第百三話 全てを賭けた思いつき



 ここで時は数日遡る。


「まったくもう! まったくもう、ですわ!」


 ライナーが飛び立った翌朝、リリーアは地団駄を踏んで悔しがっていた。


 出陣を止める妻に対して、ロマンティックにキスを落として去って行くとか。そんな展開であれば、まだ彼女も納得できたかもしれない。


 だが現実は睡眠薬だ。強制的に寝落ちさせられた。


 リリーアが寝ている隙に、ライナーはさっさと戦地へ向かってしまったので。彼女は大層腹を立てていた。


「機嫌治しなよリリーア」

「……いつもの、こと」


 二人は平素と変わらない――というわけでもなく。

 朝っぱらから、山積みにされた書類と格闘している。

 全国各地で問題が多発していたので、その対応に追われていたのだ。


「でも! こうしている間に、も――?」

「……大丈夫」


 書類の山から数枚を抜き取ったララは、リリーアの目の前にポンと置いた。


 いつぞやベアトリーゼへ手回しをした時と同じように、彼女はきちんと打開策を考えていたらしい。


「ふむ。連合軍」


 提案としては。

 出陣していない貴族と、その領地にいる兵を搔き集めるという作戦だ。


 リリーアの親族を中心に組むことになるが。中央から近い家には手付かずの戦力があるはずなので、それなりの数が用意できるだろう。


 王都の周辺では敵の姿が目撃されていないから、守備隊は少なめにしてもいいし。幸いにして水運が使える地域なので、二、三日あれば移動できる。


 というわけで、現実的に編成は可能。そんな計画書だった。


「ああそれ? さっき読んだけど、いいんじゃない? 私らが前線に行けば、きっとライナーも迎えに来るだろうし」

「……セリアと、ルーシェも」

「なるほど」


 冒険者も総動員する予定であり。A級冒険者である蒼い薔薇のメンバーは、当然その旗印になる。

 久しぶりに大暴れしてやろうという計画でもあった。


「……冒険、行きたい」

「こんな時でもないと、もう許してもらえないだろうからね」

「確かに」


 総出で最前線にくれば、ライナーでも驚くに決まっている。

 たまには彼の方が驚いてもいいはずだと、リリーアも頷いた。


 一応、表向きの名目としては。


「国の危機に対して、女王陛下と王族が立ち上がった。そんな話を聞けば、国民の気持ちも上向くはずだ。ですか」


 計画書にはそう書かれている。もちろん本当の理由は非公開だが。言っていることは正しそうに聞こえるし、アーヴィンを巻き込めば上手に説得してくれるだろう。


「いいですわね。これでいきましょう」


 リリーアも兵を興すことについて異論はないので。近場の貴族には片っ端から招集状を送ることになった。

 半日後には兵の一部が移動を始めて、輸送自体は順調だったのだが。





 作戦開始から一日が経ち。

 リリーアたちも現地に向かおうとした矢先に、事件は起こった。 


「敵が王都に向かっているですって!?」


 険しい山間部を抜けて、アンデッドの大群が進撃してきたという報告が入った。


 まさかこんなところを進んで来ないだろうという、断崖絶壁が続く難所を乗り越えてきたそうで。

 全くノーマークな箇所から侵入してきたため、対応が遅れたらしい。


 寝起きでそんなことを聞かされたリリーアは、跳び上がるほど驚いた。


「それね……うん、まあ、そうなんだけど」

「…………ん」


 先に起きていたララとベアトリーゼは、既に詳細な報告を受けたようなのだが。


 二人は何故か目を逸らして、気まずそうな顔をしている。


「え、あの。なんですの? その間は。私、とっても不安なのですが」

「後で話すわ」

「…………ん」


 先ほど起きた事件について語るのは、準備をしながらでいいだろう。

 そう決めて、二人は食事を再開する。


「いいから、まずは食べちゃいましょ」

「……ん」 

「え、ええ……?」


 戸惑うリリーアにも着席を促して、二人は黙々と朝食を取り始めた。







    ◇







 ララとベアトリーゼが言い淀んだこと。

 公国全域に激震が走るほどの事件を起こしたのは、レパードだった。


 時は更に数十分巻き戻り。

 ここは王都からセリアの領地に向かう途中にある、山の一角。

 平野部と山が交わるエリアだ。


 山脈で眠る青龍を野次馬から守るために、山の裾野へ砦を建築させたレパードではあったが。

 この砦は今、アンデッドへの防戦に使われている。

 そして敵の進入路近くにあったこの砦は、総攻撃を受けるハメになっていた。


「レパード様! 防壁に取りつかれました!」

「レパード様! これ以上は!」


 物々しい建物が完成した当初は、流石にやり過ぎたかと思ったレパードだが。

 今になって思えば、もう少し本格的にやってもよかったのかもしれない。

 などと考えているところだ。


「ああもう、俺に指揮なんてできるかよ。……そこの君!」

「は、私でありますか!」

「そうだ。見どころがありそうだから、総指揮官を任せる。今日から君が大将だ!」

「はっ!」


 王国から引き抜いた騎士に統制をぶん投げてから、レパードは簡易な椅子。床几しょうぎへどっかりと腰を降ろした。


「……なんでこんなことになったかな」


 ここ数年。もうこれが口癖になっている。


 ドラゴンに誘拐されて。

 子どもができて。

 結婚して。

 押しかけ女房がやって来て。

