第七十四話 後始末



 戦争終結から一ヵ月ほどが経った頃。

 王国が公式に謝罪をして、建国を認める声明を発表した。


 そして、更に一ヵ月ほどかけて停戦交渉をまとめて。

 その後、更に一ヵ月経った今日。ようやく後始末が終わろうとしている。


「王国に喧嘩を売った時はどうなるかと思いましたが」

「すげぇ……こんな金額初めて見たわ」


 この日、王都から身代金を積んだ馬車が続々と到着した。


 フィリッポ子爵軍襲来の時に慣れたのか、村人たちを動員しての受け渡しが着々と行われている。


「で、お帰りはあちら、と」

「効率的に大人数を輸送できるからな」


 皮肉にも。ライナーが興した水運業、その初仕事が王都への捕虜護送である。


 もちろん金銀を降ろして、空になった馬車にも幾らかは乗っていくが。

 ほとんどの捕虜は、帰りに船を利用することになっていた。


「……ねぇライナー。運賃、取ってるんだよね?」

「ああ。返還費用として身代金に上乗せしておいた」


 王都まで馬車で三週間だが、川を下る船なら一週間かからないくらいで着ける。


 馬を接収されているので、徒歩だと何日かかるかも分からないし。

 丸腰で王都までの道を歩けば、途中で魔物に襲われて死んでしまうだろう。


 そんなわけで、捕虜の輸送で得られる利益まできっちりと受け取っていた。


「戦争にかかった経費と利益、差し引きで金貨13万枚ほどのプラスか」

「えっと……これからは北部貴族の皆さんの税収も、一部が私たちに入るのですよね?」

「私たち、というか王家にだな」


 これからララが戴冠式を行い、王位に就く予定となっている。

 ライナーも王配として玉座に座り、リリーアとベアトリーゼも王族になる予定だ。


 公爵家出身の女王と、準男爵の夫。

 そもそも身分差があり過ぎるのだが、これはライナーの家を侯爵家に格上げすることでクリアされた。


 ライナーが王になれば侯爵の肩書は消滅するので、バレット侯爵家の存在は一週間で消えることになったのだが。


「しかし、私たちで王家を建てることになるとは思いませんでしたわ」

「滅茶苦茶やったからね……」


 ついでとばかりに、蒼い薔薇のメンバー全員を侯爵の身分に引き上げた。


 しかし元々の勢力は小さく、多めに見積もっても子爵くらいだ。

 それがある日急に「侯爵になれ」と言われて、全員の家族が大いに戸惑っていた。


 こんなこと、普通は通らないのだが。

 通ってしまったのだから、ベアトリーゼも呆れるしかない。


「何とか、なってしまうものですね」

「何とかしたんだから、そりゃ、何とかなったんだろうよ」


 流民、平民、騎士爵、準男爵、男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵、王族。

 王国の身分制度を流用しているため、身分はこの十段階だ。


 実際には国王がトップで、王子が公爵相当位など。

 細かく分ければ身分の中にも上下があるのだが。


 ララを除いた蒼い薔薇の全員が、準男爵から四段階昇格で侯爵へ。

 レパードは住所不定の流民から、六段階昇格で伯爵へ。


 ノーウェルとアーヴィンには男爵の地位が用意されたが、ノーウェルはこれを辞退。軍事の責任者にはなるが、生涯一相談役として勤めることを表明していた。


 その他、元々領地で勤めていた役人などにも席が配られたのだが。

 言ってしまえば完全な身内人事だ。


「普通は反乱とか起きそうだけど」

「アレ、でしたからね」


 セリアとルーシェはもう遠い目をしていた。

 惨劇としか言いようがなかったからだ。


『平民のアーヴィンを男爵にしようと思うんだが』

『異議なし!』

『賛成です!!』

「ブラボォォー!!」


 北部貴族の全員がテイムされるという、大惨事の中での人事発表だったため。平民が叙爵されても喝采が起きる、狂気の会議となった。


 普通は派閥間で足の引っ張り合いでも起きそうだが。

 全員の意思が統一されていたので、特に問題は起きなかったらしい。


 あとは唯一、自発的に協力を申し出た家。今後は王国と公国の国境付近を任されることにもなるフィリッポ子爵家が、伯爵家に昇格したくらいの人事だった。



「さて、初期の資金は確保できたし、空港の建設も順調だ」

「空の港……なるほど、空港ですわね」

「まあ、アイデアは精霊の知恵を借りたものだけどな」


 正確には、精霊の大図書館から知識を得ていた。

 そこはライナーだけが入室できる、時間が経過しない最速素敵空間だ。


 時間経過の無い大図書館に籠って政務を行い、その傍らで領地の発展に役立ちそうな知識を根こそぎ導入しているところでもある。


 まずは蒼い薔薇のメンバーが持つ領地に上下水道を完備させて、小型の空港も各地に建設する予定になっているし。

 同時に、テイムされたが文書を届ける、郵便システムも開発されている。


「情報伝達の速度なら、間違い無く伝書ワイバーンが最速だ」

「……そんな使い方するの、ライナーくらいだよ」


 みんなおいでよ魔物牧場も、大絶賛拡大中だ。

 何故かミーシャがテイムを覚えていたので、捕獲したワイバーンの飼育も順調に進んでいる。


 ――普通はC級の五人パーティが、全員がかりで一頭を仕留めるものなのだが。

 危険だからと討伐するどころか、繁殖させて数を増やしていた。


 白い猟犬のメンバー。特にエドガーは、バンダナを鼻まで降ろして視界を閉ざし。

 現実から目を背ける回数が増えたのだが、それはそれだ。


「過去の因縁に決着も着いたし、一件落着だな」

「ライナーさん、かなりやらかしたようですわね」

「冒険者は、ナメられたら終わりだろ?」

「……便利に肩書を使い分けるわね」


 騎士団長の身代金引き下げ問題ではいざこざが起きたし、王子たちの処遇を巡っても外交問題にはなっていたが。


 当事者の全員が納得済みなこと。

 また、西の王国との戦いが劣勢なことから、王国側も退かざるを得なかった。

 という結末に落ち着いた。


 ライナーは一歩も退かなかったので、この点でも完全勝利と言えるだろうか。

 しかし振り返って、ルーシェは不安そうな顔をした。


全員が・・・というのが引っ掛かりますが」

「まあ、な」


 騎士団長とララを面会させて。

 望むならどんな問題が起きようと、処刑させるつもりでいたライナーではあるが。


 傷だらけの騎士団長と対面したララは、落ち着いた態度でこう言った。


「……祖父の遺言で。誰も、恨むな。復讐もするな、と」


 ララの祖父が、敷地外へ通じる隠し通路に彼女を逃がした時。最後にそんな約束をしたそうだ。


 家族と交わした、最後の約束だから。殺したいほど憎い相手でも黙って見送る。

 彼女がそう言えば、騎士団長はただ黙って頭を下げた。


 話はついたし、身代金の受け渡しも終わったので。彼はこれから出航する船に乗せて王都に帰す予定になっている。


「本当にテイムしなくて良かったんですの?」

「……相当、恨んでると思いますが」

「それがララの選択なら、それでいいだろ」


 もし逆恨みをして、また仕掛けてくるなら。その時はたっぷりと搾り取ってやる。


 と、ライナーが呟いたため、蒼い薔薇のメンバーも言うことはなかった。



「それよりも、そろそろ時間か」

「はぁ……もう少し間を置いても良かったのでは?」

「ダメだ。余計な横槍が入る前に、最速でやると決めただろ」


 これからララの戴冠式が行われるとは言ったが。

 本当にこれから・・・・、この後すぐに行われる予定だ。


 後始末の途中でも、ライナーは全力で未来に進もうとしている。


「さあ、今日から忙しくなるぞ」

「……侯爵にまでなったことですし。そろそろ私も、引退しようかと――」

「ダメですわ、ルーシェ」

「蒼い薔薇の友情は不滅よ。……セリア、逃げようとしない!」

「うえっ!?」


 平民落ちしたところから、領地持ちの準男爵になれただけで万々歳なのだ。


 現実的な思考回路をしている二人は、子爵まで行けば出世し過ぎなくらいだと思っていた。だから侯爵という身分は逆に重い。

 むしろ結婚相手を探すのに、将来邪魔になりそうな肩書だとすら思っている。


 これ以上の波乱は求めていないとばかりに、二人は引こうとしたのだが。


「いっそ二人も、ライナーさんと結婚すればよろしいのでは?」


 蒼い薔薇が全員ライナーの配偶者になれば、全員王族でいいじゃないか。

 それなら望み通り、侯爵も引退できる。

 と、リリーアが軽い気持ちで言えば。


「だ、ダメよ。私の胃はそんなに強くないの!」

「いやぁ、アタシも好きな人がいるし」

「セリアが恋バナ!? え、相手は、相手は誰なの!」


 ルーシェは全力で首を横に振ったし、セリアは緩んだ表情をしていた。

 放っておけば、戴冠式そっちのけで女子会を始めてしまいそうだ。


 しかし、戴冠式の準備は王国から引き抜いた役人の方で進めているので、彼女たちには特に仕事は無い。


「……まあ、リハーサルは俺の方で進めておけばいいか」


 ようやく帰ってきた、戦って勝ち取った日常だ。

 流石に戴冠式へ遅れることはないだろうし、彼女たちは自由にさせておいてもいいだろう。


 そう考えたライナーは、会場に向けて歩き始めた。



「折角作った国だ。……世界一になるまで、発展させるか」



 以前リリーアに、冗談で世界制覇などと言ったが。

 やりたいこと、実現させたいアイデアなどいくらでもある。


 それに未開拓の地域など、それこそ山ほど残っている。

 発展の余地は十二分にあり、ライナーの野望はまだまだ始まったばかりだ。


「まずはこの王都を、世界一の街にしてからだな。流石に段階は踏もう」


 更なる飛躍の目途が付いたことで、ライナーは更なる速さでの発展を誓った。

 彼の目には既に、世界一を狙う展望まで見えていたらしい。


 こうして、大陸の情勢を一変させた大騒動は幕を降ろした。


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