第二十八話 キラキラとした純朴な瞳



 村に到着したところ、村長と思しき男が出迎えのために待っていた。


 男の前で馬車を止めた一行は、ここの領主となるリリーアを先頭にして降車していく。


「新しい領主様か。儂はノーウェル、ここら一帯のまとめ役だ。よろしくな」

「え、ええ。良きに計らいなさい。お、おほほほほ」


 彼も領主が貴族だと知っているとはずなのだが、挨拶はフランクだった。


 田舎というのは排他的か友好的かできっぱり分かれるものだが、どうやらこの辺りの住人は余所者に寛容らしい。


 さて、ノーウェルの見た目は六十代の前半といったところだろうか。

 精悍な体つきをしており、いかにも鍛えこんでいそうな見た目だ。


 握手を求められたので、リリーアも慌てた様子でそれに応じた。


「村長さんの方がしっかりしていそうだな」

「貫禄負けしてるわね」

「う、うるさいですわ! 上に立ったことが無いのですから仕方がないでしょう!」


 顔を真っ赤にして怒るリリーアだが。元より彼女の実家である準男爵の家は、貴族の中でも底辺だった。

 しかも、彼女が生まれた時には既に、平民落ちが決まっていたのだ。


 平民が貴族風を吹かせても滑稽なだけだろうと思いつつ、気位の高さだけは保っていたが。

 しかし威光のようなものはまるで付いてきていなかった。


「はっはっは。話は聞いているぞ、この六人でドラゴンを――む?」


 威張るのに慣れていない様子は、ありありと見える。

 まあ冒険者上がりの新米領主ならこんなものだろうと、微笑ましそうな顔をしていたノーウェルだが。


「そこの男はこの間の残党か? まだこの村の近くにおったのか、この小悪党め!」

「ひ、ひえええ! ろ、路銀を稼いでいただけなんです! 命だけは、命だけは!」

「え?」


 村にも牢はあるはずだと、追剥ぎの男を引き渡すために馬車から降ろしたのだが。

 ノーウェルの顔を見た追剥ぎは、足をガクガクと震わせながら後ずさりをしていた。


「この辺りにも盗賊がよく出る。見つけ次第、自警団で壊滅させているのだが……」

「お、お強いんですのね」

「そうだな。冒険者の格で言えば、皆B級はあるだろう」

「え?」


 蒼い薔薇は反則のような手段でA級に上がったが、本来の実力はB級の中ほどだ。


 それでも、パーティを結成してから六年と少し。フルメンバーになってからも一年以上、常に鉄火場で戦い続けてのランクである。


 ただの村人がそこまでの実力を持っているとは到底思えないのだが――リリーアが何かを言う前に、奥の方から証拠・・が出てきた。


「団長、捕まえていた奴らを出してきました」

「領主様に引き渡せばいいんですよね?」

「ご苦労。さあリリーア様、おあらためを」



 ぞろぞろぞろぞろと、待てば待つほど悪人面の男が増えていく。


 気づけば周囲には数十人ほど、縛られた人間が放り投げられていったのだが。



「え、ちょ、何人いますの!?」

「全部で五十六名。賞金首と確認できたのが三名か。領主が不在の間に大規模なのが二回ほど来てな。牢ではロクに顔も見れんから、一度出してきた」

「え、ええー……」


 引いた顔をしているリリーアの横では、青年二人組が嬉しそうな顔でうずうずとしていた。


「結構な臨時収入だよなぁ」

「美味しいもの、腹いっぱいに食える」


 そう、治安維持は領主の仕事である。


 今までは魔物を倒したり犯罪者を捕らえたりしてお金を貰う立場だったのだから、リリーアは先ほど捕まえた男も、引き渡してお金を貰うくらいの考えでいた。


 しかし、今日からは彼女が報酬を払う側になった。



 それを思い出した彼女の前にいるのは、懸賞金や報奨金を期待している村人たち。

 彼らはリリーアの領民たちだ。


 初日から信用を失うわけにもいかないし、治安維持の重要性は先ほど確認したばかりでもある。

 捕らえた盗賊は結構な数がいたので、彼女は恐る恐る、ノーウェルに尋ねる。


「ご、ご苦労でした。それで、ええっと……」

「ああ、報酬金の相場が分からんか。この辺の相場は雑魚が大体金貨2枚で、大物は賞金の額によるが……今回だと総額で金貨152枚といったところか」

「えっ」


 普通はこんな人数に襲われたら、村が壊滅している。


 村を無傷で保ったどころか返り討ちにしているのだから、復旧費用や警備の費用、指名手配の手間を考えればむしろ安上がりなくらいだ。


 が、しかし大金には違いない。


 キラキラとした純朴な瞳で報酬を待っている村人たちに、彼女は初日から大枚を叩くことになってしまった。





    ◇





 誰が何人捕まえたかは村の方で記録していたらしく、一人一人に報酬を手渡して、気づけば夕方になった。


「はっはっは! 初日から結構な出費になったな」

「い、いえいえ。領主の務めですもの……」

「ああ、そうだな。気風きっぷがいい領主の方が人望は集まる」


 裁きは後日ということで、皆ぞろぞろと牢屋に戻されて行ったのだが。

 ともあれ、臨時収入を手にした村人たちは皆笑顔で帰って行った。


 ノーウェルも豪快に笑っていたものの、それと対照的にリリーアは疲れ切っている。


「まあ、とは言え新米領主にこの出費は辛かろう。歓迎会の費用は我々が持つから安心してほしい」

「はは、盛大にお願いしますわ……」


 開拓の準備資金がいきなり目減りして、がっくりと項垂れたリリーアだが。その晩は報酬金の大部分をつぎ込んだ、盛大な宴が開かれた。





― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 リリーアの出費、大体450万円。

 ちなみに資金の大部分は既に家族が運んでいたので、彼女の手持ち金は半分以上飛びました。

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