第七十三話 それ以上は認めない
顔が腫れ上がるほどの仕置きを受けた王子たちだが――それでも、ライナーの攻撃方法は平手だった。
しかし。騎士団長の番が来たところで、ライナーは拳を握りしめる。
酷い目に遭うことは想像に難くないので、彼は逃げ出そうとしたのだが。
「何をする、お前たち!」
「団長、これは
両足をがっしりと掴まれていたために、一歩も動けなかった。
王子の取り巻きをしていた貴族や騎士。
果ては王子本人までもが、彼が逃げるのを阻止しようとしている。
「オーブリー王子まで!?」
「さあ、お前も罰を受けるがいい」
首と肩も鳴らして、準備は万全だと言わんばかりのライナーは。
大きく振りかぶって、横っ面をぶん殴りにいく。
「これは、ララへのセクハラの分だ!」
「ぐおっ!?」
子どもを産める身体なら、怪我をさせてもいい。
騎士団長のこの発言に、ライナーは激怒していた。
彼と家族になる予定の人間を軽んじ過ぎだと、怒りを感じていたのだが。
怒りのポイントは何もそこだけではない。
「王子の悪行を補佐した分! 悪政を敷いた分! 戦争を扇動した分! 兵を率いて攻めてきた分! 往生際が悪い! ちょびヒゲが未練たらしい! お前は、生理的に受け付けない!」
例によって後半は大いに私怨が混じっているが。
彼に対しては、何も私怨だけでの制裁ではなかったらしい。
そもそも王子が増長した原因は、彼が好き放題させたからだと考えていたし。
ついでに公国へ攻め込もうと提案したのが彼なら。
その他細々とした悪行、そのほとんどにも彼は関わっている。
そんなことは調査済みだったので、ライナーは全力で拳を見舞っていく。
「ふぅ……。まあ、色々と理由は付けたが。単純に俺がお前を気に入らないだけだ」
好き放題に言ってから、ここでライナーは殴るのを止めた。
「いやいや。ここまで殴って、出てくる言葉がそれかよ」
と、レパードは引いていたのだが。
師匠のボヤきもお構いなしで、ライナーは次の段階に入る。
「風の舞三式、《
これで制裁が終わったかと安堵した彼とアーヴィンの横で。
何故か、ライナーは風を身に纏う。
「……それは?」
「素早さが上がる、素晴らしい技です」
追い風を身に纏って速さを上げる技なのだが。
何故か全ての動作が速くなる、ライナーとしては夢のような技だった。
「ここでそれをお使いになる意図は……」
「おいおい、マジかよ……」
「ひっ、止め、もう、いいらろ!」
全員が察した。
今、彼が何故
「ララの家を襲撃したのは、お前だな?」
「えっ……」
「妻の家族を手に掛けた男を、この程度で許すと思うか」
ゆらりと上体を揺らして。
ライナーは一歩、また一歩とゆっくり前に進む。
後ろから王子たちに抱きとめられながら、無理矢理立たされている騎士団長。
彼は既にボロボロだった。
これ以上やられたら死んでしまうとばかりに、泣きそうな表情をしていたのだが。
処刑を避けたければ弁解するしかない。
しかし言い訳の方向性が間違っていた。
「ちがう! やったのは、ぶかだ! 私は命じただけで――」
「そうか、お前の命令だったか」
「あ」
この失言によって、完全にライナーの闘志へ火が灯った。
貴族の私兵はただのボディーガードだ。
公爵家の関係者を一族郎党、一度に暗殺する。
そんな任務を完遂できる私兵はいないだろう。
そもそも王子の取り巻きが持つ兵力では、公爵家を制圧できるかどうかも怪しい。
かと言って裏社会と繋がっている人間も見当たらなかったので、ライナーはほぼ、確信を持っていた。
騎士団の人間が、事件に関与しているのだろうと。
「なるほどな。あと十発くらいで許してやろうかとも思ったが、話が変わった」
騎士団長にカマをかけて、事件に繋がっている人間を吐かせて。
犯人を捕まえたら責苦でも負わせてやろうかと考えていたライナーだが。
騎士団長はあっさりと自白した。仇は、目の前にいた。
「ま、待て、まってく」
「命乞いなら――もう遅いッ!」
次の瞬間、怒涛のラッシュが始まる。
頭の先からつま先まで。全身余すところなく、目にも止まらぬ拳の連打だ。
ライナーの拳が、残像が見えるほどの速さで降り注いだ。
「あがっ、おごっ、ぐえっ、あばっ、うぶっ、待っ、ぐへっ!!」
「こんなものでは済まさん。たっぷりと地獄を味わえ」
一発一発はそれほど重くないが、一般人のレパードから見れば一撃が十発に見えるほどの速さだったし。
アーヴィンの方から見れば、殴られ過ぎて身体が宙に浮いているように見える。
「あがっ、ぐっ、ぐえっ、おぼっ、ぐはっ、あぶっ、やめっ、ぐへぁ!?」
「意外とこれは爽快だな。……はは、はははは!」
ライナーが武器を持っていれば、開始してから数秒で絶命していたのだろうが。
死ねないことが、逆に不幸になるレベルの攻撃だ。
「ははっはははっはははははっはははははは!!!」
高笑いを上げながら、ライナーは騎士団長を殴る。
殴る。殴る。殴る。
これでもかと殴りつけた。
「おお! これで奴の罪も洗われるだろう!」
「これがけじめなのですね!」
「うへぇ……」
王子たちは目をキラキラとさせているが。
レパードにはもう、心を無にしてやり過ごすことしかできない。
「あの。ライナー様、これ以上攻撃をなされては……死んでしまいます」
「そうだな、俺がトドメを刺すのは違う」
いくらライナーが貧弱だと言っても、数百発も殴られれば命に関わる。
これ以上やれば死んでしまうとアーヴィンが止めに入って、ようやく連打の速度が緩んだ。
自分でもそろそろマズいかと判断したライナーは、一瞬で普段の仏頂面に戻り。
そして、ふわりと浮かび上がると。
――渾身の後ろ回し蹴りで、フィニッシュを決める。
「ごっふぁあ!! うぶっ!?」
綺麗にアゴへ入った一撃で、騎士団長は王子たちを巻き込みながら吹っ飛んだのだが。
彼は小屋の横に積んであった木箱に突き刺さって、完全に伸びている。
最後にライナーは、アーヴィンに預けていた身代金交渉の書類をひったくると――
「騎士団長という身分を考慮して、お前の身代金は金貨100枚だ。それ以上の価値は認めない」
書類の封を解き、束ごと騎士団長の上から降らせてそう言った。
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