第二十九話 倫理観



「ふむ」

「あれ? どうしたんですかい、ライナー様」

「捕らえた罪人の処遇はどうなるんだ?」

「そりゃあクビに・・・して家畜のエサですよ」


 歓迎会の翌日。

 再び牢に戻された山賊たちの前に立ち、ライナーは一人考えていた。


 考えている場所は牢屋の目の前。

 格子を挟んだ向かい側で、大量の男がすし詰めになっている前である。


「命だけは!」

「もう悪さはしねぇ!」

「ふーん……」

「ライナー様ぁ、こんな奴らの言うこと、聞くだけ時間の無駄ですぜ?」


 しかしライナーは考える。

 何とかこの男たちを有効活用する手段は無いものか、と。


 悪人だって人間だ。

 人間の命が尊いだとかいう話を差し引いても、人的資源という一つのリソースには違いない。

 ただ殺すだけでは、支払った金貨の分はただのロスになってしまう。


「強盗の常習犯だと、更生する可能性は低そうだが……どうにかしていきたいところではある」


 他のメンバーが持つ領地とて同じ状況かもしれない。

 しかしライナーは特に、リリーアの今後を心配していた。


 領主代行を務める家族の能力は知らないが、少なくともリリーア自身はポンコツだと思っているからだ。

 この分では領地からの収入よりも出費の方が増えて、いつか破綻する未来が見えたらしい。


「ふむ。やはりこの手しかない、か」


 しかし、囚人をただ牢から出して労役に就かせても、脱走者が相次ぐことは間違い無い。


 例えば昨日捕まえた男には刑務作業を振ろうと思っていたが。六十人近い人間が集まれば監視は不可能だし、最悪の場合は反乱を起こすだろう。


 ならばどうするか。



「ちょっと風上に行ってもらえるか?」

「風上って言うと……こっちかな」

「その辺でいい。取り敢えず試してみるか」

「ライナー様、何ですか? そりゃあ」


 牢屋の見張りをしていた男は、ライナーがお香を焚き始めたのを見て訝し気な顔をしたが。

 いつも通り、淡々とした声色でライナーは答える。


誘心香ゆうしんこう。自白剤みたいなものだ」

「……何だってそんなものを」

「いいから」


 何か言いたそうにしている看守を背に、ライナーはスキルを試していった。






     ◇






「はぁ……初日からあれでは、先が思いやられますわ」

「私たちの領地も同じなのかしら」

「どうだろうな。何かあったら連絡が来るはずだけど」


 村の集会所で一泊した蒼い薔薇の面々だが、今日は村の中を見て回っていた。


 畑を見ればカカシの代わりに、何故か拳を鍛えるための巻きわらが刺さっていたり。村を行く人が皆強そうに見える以外は普通の農村だ。


 特に見るべきものもなく、見学は一時間もしないうちに終わってしまった。


「こりゃあ一発逆転できそうな名産品も無さそうだな」

「ええ、普通の村ですわね」

「未開拓の地域に、鉱脈とか……何か資源があればいいんだけど」


 ただの田舎だけあって、見事に何も無かった。


 彼女たちは長閑のどかな風景を眺めながら、のんびりと過ごしていたのだが。


「ああ、リリーア。ここにいたか」

「ライナーさん。どうされましたか?」

「昨日の罪人たちの中から、四十人ほど売ってくれ。金貨80枚出す」

「へ?」


 そう言って、ライナーは腰の革袋をリリーアへ差し出す。


 これを受け取れば、リリーアが村人に支払った金額の半分ほどが返ってくることになるのだが。


「えっと、どうして彼らを?」

「この村を見て思ったが。領地を維持する人間は足りていても、発展させるための人材がいない。うちの領地も同じ規模だからな。補充要員だよ」


 ライナーがリリーアから、労役させるための囚人を買い取る。

 その行為の意味はまだ理解できた。

 しかし急にそんなことを言われても、周囲は戸惑うばかりである。


「……まさかライナー。あいつらを使う気? 止めといたら?」

「謀反でも起こされたら死ぬぞ?」


 万が一不意打ちを食らえば、貧弱なライナーでは命に関わる。


 リスクが高すぎると、不安そうな顔で止めるベアトリーゼとセリアに向かい。

 ライナーは自信満々に言い切る。



「問題ない。既に全員テイムした」

「人間を!?」



 獣を使役するためのスキルという認識が一般的だし、人間のテイムなど試みる人間は少数派だ。

 むしろ王国の歴史を最初まで遡っても、そんなこと試す者が居たかは怪しい。


