第八十二話 大変のベクトル



 セリアとアーヴィンが挙式をするには、それなりの下準備が必要になった。


 関係各部署への連絡はもちろん、国内の貴族を参集させるための連絡も必要だ。


 もちろんライナーも手助けはするが。主なことはセリアとアーヴィンで進めることになったので、一段落はした。


「さて、そちらは一件落着したものの」


 今度はまた別な問題があった。

 それはライナーの正面で熱々の茶をすすっているレパードと、現在街を離れている青龍に関するものだ。


「まあ、青龍の出産自体・・は順調のようですね」

「ああ、ドラゴンの出産ってあんな感じなんだな」


 人間よりも遥かに長い妊娠期間を終えて、いよいよ青龍が出産という時期になったのだが。

 彼女は鉱山の近くに陣取り、自分で作った洞窟の中で出産するらしい。


 巣に籠り、冬眠中に産むと言うのだが。

 そのまま二年三年は平気で眠りこけるというのだから、スケールが違う。


 そんな生態すら、本人からの自己申告で初めて明らかになったのだ。


 ただでさえドラゴンは人里離れた場所に住んでいるし、普通はメスが冬眠していても、オスが周囲を守っている。

 しかも二、三頭産むと出産しなくなるため、その場面を見た人類は恐らくいない。


 そのことで今、ちょっとした騒動になっていた。



「しかし、本当に頭に来たぜ。どうしてお偉いさんやら学者やらってのは、あんなに頭が固いかね」

「それだけ貴重な機会ということでしょう」


 ドラゴンが出産すると知られて以来。

 レパードの元には、珍奇な存在を追い求める貴族や学者の訪問が相次いでいた。


 貴重なドラゴンの出産シーンを、是非見学させてほしいという嘆願書まで届いていたのだが。

 レパードは《物真似》のドラゴンブレスを吐いて嘆願書を灰にした後、べらんめぇ口調で彼らを追い返している。


 それでもめげずに再訪問してくるどころか、無断で青龍の巣に侵入してくる輩までいる始末だ。

 レパードはこれに対応するべく、手勢に小規模な砦を建築させた。


 今は砦に子飼いの囚人部隊を送り込み、巣を守らせるという厳戒態勢まで敷いている。

 しかし訪問客のガッツが凄まじく、砦は度どんどん拡張されていた。


「人の嫁さんを見世物みたいに……まったく。全員テイムしてやろうか」

「一度テイムされた貴族たちはともかく、学者まで手を広げたらやり過ぎですよ」


 国内の有力者を、全員洗脳しての国造りはさぞ効率的だろう。

 しかし倫理的な問題があり過ぎる。


 体裁もよろしくないだろうということで。

 建国の直後に蒼い薔薇の面々が中心となり、人間に対するテイム禁止令が出されていた。


 ライナーが読む本にも、独裁者の末路はよくよく登場する。

 大抵はいつか、どこかで失敗して滅びるものだ。


 だからライナーは、テイム禁止令をあっさりと認めたし。

 その命令はレパードも守っているのだが。


「それでもだ。あまりしつこいのがいたら、やっちまっていいよな?」


 しかしレパードも、今回ばかりはやる気満々である。


 テイム禁止令の例外として、囚人に対するテイムだけは認められていた。

 だから彼のテイムは、未だにレベルアップを続けている。


 心が弱い人間なら、彼と相対した時点で影響下に置かれるくらいになっているので。やろうと思えば集団催眠など朝飯前だ。


「……どうしたものか」


 匙加減は難しいのだが、今回のケースだと被害者はレパードたちになる。それならと、ライナーも合法的に野次馬を撃退する方法を考えた。


「そうですね……不法侵入や不敬罪を宣言した後のテイムであれば問題ありません」

「なるほど、そういう手もアリか」


 レパードは警察権を持っているので、罪人の認定を行うのは仕事の範囲だ。


 それに伯爵という最高峰の身分を持っているのだから、下級貴族や学者がしつこいようなら。不敬罪などで一度罪人として扱えばいい。


 それからのテイムなら合法だと気づいた彼の瞳に、闘志が宿る。


「鉱山周りの開拓地に人が足りなかったんだ。ちょうどいいかもしれないな」

「……ほどほどにお願いしますよ」


 この怒りようなら、しつこい貴族は何人かもう一度お友達・・・になりそうかな。などとライナーは考えていたのだが。

 ふと真顔に戻ったレパードは、本来の相談に戻った。


「でだ、ライナー。もしもドラゴンの姿で生まれた場合なんだが」

「山側に領地を広げて構いませんよ。青龍が巣を作った一帯は、師匠の領地として先に下賜しておきます」

「ああ、助かる」


 レパードには領地経営をする時間など無いし、代官の補佐があったところで、経営などさっぱり分からない。

 だから今は、法衣ほうい貴族の俸給という形で国から給与を支払うことになっていた。


 そもそも基幹となる重要業務に就いているのだから、レパードの収入は高い。

 それに青龍が公共工事で稼いだ額もそれなりだ。

 収入面では、この夫婦が国内でトップになるだろう。


 そんな彼らに王都近くの広大な土地が渡されたのだから、公国の権力者ランキングではいよいよ最上位へ付ける。


 ともあれ。

 ドラゴンが生活するのならそれくらいのスペースは必要だろうという配慮だった。


「大変ですね、師匠も」

「お互い様だ。……まあ、俺とライナーの大変・・は、ベクトルが違うけどな」


 それもそうだと、互いに苦笑いを浮かべてから。ライナーの方も用件を切り出す。


「で、師匠。第一部隊を出してほしいんですが」

「おお、移民の護衛だったか」


 第一部隊とは、初期にテイムされた囚人たちの中でも、特に忠誠心が高い者だけを集めた精鋭部隊だ。

 どんな任務も完遂する実力があると、レパードが太鼓判を押すほどの実力を持つ。


 四十名で構成される特殊部隊のような位置づけの集団であり。彼らならばB級の討伐依頼をいくつか放り投げても、無傷で敵を殲滅してくることだろう。


 安全になった街道を行くのに、そんな集団を導入する必要があるのかと疑問に思うレパードではあったが。

 護衛対象を見れば、今回はライナーの地元から来ている人たちのようだ。


「知り合いでもいるのか?」

「ええ。俺の面倒を見てくれた、幼馴染の一家が」

「そうか。だったらアイツらにも、気合を入れるように言っておかなきゃな」


 そろそろ到着する頃だろうかと思えば、途中の街まで護衛に出していたエドガーが帰ってくる姿が見えた。


 彼は叙爵こそされていないが、少し前にB級冒険者へ昇格していた。

 冒険者ギルドの中心メンバーとして、方々から頼りにされているそうだ。


 彼が帰ってきたということは、移民たちもそろそろ到着するのだろう。

 それならすぐに部隊を動かす必要があるかもしれない。

 レパードもそう理解して、小さく頷いた。


「明日の出発となります。手配、頼みましたよ」

「おう、任せときな」


 一旦王都に集まった移民は、各領地へ散ることになる。

 今回の移民は大半がセリアの領地へ移動する予定だが。受け入れの準備は終わっているので、あとは送るだけだ。


「では、出迎えに行ってきます」


 そう言うなり。ライナーは立ち上がると、上着を掴んで早速部屋を出て行った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る