第三十話 泥沼に鉄砲水を流し込んだような瞳
「ライナー様! 一生ついて行きます!」
「ライナー様!」
「ライナー様ァ!」
「ライナー様! バンザイ!」
「ライナー様ぁぁああ!」
「……うわぁ」
蒼い薔薇の全員で牢屋を見に行ってみれば。
昨日までは悪態を吐いて、周囲を睨みつけていた男たちが。
「明らかに正気じゃないね」
「ああ、うん。でもこれって催眠――」
「さ、流石はライナーさんですわ! 囚人たちを一晩で改心させるだなんて!」
「それでいいのか、リリーア」
洗脳して人を操ることは、王国では犯罪である。
しかし、彼らは元々死刑にする予定だったのだ。
処刑されるくらいなら、無理矢理にでも働かせて、
「罪人が改心して、滅私奉公の心に目覚めた。ならば、それでいいではないですか」
「えっ」
「えっ」
「はぁ……」
「……」
これから発展していかなければならない地域だ。
人手はいくらでも欲しい。
それに、無暗に人を殺してはいけない。
そんなことでは、世界は平和にならない。
「そう、ラブアンドピースですわ」
と、リリーアは様々な理由を付けて、強引に自分を納得させた。
ライナーが彼らを催眠したのはつい先ほどのことだが、それすらどうでもいい。
もう彼女の頭の中には、「ライナーが人の道を
そう信じ込むことで。
己を催眠することで、リリーアはこの局面を乗り切ろうとしていた。
「み、見てくださいな。彼らの曇りなき
「怪しい光にしか見えないんだけど……」
「……ん」
誰の目を見ても瞳はキラキラと輝いていたのだが、元々は人を襲って財貨を奪おうとする悪党だ。
しかも、田舎に行けば警備が緩いだろうと狙いを定めて、少ない通行人から必死で搾り上げていた小悪党たちである。
つまり元々の瞳が濁り切っていた。
濁り切ったものを、洗脳で無理やり浄化したらどうなるか。
結果としては誰も彼も、泥沼に鉄砲水を流し込んだような――カオスな瞳をしていた。
「横の牢に居る奴らは精神力が強かった。賞金首以外は何か使い道があるかもしれないが……そちらはリリーアの方で処理してくれ」
「お、お任せですわ! お、おほほほほ!」
実際には支払った金額の方にしか目が行っていなかったので、朝には罪人の処遇など頭の片隅にも無かったリリーアなのだが。
これだけ怪しい取引に応じたのは全て、懐が寂しいからだった。
「無理もない、か。リリーアの支度金、もう半分近くは消えていますからね」
「はぁ? 追加で金貨5000枚も貰ったのにか?」
「あー、うん。親戚とかに、ちょっと良い顔をし過ぎたみたいで」
没落貴族の周りにいる家は、どこも似たり寄ったりの状態だ。
派閥争いに負けたりだとか、商業圏の獲得に失敗したりだとか。
理由は様々だが、とにかく金が無い。
今まで身を寄せ合ってきたのだから、幸せは皆で分かち合おうとばかりに援助を求められ。
見栄っ張りなリリーアとその両親は、気前よく金を出してしまった。
よく言えば人がいい。
悪く言えばカモになっていたらしい。
そんなこんなで結構な金を貸してしまい。
しかも着任の直後から村人たちへ、大量の報酬金を支払うことになった。
だから彼女は焦り、最速狂からの怪しい取引に飛びついてしまったのだ。
「何にせよ開拓要員確保だ。他の領地も同じ状態なら、この手が五回は使えるか」
「早速ライナーさんの領地に行って、罪人の受け入れ準備をしていただきましょう。今すぐに出発ですわ!」
「いや、見学は終わったからいいんだけどさぁ……」
物騒なことを呟くライナーと、それを黙認するリリーア。
彼らを尻目に、他のメンバーたちは旅の支度を始める。
こうして一行は、休憩少な目の強行軍でライナーの領地へ向かうことになった。
◇
「ここの領主はライナー様だったな。よろしく頼む」
「え?」
リリーアの村を出てから二日。
夕暮れ前にライナーの領内に到着して、最初の村に入ったのだが。
村の入口には、またノーウェルが待ち構えていた。
きょとんとした顔をするリリーアに向けて、彼は豪快に笑いながら言う。
「はっはっは! 儂はかつての開拓団長でな。この地域全ての領地で相談役をしているんだ。昨日の午後に、ここで会合があったのよ」
「なるほど、そういうことでしたの」
新しい土地を開発する時には近隣の街から開拓民を募るものだが、それを指揮するのは政治や戦い、建築などに長けた者だ。
恐らくノーウェルも先代領主に雇われて、この地域を開発するリーダーになっていたのだろう。
理屈は別段おかしくもないので、蒼い薔薇の全員が納得する。が、しかし。
「ノーウェルさん。昨日の昼食はここで食べたのか?」
「昼食? ああ、そこの集会所で煮物を貰った」
ライナーはそんなことには目を向けていない。
それよりも、他に気になることがあったらしい。
「では朝食は」
「同じ煮物だ。普段なら晩もだが、領主様の歓迎会で宴をするだろうからな。ご相伴に与からせてもらおう」
何の脈絡も無く、いきなり食事の話を始めたライナー。
彼が突拍子も無いことを言い始めた時は、大抵ロクでもないことが起こる。
そう直感した蒼い薔薇の面々はアイコンタクトを交わした。
しかし、ここは彼の領地だ。
問題があっても自分の領地までは飛び火するまい、などと思いつつ傍観を決める。
「そうか、つまり昨日の
「そうだが……何か?」
「どこをどう移動したんだ?」
ライナーが気になっていたのは、彼の移動速度についてだった。
リリーアの領地で歓迎を受けた翌朝にもノーウェルの姿を見たし。その後は囚人の取引をして、午前中には出発していた。
仮にノーウェルが一、二時間早く出発していたとしても、ライナーの領地に着くまでが早すぎる。
彼は一日半以上早く到着しているのだから、地元民しか知らない抜け道か裏道があるのかもしれない。
であれば王都方面――リリーアの領地――に繋がる裏道を整備すれば、最速で王都に向かう道が開けるではないか。
彼はそう考えていた。
しかし、ノーウェルはきょとんとした顔で答える。
「どこって、街道は一本しかないが」
「だったら単に馬を飛ばしただけか」
彼らも強行軍で来たが、移動は馬車だ。単騎駆けに比べれば随分遅くなるだろう。
と、結論付けようとした矢先である。
「馬を飛ばす? 普通に走ってきたぞ。いつも大体これくらいで着く」
などとノーウェルが言ったものだから、話が変わる。
――ライナーの顔つきが真剣になった。
そして、蒼い薔薇の面々の顔色も変わった。
こちらは「あちゃー」という表情だ。
「なるほどな、そうかそうか」
謎の含み笑いを浮かべながら前に出て。
ライナーは、ノーウェルと力強い握手を交わしてから。
「ノーウェルさん、俺に雇われる気はないか」
と、勧誘を始めた。
ノーウェルをスカウトせんと、彼は熱い眼差しを送っている。
「……足が速いから、でしょうか」
「……あり得る」
一方で蒼い薔薇のメンバーは誰もが。
雇う理由はしょうもないのだろうな。と想像していた。
― ― ― ― ― ― ― ― ―
次回、ライナー覚醒。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます