第八十四話 新たな技と滅びゆく世界



『違うよぉ。もっとこう、ズッとやって、ズドンって感じでー』

「……こう、か?」

『違うねぇ。もっとこう、ズシっときて、スルッって』


 茶色い毛玉――大地の精霊――から指南を受けているライナーだが、今回は珍しく苦戦をしていた。


 指示の的確さはさておき。風の精霊術を三式までマスターする時間よりも、大地の精霊術一式を習う時間の方が長いくらいだ。

 どうにかこうにか二式までは辿り着いたのだが、発動は中々安定しなかった。


『こればかりはねぇ。適性だからねぇ。大地の精霊術には向いてないみたいだしぃ。ライナーくんがなるのは、やっぱり風の精かなぁ』

「俺は精霊にはならない。……これでどうだ!」


 のんびりと言う大地の大精霊の言うことをきっぱりと否定してから、ライナーは気合を込めて精霊術を発動したのだが。


『ああ、ダメダメ。もっと気楽に、ストーンって』

「……なら、これでどうだぁー」

『ああそう、そうそう、そんな感じよー。今までで一番いいかもぉ』


 適当にやった結果が最適解というのは解せないライナーではあるが、どうやら大地の精霊術に気合は要らないらしい。


 と、何かを掴んだ後も、修行を続けていたのだが。



『なあなあライナー。紹介料はまだかー?』

「三式まで習得したら、まとめて持ってきてやる」

『早くしてくれよな。火と水からせっつかれてんだから』

「……お前はまた自爆したのか」


 お供え物の増量期間が終わった後も、風の大精霊は見栄を張ってしまったらしい。


 大地の精霊と話を付ける代わりに。紹介料として、またお供え物を増やす約束にはなっているのだが。

 他の精霊たちに良い顔をし過ぎだと、風の精霊たちからも怒られていたはずだ。


 懲りない奴だと思う一方で。

 この性格ならリリーアとも話が合うんじゃないかと、無駄なことを考えていれば。


『そうそう、グレート。いい感じだよぉ』

「……何も考えない方が上手くいくのか、これは」


 風の大精霊と話す片手間で発動した精霊術は、クオリティが上がっていたらしい。

 げんなりとしたライナーに対し、大地の精霊はのんびりと言う。


『そだねー。慣れたら別だけど。最初は心がからっぽなのか。何も考えないくらいのがちょうどいいかなー』

「そういうものか」


 そうこうしているうちに、空中へ思い通りの形をした石を量産できるようになってきた頃。

 ふよふよと、どこからか漂ってきた下級精霊に耳打ちされて。

 風の大精霊の姿が明滅した。


『お、ライナー。主上様がお呼びだ』

「精霊神が?」

『そうだな。また何か頼み事でもあるんじゃないか?』


 原則として、精霊は現世に直接介入をしない。

 だから領地を発展させがてら、地脈の管理やら謎の儀式やらを定期的に引き受けてはきたのだが。


「願いごとをされるのは久しぶりだな」

『急いでいるそうだから、早いところ切り上げてくれ』


 もう少し練習をしていきたかったライナーではあるが、急ぎの呼び出しなら仕方がない。

 大地の大精霊も一緒に呼ばれているそうなので、彼らは連れだって玉座の間に向かうことにした。






    ◇






『風、まかり越しました』

『大地、参上ですー』

「よく来ましたね、精霊たち。そして、ライナー・バレット」


 以前に会った時とは違い、玉座の間には色とりどりの精霊たちが集まっていた。


 非常にカラフルで視界がチカチカしている。

 そんな中で名を呼ばれたライナーが会釈をすれば、精霊神はおごそかに話し始めた。


「早速ですが、ライナー。精霊になる気はありませんか?」

「無い。前にも言ったはずだが」

「心は、変わりませんでしたか」


 一度断った話を蒸し返しても時間の無駄だと思ったライナーだが。今回は精霊神の様子がどこか違うと感じていた。

 表情はフラットなままだが、何故か悲しみを感じる。


 一体何があるのかと身構えても、彼は抑揚の無い声で続けるばかりだ。


「貴方が死んだ時、望むなら我らの同胞として迎えられますが。誘いを拒絶したまま死を迎えれば、魂の再生ができないのですよ」

「それなら、死期が来たらもう一度聞いてくれ。今の段階では全く考えていない」


 ふむ。と、精霊神が考え込むような素振りを見せて、数秒後に聞き直す。



「では、今がその時・・・・・です。ライナー、精霊になる気はありませんか?」



 死期が近くなったらもう一度聞けと言って、すぐに聞いてきた。

 つまり、ライナーの死期が近いという意味だろう。


 話が早いこと当代一番を自負する男は、冷静にそう理解した。

