謎の力と気にしない夫婦



 領地の一等地にも屋敷はあるのだが、そちらは人間のお客様を出迎えることが専門の屋敷だ。

 レパードは近場にいたワイバーンに跨って、山の中腹にある本邸に向かった。


 彼の家は、山の岩肌を切り抜いて作られている。


 冬眠していた青龍の周りを少しずつ削り出していき。ドラゴンモードの青龍が普通にくつろげる洞穴を、丸一年かけて整備した力作だ。

 中身の見た目は城の広間に近く、レパード自身も快適に生活できる空間である。


「いやー……本当に、どうしてこうなったかな」

「よく分からんが、ダーリンから柔らかなオーラが出ているな」


 レパードが家に帰れば、つい先日第一子を出産した青龍が迎えてくれた。

 そうして共に茶を飲んで、一息ついたところでこの会話である。


 最近己の身に何が起きているのか不安になっていたレパードは、妻から返って来た返答にがっくりと肩を落とした。


「なんだよオーラって……」

「目には見えぬ力だな。まあ、魔力と似たようなものか」

「それが俺の身体から出てるって?」


 自分の手を見つめてグーとパーを交互に作り、力を入れたり抜いたりしてみるが、見た目は一向に変わらない。

 目には見えない力ならば、まあ当たり前かと思い直した彼に。青龍はあっけらかんと言う。


「聖剣とやらが放つ波動に似ているな。例えるならダーリンの後光だけで聖剣十本分くらいか」

「いやいや、単位がよく分からねぇって。それに波動って何だよ……もっと分かりやすい例えはないのか?」

「ふむ、例えば……」


 聖剣と言えばアンデッドに効きそうだが、亡者たちも普通に首を垂れてくる。

 これは具体的に何の力なのか。


 初級魔法の一つも使えないレパードが、もっと身近で分かりやすい例を期待していると――少し間を空けて、青龍はポンと手を叩いた。


「ダーリンの足を掴んで振り回せば、そこらの新兵でも城壁を一撃で粉砕できよう。なろうと思えば聖剣の代わりになれる」

「えっ」


 とうとう例え話ですらなくなった。

 今の自分が聖剣の代用品として使用できると聞いて。どういうリアクションを採ればいいのかは彼にも分からず。

 レパードは数秒経ってから、青龍に聞き返す。


「いや……え? 聖剣? 俺、破城槌はじょうつちみたいな扱いなの?」

「それくらいのエネルギー量だ。もっとも、何が強化されているわけでもない。だからその力が何に使われているかは分からないのだが……テイム関係だとは思う」


 テイムのスキルが絶好調過ぎることと何か関係があるようだが、悠久の時を生きる青龍ですら初めて見る類の力らしい。


 確かに身に覚えがあり過ぎるレパードだ。

 どう考えてもテイムの力が爆上がりしたことと関連はあるだろうと、一瞬で納得した。


 いつの間にそんな超パワーを得たのか。

 知らないうちに得た力へ、空恐ろしいものすら感じたレパード。

 彼は思考の海へ沈みかけたものの――


 ――前方から聞こえてきた泣き声で、すぐに現実世界へ戻って来た。


「あう! あううー!」

「お、おお? なんだ、おしめの交換か?」

「待つのだダーリン。この泣き方なら腹が減ったのではないか?」


 超常の力がどうであるとか、聖剣に似たオーラがどうであるとか。

 そんなものより娘のご機嫌が大事な二人は、早速子どもにかかりきりになり。

 数分後には謎の力のことなど、頭の片隅にも残っていない有様だった。


 で。



『……いや、そこはもっと気にしろよ』


 一方で。遠く離れた王都から音声を拾っていた風の大精霊は、力なく明滅した。


 取り扱いを間違えれば世界が滅亡するほどの力であり、下手をすればライナーか、光の精霊神にしか止められない。

 レパードはそんな能力を取得しているのだ。


 向こう側には声が届かないと知りつつも、大精霊は文句を抑えられなかった。


『原因はアレだと思うけど……うわ、どうしよう。ライナーは何してんだよもう!』


 時空の影響を受けない大精霊は、何があって・・・・・あの力を得たのかを知っている。

 未来で得た能力が時空を超えて、過去にも影響を及ぼしている時点で――ライナーと同レベルで法則をぶち破壊しているのだ。


 アレは本来、この世界には存在しない類の力であり、世界的には異物でしかない。

 放っておけばそれこそ、邪神や魔王が復活するレベルの歪みを生み続けていた。


『うーん、まあ、いいか。そのうち何とかなるだろ……うん。気にしない気にしない……オレしーらないっと』


 が、世界の安定と調和を司る大精霊は、意外にもこれをスルー。


 とある出来事へのトラウマから、彼女はレパードのことを天敵とすら思っていた。

 そのうちあの速度の・・・精霊神・・・が何とかするだろうと、現実から目を背けて。彼女は献上されたお菓子の山へ飛び込んだ。






    ◇






 そんな日々が続くうちに、更に異変が起こる。


『……ますか。』

「あん?」

『聞こ……ますか』


 レパードが屋敷の外から返って来ると、その辺の、何でもないただの岩肌から声が聞こえた。


 レパードの周囲には誰も居ないようなのだが。

 声の発生源を探すと、壁にルビーのような宝石がついたネックレスが埋め込まれているのを発見する。


「えっと……?」

『今、貴方の心に直接語り掛けています』

