第七十二話 身代金と愛のムチ
「王子の身代金が金貨1万枚と、騎士団全員分の身代金10万枚か。これだけあれば、初期の財政は十分に支えられそうだな」
「左様でございますね。騎士団長の分は、まだ交渉中ですか?」
アーヴィンがそう聞けば、ライナーはげんなりとした顔で答える。
「ああ。金貨300枚でいいと言っているのに、私の身代金がそんなに安いとは心外だとか言っているんだからな。理解に苦しむよ」
王子や騎士団長他、士官クラスにはまともな牢屋を用意したが。
捕虜は牢屋に入りきらなかったので青龍がクレーターを作り、その周りを柵で囲うという雑な形で捕らえてあった。
彼らは全員人質で、現在王国と身代金の交渉中だ。
一見するとすぐに逃げ出せそうだが。
周囲にはテイムされたB級の魔物を、数えきれないほど配置してある。
――武器も無く脱走すれば、数十秒後にはエサになっているだろう。
騎士たちは職業軍人だけあり、周囲の獄卒がどれくらいのレベルか把握できている。だから大人しく捕まっていたし、身代金の交渉も上手くいっていたのだが。
騎士団長だけが何故か、自ら身代金を引き上げていた。
「望む額は金貨2000枚だぞ。自分からそんなことを言い出すなんて、あり得るのか? もしかして、何かの策なのでは」
「……安値で買われると不名誉、という考えはございます」
「俺にはその
プライドのために家族や一族に負担を強いるなど、何を考えているのか。
全く理解ができないライナーは閉口した。
しかしこれは、別に騎士団長の頭が固いわけではなく。貴族の風習としてあるものらしい。
「まあいい。テイムは順調らしいからな」
「王子以下、重要ポストの人間は洗脳――もとい、教育しましたからね」
騎士団長を除いて、重要ポストにいる人間は既にテイムした。
つまり王国の騎士団では、ライナーたちの息がかかった者が中核を占めることになる。敗戦の責任でいくらか格下げされるとして、人数が人数なので影響力は大きい。
そもそも目ぼしい人材は引き抜いたので、まともに軍事行動を起こせるかも怪しいところなのだが。
今後は万が一王国が不穏な動きをすれば、即座に公国の知るところになるだろう。
「追加募集に応じた役人たちも、そろそろ合流します」
「そうだったな。人材の確保は順調か」
「ええ。使える人間は全て、わが国で引き入れましょう」
王国の政治経済を回していた役人たちも、有能な順に引き抜いた。
その作業はもうすぐ完了するので、国家の運営が行える体制が整ってきたところだ。
しかし公国が役人を引き抜いてから、まだいくらも経っていないというのに。もう行政に影響が出始めたというのだから笑える。
いや、いっそ笑えないか。
と、ライナーは戦慄する。
ララの誘拐事件が無ければ、ライナーたちは普通に王国貴族として生活することになったはずだ。
一部の有能な人間が無理をすることで、無理矢理回していた国。
遅かれ早かれ破綻しただろう国の貴族として、生活していくことになっただろう。
離脱しなければ、どこかのタイミングで厄介な政変や戦争に巻き込まれていたのではないか。
そう考えると、今回思い切ったのも間違いではなかったかもしれない。
「人生、どう転ぶか分からないな」
「まったくです。」
その言葉が最も似合う男レパードは、今も必死でテイムを続けている。
屋敷の建築費と家具の購入で貯蓄は吹き飛ぶので、彼もボーナス目指してひたすらにテイムの毎日だ。
五十人一組で牢屋から出して、既にほとんどの人間をテイムしてある。
そんな彼が仕事をしている牢の前までやってきたライナーは、アーヴィンに命じる。
「さて、捕虜を返還する前にやっておくことがある。王子と取り巻き。それから騎士団長をここに並べてくれ」
「承知致しました」
命じられたアーヴィンとしても、何をするのだろうとは思ったが。
自分が疑問を解消するための質問など無駄だ。
何をするのかは見ていれば分かる。
と、ライナーに合わせて話が早いアーヴィンは。即座に看守へ、牢を開け放つように命じた。
「一列に並ばせなさい」
「はっ!」
少し経ち、八名の人間がぞろぞろと牢屋から出てくる。
ライナーは一人一人の顔を眺めてから――
「歯を、食いしばれ!」
――まずは王子の顔面に張り手を見舞った。
ライナーが全力でビンタをすれば、王子は尻もちをついて目を丸くしている。
生まれてこの方、殴られたのが初めてなら。これは立派な捕虜虐待だ。
国際社会においてあり得ない対応なのだが。
「オーブリー王子、これは愛のムチです」
「お、おお……! そうか、私の間違いを正してくれようとしているのだな!」
レパードがそっと呟けば、王子はむしろ感動したような表情を浮かべた。
当のレパードは明後日の方向を向いて目を背けており、「何も見ていません」というアピールを全身で行っていたのだが。
「立て。まだ終わってはいない!」
「は、はいっ!」
「これはララの両親の分! 兄、祖父母、従兄弟、叔父、叔母! 親類縁者の分!」
王子が態勢を立て直した瞬間に二発目、三発目と叩き込み。
それを皮切りに、怒涛の連打を見舞う。
騎士団長はぎょっとしているが。周囲にいるライナーの部下はおろか、王子の取り巻きすら何を言うことも無い。
むしろ王子の側近たちは全員、いい笑顔だ。
そのことが逆に、騎士団長の恐怖を煽っていたのだが。
「ララを誘拐されて。不安にさせられた、仲間たちの分!」
更に追撃は続く。
自分の分まで含めて、五発の往復ビンタだ。
「これは――と、これ以上はやり過ぎか」
ここまでで合計三十六発。いいだけ殴り続けた。
王子の顔が腫れ上がり、歯も三本ほど飛んで行った頃だ。
それでも王子と取り巻きが笑顔なところを見て、騎士団長はガタガタと震えるばかりなのだが。
何とも言えない顔でレパードたちが見守る中。
二番目に控えていた王子の取り巻きは、自ら頬を差し出しに行った。
「不安にさせられた領民の分! 虐げられた王国民の分! 悪行のツケ! 面倒事を起こして領地開拓を遅らせた分! ララに気味が悪いとか抜かしたそうだなお前!」
最初の方は大義もあっただろうが。
徐々に殴る理由はシフトしていき、ライナーが怒りを感じていたポイントに対する制裁が行われるようになった。
もちろん完全に私怨だ。
しかし受ける側は、愛のムチだと信じて疑わない。
何故なら、レパード様の言うことに間違いは無いからだ。
そんな理論を理解できないのは、まだテイムされていない騎士団長だけだった。
「お、おい貴様ら! 捕虜にこんなことをしていいと思っているのか! 国際社会での信用を失うぞ!」
至極まともな意見なのだが、ライナーは取り合わず。
返事の代わりに、拳をバキバキと鳴らしていた。
――殴る気だ。
こいつは何があろうと、私のことを殴る気だ。
そう確信した騎士団長は、恐怖で顔を歪ませながら後ずさった。
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次回、制裁。
仕上げです。処刑用BGMを用意してお待ちください。
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