 伯爵になって。


 ふらふらし津々浦々を巡っていた、旅芸人だった頃からすれば。

 どうしてこうなったのかが一向に分からなかった。


「レパード様、もう青龍さんを置いて撤退しません? どうせアンデッドの攻撃じゃ傷一つつかないでしょうし」

「出産中の嫁さんを放って、逃げる旦那がいるかよ。死守だ、死守」


 既に内縁として知られており、レパードの妻という地位に王手をかけたミーシャからすれば。青龍を助けること自体に異論はない。


 しかし。通わせる心を失ったアンデッドが相手では必殺のテイムも通じないという話だし。

 そもそも対話のために、近づくことすらできていない。

 だから彼らには打つ手が無く、どう見ても不利な籠城戦を余儀なくされていた。


「普通は、武器を持って戦うのが普通・・なんだよな……」

「当たり前のことを言ってますね」


 上空に飛び上がって毒をバラ撒いたりだとか。敵兵を全員寝返らせるなどという、今までの戦法がおかしかったのだ。

 取れる手が無い以上、砦を活かしてギリギリまで防戦することに決めたのだが。


「ダメです! 門が突破されます!」

「撤退しやしょう! レパード様!」


 五百人が立て籠もる砦。それはもう陥落寸前だった。


 確かにミーシャが言う通り、青龍ならこの場に残していっても無傷で済む可能性は高い。脅威なのはあくまで数であり、ドラゴンの鱗を貫けるほどの大物はいないように見える。


 それに、続々と集まってくる敵は既に平野を埋め尽くすほどの数になっているが。山道を通ってセリアの領地へ逃れることならできるだろう。


 少なくとも、今ならまだ撤退は間に合うのだ。


 しかし、変なところで漢気のあるレパードは。妻を見捨てることを良しとしなかった。

 一方で自分の意地のために、五百人も道連れにしていいのか。そう悩んでいる。


「こんな時、ライナーならどうするのかねぇ」


 あの弟子なら、こんな状況へ陥る前に先手を打ちそうだが。

 陥ったとして、すぐに打開策を用意しそうな気もする。


 どうにもならずに空を見上げれば――西から大精霊が飛んでくる姿が見えた。


「あれ? 単独か」

「砦からは少しずれますね。王都の方に向かっているような」


 飛んでくるのは大精霊のみで、共に行動をしているというライナーの姿は無い。


 また、空を見上げたミーシャの見立ては正しく。大精霊は砦の上空付近を飛んで、そのまま精霊の社に向かおうとしていた。


「……はぁ。テイムが通じないんじゃあ、俺にできることはないし。こんなことなら俺も精霊の技とか覚えとけばよかった」


 自分のために命を懸けている部下は必死に応戦しているが、レパード本人の戦闘能力はゼロに等しい。

 何もできずにいる現状に、やきもきとした気持ちを抱えていたのだが。


「いや、無理か。習得に何十年もかかるって聞いたし」

「でも、ライナーはできてますよ?」

「アイツは色々おかしいだろ。そもそもテイムをこんな風・・・・に使うなんて発想、俺にはなかった――」


 と、そこまで考えて気づく。


「テイムの使い方? ライナー流にミーシャ流。そもそも誰か、試したことは……」

「レパード様?」


 慣れない書類仕事と、試行錯誤の繰り返しで頭の回転が早くなったのか。


 大精霊の姿がきっかけとなり、ここ三年ほどの経験が一斉に脳裏へ流れ出してきた。


「いや、待て。……もしそうなら、あとは声だけだ。大精霊の力があればイケるか? ララを奪還する時には確か。……うーん。これで条件、全部満たせるよな?」


 ぶつぶつと呟くレパードが考えをまとめる間にも、大精霊は速度を落とさずに飛行を続けている。


 大精霊は音速を少し超えたくらいの速さで飛行しているのだ。

 この分だとすぐに通り過ぎてしまうだろう。


 まだ思考はまとまっていないが、チャンスはこれきりかもしれない。

 ――こうなれば、ぶっつけ本番しかないだろう。


 そう決意した瞬間、彼は横で控えるワイバーンたちに指示を出した。


「ああもう、行っちまう! お前たち、大精霊の行く手を塞いでくれ!」

「ギュアッ」

「ギュエェェエエッ」


 とにかくまずは足を止めなければと、レパードは上空にワイバーンたちを放つ。

 外への連絡用に残していた、虎の子の十匹だ。


 行く手にテイムされたワイバーンたちが見えたことで、大精霊は狙い通りに速度を落としてくれたようだ。

 手を振ってアピールすれば、ふよふよと砦まで降りて来てくれた。


『ん? ああ、久しぶりだな。……確か、レナードだっけ?』

「レパードだ! っと、そんなことはどうでもいい。お前の力を貸してくれ!」

『あー、いやぁ。それはできない決まりなんだよ』


 精霊は現世に直接介入できない。

 できたとして、お願いできる範囲は小さなお手伝い程度だ。

 そして大精霊ともなれば、生半可な契約では動いてすらくれない。


「ああ、そうだよな。でも、例外ってものはあるだろ?」


 国のためとか大陸のためとか。

 手を貸してもらうためには、それなりのスケール感が必要になる。

 レパードも、そんなことは知っていた。


『死を見るのは辛いことだけどさぁ。今回は例外に当たらないのよ』

「大丈夫だ。今から俺が例外になる・・・・・


 全て承知の上で――レパードは、咄嗟の思いつきに全てを賭けることにした。


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