伯爵様と代官
「最近調子がいいなぁ」
無事に伯爵となったレパードは、そう言いつつも晴れない表情をしていた。
それもそのはず。調子がいいのは間違いないが、いささか
「バウアウワウ!」
「アオーン!!」
「おーよしよし、今日は狼たちかぁ」
王都から自分の領地へ向かう途中では、山や森を通る。
自然が豊かな地域ではあれど。ライナー肝いりの開発計画によって道は整備されているので、移動自体には何ら問題ない。
しかし、彼が道を歩けばそこら中から魔物の群れが寄って来て――勝手に服従していくのだ。
自らテイムされに馳せ参じて来るのだから、レパードは困惑していた。
「やっぱり調子が良すぎるっつーか。……お、なんだ? 背中に乗せてくれるのか? いや、でも……おい喧嘩すんなって」
ひと際大きい群れのボスがレパードを背に乗せようとすれば、今彼が騎乗している馬の魔物――体長四メートルほどで、八本足の大型種――は全力で威嚇していた。
新参などにお役目は譲らないという確固たる決意すら見えるようだ。
ちなみに彼が騎乗している魔物はA級下位の魔物であり、よく訓練されたベテラン騎士の中隊を、あっさりと蹴散らせるほどの力を持つ。
この馬も、二ヵ月ほど前にふらりと現れて、レパードのことを勝手に主と認めて臣従するようになった個体だ。
今駆け寄ってきた狼のリーダーも、どこぞの名のある
近場では見ない種類ではあるが、彼らもレパードに導かれるようにして、この地にやって来たのだ。
「どっからやって来たんだよ、お前ら」
「ガルルァ!」
「ゴアッ!」
「そうか、山脈を越えてきたのか……。帝国の方には行ったことがないからなぁ」
見たこともない種類の狼に、快適な住環境は用意してやれるだろうかと不安になるレパードだが、そこは代官の仕事だ。
彼には街づくりをどうこうする知識が無いので、迎え入れたあとの処理は彼の手が及ばない範囲だった。
「ケビンの奴に、また仕事を頼まなきゃいけないのか……。……そろそろ刺されても文句は言えない気がする」
そもそも彼が考えるテイムとは、誰とでも友人になれる能力――だったはずだ。
中でも一番おかしな点は。《テイム》の調子がどうというよりも、既に別の力――広域洗脳能力と化しているところだ。
山越え谷越え海を越え、あらゆる生物が自分からテイムされにやって来る。
力が強い者ほど遠方からやって来るのは、何か惹かれるものがあるからだろうか。
ともあれこの力が何なのかは不明だし、効果の範囲など本人にも分からない。
全くの制御不能状態であり、少なくとも山脈を越えて他国にまで影響が出ているようなのだ。
レパードは外交問題に発展しないかと、気を揉む日々を過ごしていた。
「人間は無意識のテイムじゃダメだってところが救いか」
「ガう?」
「まあ、色々あんのよこっちにも」
特に何をしたわけでもなく、ある日突然に覚醒したものだから。レパード本人は大いに戸惑っているところでもあったのだが。
「はぁ……ん? 今度はキラー・ベアか。そっちからはスケルトン? いけねぇ、立ち止まっていたらどんどん大所帯になっていくわコレ」
森の仲間が大集合してレパードに付いていくので、彼が表を歩く度に
各々が仕事をして外貨を稼いでいるので、領地の運営自体は問題無いのだが。領地の支出の七割は食費だし、それは他の領地から毎日ピストン輸送されている。
仲間を食うわけにもいかないため、とにかく食料の確保が課題になっていた。
「……まあいいや、行くか」
「アォーン!」
「ヒヒィン!」
「グォォアアア!!」
共食いなど許されないので、食料は全て他領からの輸入だ。
輸入業の差配も、当然のこと代官に頼んである状態である。
代官に頼む仕事がどんどん増えていくが、頼み過ぎな自覚はレパードにもあった。
だから彼は、重い気持ちで領地までの道を進んでいく。
◇
「気が重いけど、登録しないわけにはいかないからな」
アーヴィンから代官を紹介されて以来、領地はレパード自身が何をせずとも回っている。
というよりも、これ以上領民が増えてくると処理が追いつかないので、代官としては何もせずに屋敷でじっとしていてほしいくらいだった。
――まあ、屋敷に居たところで、窓際に立てば鳥たちがやって来るのだが。
ともあれ。領地に着いたレパードは新たな仲間を従えて、政務を行う庁舎に向かう。
折よく入口で代官を見つけたのだが、レパードと顔を見合わせた瞬間。代官であるケビンという青年は絶句していた。
「よ、ようケビン。こいつらの登録を頼みたいんだが。えーと、今回増えたのは三十五名か」
「れ、レパード様、またですか……!?」
「いや、そんな顔しないでくれよ。俺も、増やすつもりはなかったんだって」
レパードが帰宅すると、一度代官であるケビンの元へ向かう。
増えた仲間たちを住民として登録するためだ。