「は?」


 ということで、レパードはアクセサリーの声が聞こえるようになり。アクセサリーに対するテイムができるようになった。


「レパード様ぁ、何ですそれ?」

「ついさっき、岩に埋まっていたのを見つけたんだけど……」


 そのタイミングで麓の街へ買い出しに行っていたミーシャが戻って来ると、手にしたネックレスを目ざとく見つけて。

 ミーシャの姿を確認した宝石からも、何故か咎めるような声が聞こえてきて。


『レパード様、何です? この女は』

「うーん、古いデザインですね。お宝じゃないですか?」

『品がありませんね。間違ってもプレゼントには使わないでください』

「お、おう?」


 他の人間にはネックレスの声が聞こえないと分かり、一方通行の会話に激しく混乱することになったり。


 次の日。

 朝の散歩に出かけると、森の中で偶然に、岩に突き刺さった剣を見つけて。


『小僧、儂の力を使え』

「え? いや、使うって、何に……」

きたるべき時が来れば分かる』

「ええ……」


 ということで聖剣をテイムして。よく分からない使命を授けられたり。


 更に三日後。

 レパードが歩いていると、突然道端に大穴が開いて、地下遺跡に招待された。


『僕たちの、命運を、君に託、す……』

「ちょ、ちょっと待て! これは流石に意味が分からない!」

『頼んだ……よ――』

「おおーい!?」


 突然の落とし穴で地下空間に落下したかと思えば。古代文明の遺跡に誘い込まれた挙句、謎の機械生命体から見込まれて。

 何に使うかも分からないゴーレムの指揮権を委譲されたレパードは戸惑っていた。


 もう滅茶苦茶だ。


 遠い地にいる魔物を呼び寄せるどころか、アクセサリーでも剣でもロボットでも。おかまいなしでテイムできるようになってしまったのだ。


 彼らに対しても自動テイムが発動しているため、各々が勝手にレパードを見込み。それぞれが何らかの使命を授けていった。

 しかし当然レパードには、一連の流れの全てが意味不明である。


 ここまで来れば流石の彼も、己の身に起きている現象に恐怖を覚えた――が。


「ダーリン、こんなところに――お? 古代文明の遺跡か。珍しいものを見つけたな」

「あ、あの、何か鍵を貰ったんだけど」

「便利な絡繰りを動かすキーだな。小型のものが見つかれば、我が子の遊び相手に丁度いいかもしれん」


 穴が開いた地下に降り立った青龍がそう言えば、レパードもはっとした表情になり。


「そっか、友達は必要だよな」

「うむ。あの小僧どもの子らが生まれるのはまだ先だろうからな。寂しい思いをさせたくはなかろう?」

「そうだな。犬は情操教育にいいって聞いたけど、狼の魔物だとアレだし……お人形さんを連れて帰るか」


 無駄に適応力が高いレパードと、細かいことは一切気にしない青龍。


 この夫婦、気づけば古代の超文明そっちのけで、子どもの話題になり。


「そろそろオモチャとか買ってやるべきかなぁ」

「それこそゴーレムでよかろう。折角だから色々と物色していこうか」


 命運がどう、とかの話は一瞬で忘れ去られた。


 今彼らの目前にあるのは、古代人が英知の結晶をつぎ込んで開発した兵器ではなく――子どもの興味を引くための、動く人形である。


 話せたり、飛べたり、目からビームが出るなどという機能は全てオマケだった。







『ぐ、ぐぬぬ……、つっこまん。絶対に、オレはつっこまんぞぉ……!』


 危険人物としてレパードを監視していた風の大精霊は。

 本当に色々と言いたいことがありつつも、基本的にはずっと静観していた。

 

 しかし、色々とあり得ない事態へ立て続けに遭遇しているというのに、この夫婦はまったく動じる気配が無いし。

 配下たちはレパードの言うことが絶対なので、疑問を持つというアクションを忘れてしまっているようなのだ。


 誰もストップをかけないのだから、我慢の限界は早々に訪れた。


『ぬがぁぁああ!! おかしいだろっ、おかしいだろっ!? 道を歩いていたら突然穴が開いて地下に放り出されて古代文明の遺産と遭遇して何かの使命を託されて意味深な言葉を聞いた後だってのに、どうしてそこでオモチャ探しなんだよっ!』


 最初は夫婦に対して驚いていた大精霊も、ここまで来ればやきもきして、そのうちイライラして。

 彼女はどうしてもツッコミたい衝動が抑えられなくなった。


 精霊の社の中で上下左右に激しくバウンドして、全身で「違う、そうじゃない」という気持ちを表現している。


『ああもう、どうしてそうなるんだッ!? どうなってんだ今の人類!?』


 しかし相手はあの・・レパードだ。

 ライナーに次いで、何をしでかすか分からない人物筆頭である。


『誰かっ、誰かー! この領地に常識人を連れて来てくれぇ!』


 大精霊としては下手に動けないのだが。この人外魔境に対しては、味方であるはずの公国人からですら近寄りがたいアンタッチャブルな場所なのだ。


 何かアクションを起こそうか、それとも全部忘れて何も見なかったことにするか。

 大精霊はもう、悩みに悩んでいた。


 結局。彼女が疲れた様子で光の精霊神の元へ助けを求めに行ったのは、この三日後のことになった。


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