 道を切り開く者パイオニアとして少し誇らしげにしているライナーを前にして、蒼い薔薇の全員が心底引いた顔をしていた。


「少し引っ掛かりはあったし、相当特殊な状況でなければ効かないようだが。問題は何も無かった」

「いや、倫理観どうなってんだよ!?」

「問題しかありませんわ!」


 セリアとリリーアのツッコミも何のその。

 ライナーは平素と変わらず、淡々と言う。


「村人から相当ボコボコにされたようで、全員の心が折れかけていたんだ。それに処刑前の恐怖がいい方向に働いたようで、よほどの悪人以外はテイムできたぞ」

「いや、それにしたってさぁ」

「ええと、大丈夫ですか? ……色々な意味で」


 師匠から託された技を十全に使い、領地改革にも希望の光が差した。

 やはりレパード師匠に教えを請うたのは間違いでは無かった。などと彼は考えている。


 理屈は共有されたとして、それでも女性陣の顔色は晴れない。

 その様子を見て取ったライナーは、更なる説明おいうちに出た。


「不安な気持ちは分かるが、安心してほしい。これも使った」

「な、何ですの、それ?」


 ライナーが着けていたウエストポーチから、ビン詰めにされた紫色の毒々しい液体が出てきたので。

 先頭にいたリリーアを筆頭に、全員が自然と後ずさる。


「自白剤だ。意識を薄くさせて、トランス状態にする作用がある」

「と、トランス状態?」

「ああ、試そうとはするなよ。量を間違えたら廃人になるから」


 対するライナーはビンを軽く揺らしながら「よくぞ聞いてくれた」とばかりに、少しだけ口元を緩ませて微笑むのだが。

 廃人になる可能性がある薬を目の前に出されて、彼女たちは更に後退する。


「試しませんわよそんなもの! 劇薬を目の前に出さないでください!」

「焚き上げなければ効果は出ない。こぼしても安心だ」


 俺は毒物のエキスパートだぞ。

 などと言っているライナーが、ルール無用で最速最高率の道を突き進んだのだ。

 もちろん自白剤を打っただけでは終わらないだろう。


 そう察して、セリアは恐る恐る聞く。


「……で、それを使って何をしたんだ? いや、知りたくはないけど」


 目の前の危険人物が何をしたのか。

 知りたくはないが、知らない方が恐ろしい。


 そんな共通認識が生まれかけていたところで、ライナーは言う。


「この間読んだ本の内容を思い出しながら、朗読大会をしただけだ」

「……内容は?」

「処刑大全と拷問全集の二冊から、彼らの未来を想像してもらった。自白剤を吸い込んでいるんだから皆、素直に驚いてくれたよ」


 薬を嗅がされて、心を守る壁が無くなったところに直撃である。


 無表情で淡々と処刑方法を語り続けるライナーを前に、囚人たちの半数は発狂寸前まで追い込まれた。

 そんな様をありありと想像して、ララ以外は小さく悲鳴を漏らす。


「……いつも馬車で、そんな怖い本を読んでいたのね」

「……検閲すべきでした」

「狂気の沙汰ですわ……」


 もう仲間たちはドン引きしているのだが。

 それでもライナーの説明ついげきは止まらない。



「物真似師の技で、奴らと完璧に同化・・した。心理状態まで読み取り、完全に心が砕けた者だけをテイムしたんだ」

どうか・・・しているのは貴方の頭ですわ!?」


 心が壊れかけた人間の精神を読み取り、発狂寸前の人間になりきっていたのだ。

 最悪の場合は、彼の心が砕ける可能性まであった。


 しかし鋼のメンタルを持つライナーだ。

 処刑の恐怖くらいでは動じなかったようで、普段と変わらずケロッとしている。



 一方で蒼い薔薇の面々は。ライナーの体調を案じるより先に、まず行動の方に度肝を抜かれていた。


 そもそも盗賊をやっていた囚人にテイム――心を通わせて仲良くなる技――を使う時点でおかしい。

 もちろん教えたレパードも、そんな使い方は想定していない。


 特にリリーアは、己の目の前の男の頭のネジが二、三本ぶっ飛んでいることを再確認して戦慄していたのだが。



「もちろん多少のリスクはあったが、これで新規開拓のための労働力を確保できた。これが領地改革における最短の道だ」


 とまあ。貴族になろうが領主になろうが、ライナーはライナーのままだった。


 いついかなる時も全力疾走のまま、彼の最速領地開発計画が今、幕を開ける。





― ― ― ― ― ― ― ― ―


 ライナー流テイムを食らった囚人たちがどうなったのかは、次回。

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