第五十八話 謁見
『ようようライナー、元気かー?』
「ああ、大精霊か。少し待っていてくれ」
戦いが終わってから数日して、ライナーの仕事は通常運転に戻っていた。
今日も書類仕事をしていたのだが、部屋に風の大精霊が遊びに来たようだ。
が、しかし。
「ライナー、輸送船の着工計画が回ってきたぞ」
「本当ですか? すぐに確認します」
神話級の生物である大精霊を放っておき。
後から入ってきたレパードが持ち込んだ案件に目を通すライナー。
精霊との関係はあくまでギブ&テイクだ。
地脈の管理を手伝い、薄れてきた精霊信仰を盛り上げる代わりに。領地の開拓に力を貸してもらいつつ、ライナーに修行をつける。
師匠であるレパードやノーウェルには敬意を払っているが、大精霊はただの取引相手であり同格。
という謎のヒエラルキーが形成されていた。
『ここまで図太い人類を見たの、生まれて初めてかもしれない』
「照れるな」
『褒めてねぇよ! そこだけはお約束通りか!』
「精霊がよく、お約束なんて言葉を知っているな」
どうでもいい会話をしつつも、ライナーの処理は最速だ。
許可と不許可を即座に判断し、速攻即決即時即断の最速で仕事を終わらせていく。
『まあ異世界を繋いだりする関係で、その辺の知識も流れてくるのよ』
「そういうものか……っと、これで終わりだ。それで、今日の用件は?」
『ああ、オレの上司――というか主上様が、ライナーに興味を持ってな』
「分かった、どこに向かえばいい?」
大精霊の上司と言うからには、精霊王や精霊神が相手になるはずだ。
そんな存在がまさか、屋敷まで遊びに来るという話ではないだろう。
自然の深い山なり谷なりへ行き、謁見することになるのだろうな。
と、話が早いこと北半球で一番を自負する男は、一瞬で理解した。
仔細を聞かずに即答したライナーに面喰いながらも、大精霊はふよふよと窓際に向かう。
『え、ああ、うん。
「分かった。師匠、少し出てくるので、後のことはアーヴィンに任せます」
「あいよー、伝えとくわ」
言うが早いか、ライナーは大精霊を伴って窓から飛び立つ。
ここ最近では「最も効率的に動けるから」と、ほとんど空を飛んで移動するようになっていた。
――仲間たちの強い希望により、街中での四足歩行を諦めた彼だが。
飛行については禁止される前に領民へ披露し、「領主が空を飛ぶのは普通」という価値観を植え付けた後だ。
既成事実があってはどうにもならない。
婚約者たちを含めた全員が匙を投げた結果、普通に走るよりも遥かに速い動きが実現した。
「アイツ、どんどん人間辞めていくなぁ」
そう呟いたレパードは、もう少し書類仕事を続けたのだが。
人外への道を切り開いた最初の一歩が自分の教えだとは、全く考えていないのだった。
◇
「社の奥にこんな空間が出来ていたのか」
『亜空間だから、許可なく通ることはできないけどな』
ライナーの領地にも建設した社の奥に行けば、何やら景色がうねうねと曲がっている空間があった。
通ってみれば、神話に出てくる神殿のような建物がずらりと並ぶ場所に辿り着き。真昼だったはずの空が夕焼けに染まっていた。
少し奥へ進むと、中庭から見える景色は雲の上からの光景だった。
神殿よりも更に高い位置にある池の水が、滝のように流れ出ている様子が見えたのだが。
「管理が面倒そうだな。水はどこから補充しているんだ?」
『この景色を見て、そんな感想を持つのはお前くらいだよ』
現実的に考えれば維持の難易度が高いだろう。
しかし精霊の力なら建物を宙に浮かすも、空に滝を流すも自由か。
そんなことを思いつつ大精霊の後に続けば。
歩いているうちに、廊下の雰囲気が段々と荘厳になってきた。
辺りの調度品、不思議な静けさ、窓から差し込む光。
周囲に存在する全てが神々しさを放ち、叙爵の時にライナーが通された謁見の間など、掘っ立て小屋に見えるほどの流麗さだ。
「……ここを観光地にするのは、流石にマズいか」
『その発想が出てくる時点で狂ってんだって。ほら、もう着くぞ』
大精霊が、大きな赤い扉の前で動きを止めた。
ライナーが扉の前に立つと、重厚な音を立てながら、扉が一人でに開いて行く。
その部屋には、背後に柔らかな
玉座に座って、ライナーのことを待っていた。
「よく来ましたね、ライナー・バレット」
「お目にかかれて光栄です。……お名前をいただけますか?」
オレの時と、態度が全く違う。
と不満を抱きつつ。
まあ、それも無理はないと大精霊は思う。
精霊が神の
目を閉じたまま、長髪の男はゆっくりと言葉を
「名は、遠い昔に失いました。今は彼らから、精霊神と呼ばれています」
「……光の精霊ですか?」
「そのようなものです。ああ、どうぞ、固くならず。いつも通りに」
「了解した。そうしよう」
タイミングが取りにくい、独特の声色で話す男だ。
声を聞けば不思議と安心するような、不安になるような。様々な波紋を心に生む。
しかしライナーの思考は、メンタルとは関係が無い。
得体の知れない存在ではあるが、どうやら自分は客人として招かれたようだ。
風の大精霊と契約したことが関係しているのなら、仕事の話でもあるのだろう。
そう結論づけて、彼は次の言葉を待った。
速攻でタメ口を始めたライナーに、風の大精霊はハラハラしっぱなしなのだが。
精霊神は気分を害した様子もなく、ライナーに尋ねる。
「話が早い方が好みでしょうか。本題ですが、ライナー。貴方は、精霊になるつもりはありませんか?」
「ありません」
提案からわずか一秒、最速の却下だった。
精霊神は微動だにせず、方向を変えることにしたが。
「では、勧誘した場合――」
「お断りします」
『なっ、ちょ、待てお前! 精霊神様からのお誘いだぞ!?』
言い切る前に断るほどの速さだ。
大精霊が慌てふためくほど、ライナーはバッサリと切り捨てた。
神罰を食らっても知らないぞ、と思う大精霊とは対照的に。ライナーはもう普段通りの態度に戻っている。
案内役がハラハラする中で、謁見は続く。
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