 しかし腑に落ちてはいないらしい。


「俺は、あと四十年は死ななそうだが」


 対外的な要因を見ても。王国は大人しいものだし、西国との関係は安定している。


 暗殺に対しては、食事の時に少量の毒を盛って耐性を付けてあるし。ついでに謀反を起こしそうな部下がいなければ、体調不良も一切感じていない。


 死ぬ理由に全く心当たりが無いため、ライナーは困惑していた。


「貴方の寿命よりも先に、世界の命運が尽きます。間もなくこの世界は滅びて、再誕に向けて歩み始めるのです」

「世界征服を目論む、悪の総帥のようなことを言う」


 冗談だろうとも思ったが、精霊神は冗談を言っている風ではないし。周囲の状況を見れば真剣なことは分かる。


 世界各地で、世界を安定させるために仕事をしているはずの精霊たちが集められている以上。非常事態が起きているのは本当らしい。


 では、何故滅びるのか。

 可能性を探せば、ライナーはすぐに思い当たった。


「アンデッドの大量発生と、何か関係が?」

「それは滅びの予兆です。天変地異により、ほぼ全ての生物が死に絶える時が迫っているのですよ」

「……生物が絶滅して世界が滅びてしまえば、精霊の存在理由も無いと思うが」


 そもそもの話、ライナーには分からなかった。

 世界が滅びるというなら、精霊は役割を終えるだろう。

 この状況で精霊のスカウトをしても、意味が無いと思ったからだ。


 それを問えば。

 精霊神はどこか遠くを見ながら、穏やかに言う。


「遠い未来。数千年後か、数億年後か。再びこの星が歴史を刻み始める時に。我らの力が必要とされるでしょう。これは、繰り返されてきたことです」


 死に絶えた世界が再生して、新しい命が生まれ始めた時。

 その時に力を尽くしてほしいと、精霊神は語った。


 この言葉を聞いて、ライナーが下した結論は。



「遅いな」

「遅いでしょうか?」

「ああ、限りなく無駄な時間だ」


 遅い・・。ただそれだけだった。


「世界が再生するのは、気が遠くなるほど先なんだろ? であれば、滅ばないように手を尽くした方が早い」


 諦めて運命を受け入れて。

 何千年も再生を待つなど、怠惰の極みだ。

 最速で問題を解決するのが上策だと、ライナーは主張する。


「回避の道はありました。滅びは、現世うつしよを生きる者たちが選択した結果です」

「だから滅びますと言われて……そうですかと、素直に納得できると思うのか? 何が起きるかは知らないが。最後まで抗わせてもらおう」


 やっと取り返した日常を、失ってたまるか。

 そんな思いも込めて、ライナーは神を睨みつけた。

 堂々と言うライナーを見て。精霊神は、それでもフラットな態度で返す。


「これから起きる滅びは、世界単位でのことです。それを避けるには、少なくとも星を救わねばいけません」

「それで?」

只人ただびとの貴方に、抗えると思いますか?」


 ライナーはただの人間だ。

 救世主でもなければ勇者でもない。


 偉大な一族の血筋でなければ、何か特別な使命を背負っているわけでもない。

 それは、彼自身が一番よく知っている。


「死ねばそこで終わりだ。生きる道が一つしかないのなら、遠くても、険しくても。ただ進み続けるのが一番早い」


 しかし。それでもライナーは、前進を選んだ。


「……分かりました。であれば、私は見届けるだけです。私には、判を押すことしかできないのですから」


 寂し気に微笑む精霊神に背を向けて、ライナーは玉座の間を退室していく。


 ――そんな彼の背に、餞別とばかりに声がかけられる。


「滅びの原因は、主に三つ。死者の氾濫、異常気象、疫病の蔓延です」

「……感謝する」


 そのアドバイスが、現世に介入できるギリギリのラインなのだろう。

 それを理解したライナーは一言だけ礼を言ってから、大図書館に向けて歩き始めた。






 呪われて死滅すると言われればお手上げだが。原因が分かっているのであれば、対処するだけだ。

 それを踏まえた上で、ライナーは一つの決意を固める。


「世界が滅びて、全員が死に絶えるというのなら。世界を救うのが最速の道だ」


 ライナーはあらゆる可能性を模索して、頭の中で優先順位を付けていく。

 破滅への第一歩が、アンデッドの侵略らしい。

 まずは、それを食い止める手を考えるのが先決だろう。


 これから起こり得る問題を思い浮かべて。


 彼は世界の脅威に対して、一つずつ対処をしていくことを決めた。


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