第五十九話 そんなもので釣られるか



「精霊になりませんか? そもそもの話、何故俺にそのような話を?」


 普段通りに戻ったライナーは、淡々と確認をする。人間を相手にしている時と全く変わらない様子だ。


 そもそも俺には何の使命も無い。

 元はただの平民で、偉大な血統でもなければ、選ばれし勇者でもない。

 その話は、持っていく相手を間違えている。


 などと思いながら、彼は一段高いところに座る長髪の男の顔をまじまじと見た。


「精霊も、後継者不足で悩んでいるのですよ」


 しかし精霊神は微動だにせず、ずっと微笑みを浮かべているだけだ。

 ポーカーフェイス具合では両者いい勝負だろう。


「その話は前に大精霊から聞いた。……それでも俺は、ただの人間だ」

「人からでも、精霊にはなれます」

「俺は人として生きて、人として死にたいんだよ。寿命でね」


 もう人外の領域に両足を突っ込んでいるお前が、今更それを言うのか?

 という疑問は、大精霊も流石に口には出さなかった。


 一方で、またもやバッサリと切られた精霊神は、それでも微笑みを浮かべて言う。


「永遠の命といえば、人が求めてやまぬもの。それが要らぬと?」

「俺の生き方が、それと合わないんだよ」


 むしろ永遠の命など、ライナーからすれば与えられるだけ迷惑なものだ。


 今のライナーが送っている生活は、ごくシンプル。


 目標があって。

 それに向けて計画を立てて。

 最速で達成するという流れになる。


 しかし。どうやってなるのかは別として、仮にライナーが精霊になった場合。

 主な仕事は世界を安定させるために、地脈の管理することになるだろう。


 彼が聞いている限りでは他の目標も無いので、それ一本で生きていくことになる。


「精霊の仕事というのは、俺に向いていないんだ」

「貴方の生き様に合わないと?」

「そういうことになる」


 実際は他にも色々と仕事はあるが、基本的には今ある世界ものを守り抜くのが仕事だ。

 そこには目指すが、目標が無い。


 精霊の生活は退屈そうだなと、ライナーは思っていた。


「技の教えは受けたが、その分の対価は払っているはずだ。俺は精霊に気に入られたくて話を持ち掛けたわけじゃなければ、修行僧でもない」

「なるほど、今の貴方はそう考えますか」


 言い回しに引っ掛かるものを覚えながらも、ライナーの結論は変わらない。

 結論を言えば、精霊になるのは嫌。

 ただそれだけだった。


「この世に留まり続けて、世の営みを見守り続ける――言い換えれば永遠の停滞だ」


 どれだけ速度を上げても、どこにも辿り着かない。

 のんびりゆるゆると、数千年生きる。


 そんなもの、ライナーにとっては無間むげん地獄でしかなかった。

 世の権力者がこぞって欲しがる特典も、ライナーにとっては罰ゲームになる。


 そんな心情を知ってか知らずか、精霊神はここであっさりと引いた。


「貴方の心は分かりました。残念ですが、諦めるとしましょう。……しかし、心とは移ろうものです。いずれまた、答えを聞かせてください」


 余裕たっぷりで、少しも残念そうに見えないのは何故だろうな。

 などと思いながら、ライナーも考えを巡らせる。


 精霊神の狙いは何か――と。


 いきなり「精霊になりませんか?」などと聞かれて、承諾する奴はいないだろう。


 この話を取っかかりにして、何かの便宜べんぎを引き出そうとしているか。

 又は、一段下げた要求をしてくるか。

 いずれにせよ、下手に言質を与えるわけにはいかない。


 ライナーが次の話題に警戒していれば。

 精霊神は穏やかに笑いつつ、指を二本立てた。


「つまらぬ話題でしたね。さて、本日は友好の証に、貴方へ二つの贈り物を」

「……贈り物?」


 予想とは少し違う流れだが、気は緩めるまい。そう思い、ライナーの無表情な口元が少し強張った。

 そして神が、指を一本折りながら言うには。


「一つ。貴方に大図書館の入室を許可します」

「それは?」

「私たちが繋いだ、異なる世界の知識。それが無限に集積された場所です」


 ライナーは、浮かせた時間の大部分を読書に宛てている。

 本好きであり、無限に本が湧き出てくる空間があるならば少しだけ胸が躍る。


 なるほど、飴が先か。

 しかし、そんなもので釣られるか。舐めるな。

 と、むしろ気炎を燃やし始めたのだが。


「二つ。大図書館を含め、この空間に居る間は、時を停めて・・・・・さしあげましょう」

「感謝する。心の底から!」


 二つ目の指が折られるのと同時に、ライナーは目を見開いた。


 釣られたな。


 と、横で見ている風の大精霊には、呆れることしかできない。



「す、素晴らしい。それが本当なら、最高のプレゼントだ」


 時間が経過しない。


 つまりはどれだけ作業をしても、社への出入り――ライナーの屋敷から歩いて十分――という時間で全てが終わる。


 書類を持ち込み、二十四時間働いても十分。

 布団を持ち込み、八時間眠っても十分。

 図書館で一年間、読書三昧をしても現実では十分しか経たないのだ。


 実質十分で全てが終わるのだから、最速素敵空間と呼んで差し支えない。

 これにはどんなプレゼントよりも喜んだライナーだが。


「代わりと言っては何ですが。たまに、我々の方からお願い・・・をさせていただいても?」

「もちろんだ、何でも言ってくれ!」

『いいように踊ってんじゃねぇか……』


 精霊からのお願いを聞くために数日や数か月使ったところで、時間停止の恩恵とは比べるまでもない。


 もうライナーの頭からは先ほどまでの禅問答のようなやり取りは消え失せて、この恩恵をどう使うかだけが頭を占めている。


「ふふ、喜んでいただけて何よりです。ライナー」

「ふ、ふふっ。ふはははは!」

『……オレし~らないっと』


 実りがある話合いができたなぁ。などと浮かれていたライナーだが。


 帰り際になってようやく、「あれ? もしかしてやってしまったか?」などと思い始めていた。






     ◇






 まあ、話をつけてしまったものは仕方がない。

 さっさと頭を切り換えて、ライナーは屋敷に戻ろうとしたのだが。


 社から屋敷までの道すがらで、部下を連れたベアトリーゼの姿を見つけた。

 珍しく馬車ではなく、馬に騎乗している。


 そして彼女はライナーの姿を認めると、馬から降りて駆け寄ってきた。


「ライナー、大変よ!」

「何だ、騒がしいな」

「ラ、ララが攫われちゃったの!」


 ベアトリーゼが慌てて叫ぶが――これにはライナーも驚いた。

 ララは就寝中だろうが食事中だろうが、フルプレートアーマーを装着したまま生活している。

 常に武器も携帯しているので、自分が盗賊なら絶対に狙わない人物だからだ。


「いつでも完全武装のララを誘拐? それはまた、随分と根性の入った盗賊団だな」

「違うの、相手は盗賊団じゃなくて、王宮なのよ!」


 なるほど。

 王宮が相手では、流石に抵抗は難しいだろう。

 攫われたのも納得だ。

 しかし。



「……なんで?」



 王宮が領主の身柄を拘束していくなど、重大事件もいいところだ。

 珍しくライナーにも、全く理解が追いつかない事態に発展しつつあった。


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