王国の騎士爵家出身である代官が、身をわなわなと震わせながら主人を出迎えて。付いてきた魔物たちを登録していくのが日課となりつつあるのだが。
しかし住民が増える度に、ケビンは絶望の表情を浮かべるようになっていた。
「どうして…………こうなったのか……」
「あ、あはは。いや済まん、本当に」
この領地の主な産業は、魔物素材の輸出になっている。
魔物たちから毛や卵などの素材を分けてもらい、それを商人に売れば莫大な財産になるのだ。
例えば一匹現れるだけで街が壊滅するA級の魔物が、レパードに撫でてもらうために自らの角を折り、鱗を剥ぎ、毎日献上しに現れる。
当然素材は高値だし、普通はそんな魔物をテイムすることはできないので、産業の競合相手もおらず。
産み落とした卵なども集まってくるので、国内外の美食家からも大人気だ。
ケビンはそんな裕福な領地で何不自由なく、高給取りの代官ができる――
――はずだったのだが。
「そ、それじゃあ、後は頼むぜ? 俺はこれでっ!」
「お待ちくださいレパー――わ、ワイバーンたちが、コラっ! 離れろ!」
説教を受ける前にさっさと走り去ったレパードを捕まえようとして。
しかし周りの魔物たちからブロックを受けて、領主を取り逃がした代官は立ちすくんだ。
彼、ケビンが貰っている年収は、平均年収の二十倍ほどだ。下手なA級冒険者よりもいいお給金である。
王国に居た頃に比べて、随分と羽振りのいい生活ができていることは事実。しかしその給料には、もちろんそれなりの理由があった。
「ああ。レパード様が、行っておしまいなされた……本当に、どうしてこうなったのだ」
何せ、他領と折衝ができる人間は、今のところ彼のみ。
領民が数万人もいるのに、それをまとめる政治家。文官は彼一人だけなのだ。
既にテイムされていた人材は、レパードへ仕える喜びでハッピーになっていた。が。
逆に言うと、まともな神経をしている
「う、疑うべきだった。何故、私はこの条件で、
王国から公国への鞍替えが遅れた最下級の貴族。
そんな彼に、公国で一番稼いでいる領地の、ナンバーツーのポストが用意された時点で、何かを疑うべきだった。
唯一無二の人材である彼には、様々な苦難が圧し掛かった。
領地の収入が凄まじい反面、食料を供給しているルーシェの領地からは毎回のように「量を減らせ」と小言を言われているし。
商人の差配から政策の決定までの全てを、レパードはケビンに丸投げしているし。
しかも毎日怒涛のように異種族が増えていき、それに合わせた都市計画は壮絶の一言である。
大工の手配や区画整理も当然、全て彼がやることになっていた。
「ガウァ」
「グルルァ!」
「寝床はどこだって? 狼たちは東の森エリアだ。後で案内するが、縄張りは各自で調整してくれ」
オマケに新しい住民の家を用意するのが彼の仕事なら、野生と区別するために、首輪やら名札の作成を命じるのも彼の仕事だ。
レパードお抱えの私兵たちは単純作業でこそ凄まじい威力を発揮するが、頭脳労働はできない。
だからこの領地は深刻な文官不足に陥っている。
そのためケビンは、本来五、六人の家臣で分担する業務を
「グルゥア」
「ガルルァ」
「分かった分かった。昼食は用意しておくからそれまで待て。先に急ぎの決裁があるんだ」
経営についてズブの素人であるレパードは、一切何も政務に触れていない有様だ。
しかし代官が悪事を働くこともなく。
というか、そんなことを考える暇も無いくらいに多忙を極めているので、今日も領地は平和そのものだった。
「グルルァ! グルルルルゥ!」
「ガァ!」
「ああ、もう。そう言われても困るぞ。私とて、特定の種族に肩入れはできないのだから」
とまあ、こんな風に。
レパードと領地は儲けているし、買い手もレアな素材や食材が安く手に入る。
配下たちは労働の悦びを感じて――テイムされていないケビンにも、多額の給料という形で恩恵がある。
公国の中でも特に異彩を放つ、異質で歪な地域が生まれてしまったのだが。
関係者が全員ハッピーなことだけが救いだったのかもしれない。
「――って、私は何故狼たちと、普通に意思疎通ができるのだ!?」
「
「気にすんなよ、じゃない! いや待て、だから何で私は……うがぁああああ!?」
毎日魔物と過ごすうちに、ケビンはもう魔物と会話できるレベルになっていたのだが――それはそれだ。
段々と、主人と同じ人外の方向に歩みを進めている自覚が出てきたのか。
ケビンは頭を抱えて吠えたのだが。
ついでに言うと、彼がテイムの能力に目覚める日は近いのかもしれない。
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レパードの領地に対して。公国民は「あの領地ヤバいぞ」と知っているので、文官の現地採用が厳しい現状にあります(白目)
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