第五章 過去と未来と国造り
第六十話 ララの正体
「ララ様の正体は、メモリア公爵家の姫君に間違いありません」
「公爵家だって?」
「ええ。今までの名乗りも、偽名のようですね」
蒼い薔薇の面々は、全員の領地からアクセス良好なライナーの領地に緊急招集されていた。
そしてノーウェルとレパード、青龍が集まり。ララが連れていかれた件についての対策会議が始まったところだ。
「これまでの情報。連行時に目撃された髪の色や、ララ様のご年齢から照らせば――ラファエラ・フォン・フローランス・メモリア様である可能性が、非常に高いかと存じます」
今は燕尾服のような恰好をした青年が前に立ち。
各地から集められた情報や、伝書鳩で仕入れた王都の情報などを取りまとめて発表している。
「……髪色だけで判断はできないだろう。歳だって、本当のところは誰も知らない」
ライナーは懐疑的な反応を示したが、青年はララの正体について確信を持っているらしい。
別な用紙を引っ張り出して、堂々と言うには。
「ここ二十年の記録を遡れば、銀の髪は王族と公爵家の間でしか見られません。銀髪で行方が分からない方はラファエラ姫のみ。この辺境に王宮の近衛がわざわざやって来たことからも、そう考えた方が自然です」
「ふむ……」
銀の髪など、平民はおろか貴族の間でも珍しい。
少なくとも、ライナーはそんな髪の色を見たことはなかった。
ララがずっと兜を被ったままだったのは、髪の毛を隠すためだったのか。
この場の誰もが、話を聞いてそう納得する。
「なるほどなぁ。うんうん、そっか」
ずっと謎だったララの正体を、こんな形で知るとは思いもしなかったが。
先ほどからセリアの頭の中を、ある考えが
いや、そんなことを考えている場合ではないと、分かってはいるのだが。
それでも気になって気になって仕方が無かった。
――この人誰なんだろう、と。
目の前で堂々と情報の分析を続ける青年だが、セリアには面識がない。
しかし先ほどから見ていれば、リリーアもルーシェも普通に話しているし。
ノーウェルやレパード。しまいには青龍とも顔見知りのようだ。
特に誰も、疑問に思っている風ではない。
実は人見知りなベアトリーゼが気安く接している上に、かなりの機密情報を握っているようでもあるのだが。
この男こそ何者なのだろう。
「これは失礼致しました、セリア様にはお初にお目にかかります。私はアーヴィンと申します」
そんなセリアの視線に気づいたのか、青年の方から頭を下げて自己紹介を始めた。
「あ、ああ」
「バレット準男爵領にて代官を務めておりますので、以後、お見知りおき下さい」
「そっか、よろしく」
一年も前の話になるが、ライナーの代官は城務めをしていたリリーアとルーシェの知り合いを推薦したという話だった。
セリアは特に人事に触れていない上に、ライナーの領地に来る時は大抵ノーウェルから地獄の特訓を受けるか、宿で寝ているか、発展していく街を歩いて、新しい店を探すくらいしかしていなかった。
一年が経ってようやく初顔合わせをしたのだが、率直に言ってタイプの顔だ。
メガネから覗く凛々しい目。切れ長の目に心惹かれるものがあったセリアではあるが、ここで改めて思う。
――そんな場合じゃない。
さりとて彼女は、この状況にまったく付いていけていないのだ。
黙っておくのが上策と見て、大人しく口を閉じた。
「で、正体が公爵家のお嬢様だったとして。何でお国の騎士が捕まえにくるのよ」
「そこは政治の話が深く関わってきます。一連の経緯については資料にまとめて参りました」
レパードが軌道修正をすれば、早速アーヴィンから資料が配られた。
どうやら彼は仕事ができる。
いや、仕事が早いようだ。
主に、元平民のライナーへ説明するために。
ここ数十年で起きた政変のあらましを、綺麗にまとめた資料を提出した。
この程度の先回りができないようでは、ライナーの無茶振りに付いていけないか。
などと思いながら、レパードも配られた資料を読む。
「現在の国王陛下は、先王が平民のメイドに生ませた子です」
「え」
「暗黙の了解ですが、外で話せば死罪は免れません。くれぐれもご内密に」
いきなり即死級のジャブから始まったプレゼンだが、聞けば聞くほど泥沼だった。
話のスタート地点は三十年前。
兄の先代国王が五十三歳、弟の先代メモリア公爵が四十二歳の時だ。
先王が病気で王位を退くことになったが、子どもがいなかった。
そのため、公爵が王位に就くことになる。
しかし即位に向けた話し合いをしている最中に、事件は起きた。
子どもがいなかったはずの先代国王から、十五歳の隠し子――現在の国王――の存在が発表されたのだ。
平民のメイドに生ませた子を、王にするなどあり得ない。
それでも王の子だ。
汚れた血を王族の中に入れるな。
などの議論が紛糾。
各地で小競り合いが
「ええと、この時点でもう読みたくねぇんだけど」
「この辺りは前提です。もう少し続けねば、今回の件には辿り着けません」
「うへぇ」
もう帰りたそうな顔をしているレパードをよそに、話は進む。
内乱を避けるため、メモリア公爵が折れる形で現在の国王が即位した。
それで一旦、事は収まったらしい。
その後、時が流れて。
今の国王には息子が。
メモリア公爵家には、男女の孫が生まれていた。
先代国王。現国王。現王子のオーブリー。
先代公爵。ララの両親。ララと、兄のマティアス。
ここで家系図を見た時に、血筋で言えばララたちの方が優秀になってしまった。
妻を名門から迎えたとはいえ、国王は平民が産んだ隠し子だ。
マティアス公子を次代の王に推す者が大多数だった。
旗色で見れば、完全にマティアス派の方が圧倒的に多かったのだ。
それを見た王子の取り巻き。一部の貴族たちが暴走した。
「メモリア公爵家と、その親戚に対する暗殺――粛清が行われることになります」
「……ララの、実家をか」
「恐らく、そうなります」
王位を脅かす前に排除してしまえとばかりに、一族郎党が、騙し討ちで一人残らず殺された。
唯一死体が見つからなかったのは、ラファエラ公女。
すなわち、ララのみ。
そんな状況が前提にあった。
「で、生き残りを見つけたから処刑すると?」
「逆です。血統という弱点を埋めるために、ララ様を妻に迎える算段なのでしょう。王家としても、粛清は予定外のことだったと噂されています」
むしろ王家としては、こんな結果を望んでいなかっただろう。
仮にララと王子が結婚すれば、王位の正当性が保たれるのだから。
公爵家から妻を迎えるとなれば、一連の問題も沈静化できただろうが。一部の者が暴走したせいでその目も消えた。
そんなこともあって、この国は国土が広い割りに弱い国となっていた。
そして今までの話は全て、過去の事だ。
どこからか、ララの存在が王宮にバレたらしい。
実際に連れ去られているし。王家としては、どんな手を使ってでも手元に留めようとするだろう。
今起きている問題に対して、彼らがどうすればいいのか。
それを話し合うための会議なのだが。
「ふむ。順当に行けば王女か公爵にでもなった女だ。結婚するとなれば、王宮の貴族たちも
ノーウェルがそう呟くと、全員の視線がライナーに集まった。
彼はララとも婚約をしていたが。これからどうするつもりか、と。
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