはライナーだもんな」

「だよね。まあ、大船に乗ったつもりで任せといてよ」


 顔見知りの冒険者に王都まで護衛してもらい。

 そこからは蒼い薔薇のメンバーと合流して、北にある領地を目指すことになる。


 貴族になったとは言っても、ライナーには代官を探すツテが無ければ、諸手続きの方法が分からない。


 だからその辺りは、王都にいるメンバーが代理で片付けるという話に落ち着いたのだが。

 彼女たちに頼んだ仕事も、着いた頃には終わっていることだろう。


 そう思いつつ。ライナーは家を離れていく馬車から、見送りに来た近所の人たちに向けて手を振った。



「ライナー! 絶対、帰って来なさいよ!」

「元気でなー!」



 などと叫ぶマリスたちの姿も見えなくなった頃だ。


「青春してんじゃねぇか。領地には呼ばないのか?」


 エドガーはニヤニヤした顔で、ライナーの肩を小突いた。


「俺とマリスはそんな関係じゃないよ。こうやって誤解されることも結構あるし。アイツだってそろそろ……いい人でも見つけるべきなんだけど」

「それはお前もだろ? ――あっ」


 その「あ」は何に対しての「あ」だろうか。


 そう考えてから二秒で、ライナーの脳裏にはある予測が浮かんだ。


「ミーシャのことなら大丈夫。引きずってもいなければ、復縁の話も完璧に断ったから」

「ミーシャも結構我が強いからなぁ……ヘタすりゃ追って行くんじゃねぇのか?」

「まさか……っと、こんな話をしていたら、追って来るのがお約束か」

「違いない」


 そんな軽口を叩きながら、エドガーは思う。

 ライナーを追っていきそうなのは、元カノだけじゃないんだけどな、と。


「まあいい、もうすぐ街を出るぞ。いつもの道だが、気を付けていこう」

「ドラゴンスレイヤー様に、怪我なんかさせられないからねぇ」


 最弱のドラゴンスレイヤーを護衛する。


 そんな任に着いたことを面白がっている知り合いと共に、ライナーは王都を目指していく。

 王都までの道中は馬車の中に籠って、領地に関する情報を頭に入れる予定だ。



 ――最速最短で、領地を開発してみせる。



 そんな謎の使命感を胸に抱きつつも。

 ライナーは既に、領地を発展させるための準備を始めていた。


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