第八十三話 塩漬け依頼
少し時が流れて、時期は一月を迎えた。
新年の行事も一段落した頃、公国の王都に早馬が届いたのだが。
「西国からの援軍要請?」
「はい。行軍費用の他に、兵数に応じた日当を支払うそうです」
季節は真冬。
今から進軍を開始するのであれば、雪中行軍になるだろう。
今も外は吹雪いており。鉄の鎧を着た兵士なら、一日と持たずに凍死するくらいの寒さでもある。
王国もこんな季節に仕掛けてはくるまいと思ったライナーだが、親書の内容を見て納得した。
「戦場跡地に沸いたアンデッドが移動、街に接近中か」
「左様でございます」
骨だけになった亡者には、痛覚が無ければ冷覚も温覚も無い。
吹雪の中だろうがお構いなしで進撃してくるだろう。
そして。状況を把握したライナーは、一つの依頼を思い出した。
「……そう言えば、そんなものもあったな」
ライナーの故郷でも、戦場跡に現れたアンデッドへは討伐依頼が出ていたはずだ。
ただし塩漬けになっているA級依頼で、誰も受けようとしなかったが。今回の戦争で命を落とした者が合流して、更に規模が大きくなったらしい。
「敵は、最低でも二十万か」
「はい。まだ数は増え続けているそうです」
位置関係として。ライナーの故郷は王国の首都から見て、南西の方角だ。
そこから北に行った地域が、かつて王国と西国が争った戦場。
今ではアンデッドの大量発生地帯になっている。
とは言え進軍ルートは一つではない。
西国も、今回王国に攻め入る時は、この戦場跡を避けていたはずなのだが。
「人に釣られて、アンデッドの大移動が起きたようです」
「なるほど。今回の移民たちも、見方によっては難民か」
マリスたちが移民してきたのも、アンデッドからの疎開という面が大きいだろう。
人口はいくらあってもいいので、そういう意味ではむしろ、移動を促してくれたことに感謝したいくらいなのだが。
これは意外と難題だった。
アンデッドは剣や槍では倒しづらく、弓などほぼ効かない相手だ。斧やハンマー、他にはメイスと言った重量物で、叩いて砕く戦法を採ることが多い。
単純な兵数で言えばモルゴン王国だけで対応できるのだろうが。軍で使われている主力武器では戦えないし、有効武器の数も足りないだろう。
被害を大きくしないために、公国から援軍を呼んで一気に叩きたいという話だったのだが。
「陛下。こんな要請に応じる必要はありません!」
「左様です。かの国は我々を、傭兵か何かと勘違いしているのではないか」
ライナーとしても、家臣団の反発は分かる。
確かに同盟は結んだし、援軍の要請を出すこと自体は分かるとして。
しかし、金を払うから真冬に兵を出してくれというのは無茶な願いだった。
雪中行軍とは存外過酷だ。
移動するだけで兵が脱落していくし、寒さで士気が下がり戦力も落ちて行く。
場合によっては五千の兵を連れて行っても、現地に着く頃には三千を切るだろう。兵にはかなりの負担を強いることになる。
公国を下に見ていると言われても仕方がない内容だったので、家臣団は揃って反対意見を出していたのだが。
「しかし、位置が悪い」
「冬の間に対処してもらえば、春の行商には間に合うかと」
「片付けば、な」
詳しく確認すると、敵が移動した位置は公国の真西だ。
そこは西国に向かう行商路になっている。
ワイバーンを利用した空港は機能し始めたが、通商のメインは馬車での陸送だ。
今回の件を放置すれば、いずれは国外への行商路が絶たれるかもしれない。
時期が冬でさえなければと考えるライナーに、宰相に就いたルーシェは疑問を投げかけた。
「ですが無理なことは相手も分かっているはずです。それでも送ってきたのですから相応の理由があるのでは?」
「青龍の力をアテにしたか、敵の数が思ったよりも多いか。それとも軍の方で何かが起きたか。……まあ、色々考えられるな」
青龍が出撃できればどうとでもなっただろう。
しかし彼女は冬眠に入ったばかりで、最低でも二年は起きてこないと聞く。
いずれにせよ厄介な事態だ。
それを確認した後、ルーシェは地図でいくつかのポイントに印をつけていった。
「アンデッドが北上を続ければ山脈に当たります。このまま行けば、公国側へ流れてくるのも時間の問題です」
「奴らは人が多い方に寄ってくるからな。確かにそれは想定しておくべきだ」
「無策ではいられません。我が国も援軍の可否以上に、対策を練るべきです」
援軍を出すなら、どう動くか。
援軍を出さないにせよ、何かしらの対策は必要。
言われてみればその通りだと。家臣団は今すぐには援軍を出さない前提で、その後どう動くかも議論し始めた。
一方で、ライナーが書状を読み進めれば、もう少し詳しい事情も書いてある。
アンデッドが目指している先は、今回の戦争で王国から奪い取った土地であり、元々モルゴン王国の領地だったそうだ。
ようやく取り返した領地なので、絶対に失いたくないと書いてあるのだが。
軍が動かせず、青龍が冬眠中では打てる手も無かった。
「せめて
「アレ、ですか?」
「ああ、ルーシェには言っていなかったな。俺の専用武器を、今セリアの領地で生産してもらっているんだ」
「国王が戦場に出るのは、亡国の危機に晒された時だけでよろしいかと」
ルーシェが言うことはイチイチごもっともなのだが。今回に限っては自分が単騎で出撃するのが最も効率的ではないかと、ライナーは判断している。
さりとて、大きな流れは変わらない。
援軍を出すなら、出発は三ヵ月後と決まった。
そこまで耐えてほしいという返書をしたためて、会議はお開きとなる。
「さて、では俺も修行に行ってこよう」
この後ライナーはこっそりと精霊の社へ向かい、大地の大精霊と会っていたのだが。その過程でもう一度精霊神と面会することになる。
ライナーにしか入れない空間で修行をしていたので。何の修行をしているのかは、誰にも分からなかった。
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