第三章 最速領地開発計画
第二十七話 北を目指して
王都で落ち合った蒼い薔薇の一行は、領地を目指して北に向かう馬車に乗っていた。
乗っているのは乗り合い馬車ではなく、ドラゴン撃退の報酬金でライナーが購入した自前の物だ。
「見えてきましたわ!」
「あれがリリーアの領地か」
ライナーは一度地元に帰ってからの出発となったので、リリーアたちの家族は既に赴任している。
各領地には既に領主が着任することが国から事前に伝えられており、滞りなく領主代行の任に着いた。
自分たちの家族に領地の経営を任せて、蒼い薔薇の面々は当初の予定通り、各々の領地を順番に回ることになっている。
差し当たり、馬車にはライナーの家財道具を積んで進んでいた。王都から一番近いリリーアの領地を経由しつつ、まずは彼の領地を目指しているところだ。
しかし隣接しているとは言え、各領地の移動にも結構な時間がかかる。
地図で範囲を確認すると、意外に広大な領地を貰えたようだ。
――と言っても。広いは広いが多少問題があった。
「今のところ、領地の八割は森ですわね」
「私が下賜された領地もです」
「アタシのところもだよ」
「同じく」
「……ん」
というわけで、与えられた地域はほぼ未開発の土地であり、開発の必要がある場所だった。
街の傍に森林があるというよりは、森林の中に村があると言った方がいい。
王都からは馬車で三週間。最寄りの大きな街までも一週間はかかる辺鄙な場所。
村がいくつか点在しているだけの寂しい領地だ。
道もロクに整備されてはおらず、凹凸の激しいあぜ道の上を走る馬車が時折ガクンと揺れるので、ゆっくり寝ていることもできない有様である。
「報酬金が異様に高かったのは、開拓資金も込みということだろうな」
「そのようですが……何から手を付けましょうか」
そろそろ村に到着するが、遠目に見えるものは寒村とでも言うべき寂れた村だった。
王都で「美味しいものを流行らせよう」などとはしゃいでいた一行も、現場を見て少し現実的な思考になっている。
小高い丘の上にある建物はどれもあばら家だし、村の周りには畑しか見えない。
海が遠くて塩が手に入りにくければ、近くの森にいる動物や魔物は狂暴な上に討伐ランクが高いらしい。
何よりド田舎である。どこから手を付けようか悩むのも当然だった。
「まずは道だろうな。道が整備されていれば、いざと言う時の援軍を最速で送れる」
「ライナーさんの頭には、速度以外の概念はございませんの? もっと大事な物が他にありそうですわ」
整備された道があれば、往来の速度が上がる。
ブレずにそんなことを呟くライナーへ、リリーアは呆れ顔で返すのだが、当のライナーは自信満々で答えた。
「道は重要だ。例えば産業を興すにしても、商人が来やすい環境を作らなければいけない。名産品を作ったとして、流通経路が無いなら意味が無いからな」
「それはそうですが……」
こうした意見を交わしながら、やることが無い馬車の中で、彼らは内政について思いを馳せていた。
問答が始まってから少し経った頃、御者を務めるララの横に座っていたベアトリーゼが、前方を見て声を上げた。
「あ、第一村人発見」
見ればあぜ道の横の草むらから、ボロ切れのような服を着た男がのっそりと姿を現した。
が、しかし、男の挙動が怪しかった。
「へっへ、こいつは金を持ってそう――」
「《ウィンド》」
「ぐああああ!? 目、目がぁ!? ゴホッ、ゲホッ!?」
粗末な服を着た男が追剥ぎのようなことを口走っていたので、その声を耳聡く拾ったライナーは即座に攻撃を仕掛けた。
例の如く毒の粉が入った革袋を宙に放り投げ、中身を風魔法に乗せて、男の顔面付近で炸裂させる。
「ライナーさん!? わ、私の領民になんということを!」
喋っている途中で風に舞う痺れ薬が漂ってきたのだから、まともに吸い込んだ男は粘膜という粘膜にダメージを受けていた。
対魔物用の毒薬は人間にもバッチリと効果を現わし、男は地面の上を転がりのたうち回っている。
しかしライナーは冷静だ。
「追剥ぎだろ? だったら先制攻撃が最効率。有無を言わさず制圧するのが最速だ」
「い、いや、実は顔が怖いだけでいい人かも……」
「現実を見なよ、リリーア」
リリーアがベアトリーゼの指す先を見れば、男の手にはナイフが握られていた。
どうやら追剥ぎ。又は山賊で間違いなさそうだ。
「あうぅ……」
「治安の維持って切実な問題だよな」
「そうですね。地方だと捕まえる手も足りないでしょうし」
ライナーは馬車から降りて索敵をしてみたが、敵らしき存在の気配は無い。
どうやら盗賊の仲間はいないらしい。
「よし、縛り上げてくれ」
「オッケー、アタシがやるよ」
「……暴れられたら、ライナーじゃ取り押さえられないもんね」
ということで、セリアが縛り上げた男を馬車に放り込み、一行は村を目指した。
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