スキルとは何か
「困ったことになりました」
「全知全能の精霊神がそんなことを言うと、シャレにならない気がするが」
疲れた様子の大精霊に導かれて、ライナーは精霊の社にやってきた。
玉座の間に通されたかと思えば、開口一番でこれだ。
「まあいい。用件を聞こうか」
精霊神は温和でフラットな顔をしているのだが。今日の彼はライナーの目から見ても分かるくらいに、困った表情を作っている。
「このまま行けば、世界の調和が崩れます」
「
「現状では二か、三といったところです」
現状ではという言葉から鑑みるに、放っておけば影響は増すのだろう。
早めに手を打った方がいいと判断するライナーに向けて、精霊神は続ける。
「原因はライナー。貴方とレパード。それからノーウェルの三名です」
「ふむ。俺が色々な人物の運命を捻じ曲げたことから、新しい歪みが発生することは想定していた。が、師匠たちもか……」
お前、自分の行いでどういう影響が出るのか、分かった上でやってたんかい。
というツッコミをしたい大精霊だが、神の前なので当然口をつぐんだ。
さて、ライナーは何となく理解していたものの。再説明とばかりに精霊神は仕切り直す。
「まず、この世界には本来の歴史があります。それを捻じ曲げる毎に生まれるものが、あの歪みですね」
「俺が精霊神になる前から世界が歪んでいたと言うことは、そちらで何か手を加えていたんだろ?」
「ええ、その通りです。……星の滅びを回避して、未来を拓くために。文化や文明の形を変えて。同じ世界で違う道を、何度も歩み直して来ました」
世界が闇に覆われて、滅びたらまた新しい世界として生まれ直す。
鳥が世界を支配して滅びに負けたなら、次は人間を支配者にして立ち向かう。
というような、ある種シミュレーションゲームのような試みがあったわけだ。
そんなもの、本来の人類がどういう道を辿るのか知らないライナーでも、確実に歪みは発生すると分かる。
しかし今までに起きた問題については、ライナーが全て清算した。
見事に人の器を持つ精霊神こと、ライナーが爆誕したので。これで
「今までも、本来の形から逸脱して。魔法に特化した世界や。科学に特化した世界を作ってきたものです」
「そう言うわりに、この世界は随分と発展が遅れていたようだが」
「今回は学問体系ではなく、支配者そのものの強化を試みた世界ですから。それ以外には何も発達していなかったのですよ」
「……強化?」
ライナーが異世界の知識を読み漁った時に知ったもの。
例えば科学技術の発展した世界における人類が、無強化状態だとして。
自分たちが持つ身体能力との間に、何か違いはあるのかと考えれば。
――当たり前に使われている、一つの力に思い至った。
「スキルのことか」
「そうです。《身体強化》や《高所作業》、《テイム》などもスキルの一つですね」
「それは分かったが、話が見えてこない。一気に説明してくれ」
相変わらず速さ以外の何も考慮していない男は、遠慮なく先を促し。
苦笑しつつも、精霊神は先を続ける。
「要するに今回は、人類に《スキル》という力を与えたらどうなるか。その実験をしていたのですが。我々の想定を超えて、頑張り過ぎたのですよ」
困ったように笑う精霊神が、指を三本立てて言うには。
「スキル以外の方法で、世界を救ってしまった者」
「俺だな」
「想定していた、スキルの限界を超えてしまった者」
「レパード師匠か」
「スキルに頼らず、人類最強にまでなってしまった者」
「ノーウェル師匠のことか」
精霊神になることで、滅亡するはずだった世界の時空を巻き戻し。
ついでに今まで蓄積していた歪みを、全て正常化したライナー。
生物と仲良くなりやすいだけのスキルを極め過ぎて。
敵対生物だろうが無機物だろうが構わず服従させられるようになったレパード。
スキルを使わずとも人類最強格となり。
その状態でスキルを発動したため、人類の限界値を超えてしまったノーウェル。
三人の獲得した力が、巻き戻した時間を飛び越えて世界滅亡レベルの影響を与えている。
と、精霊神は真顔で語った。
「いずれも想定外のイレギュラーです。……歪みの原因が。世界救済の立役者たちにあるというのも、因果なものですが」
次に訪れる世界滅亡の危機。
それは図らずも、世界を救った功績者たちのせいで訪れる――という発言を受けて、ライナーはメモ帳を取り出す。
『おいライナー。主上様が話している途中だぞ』
「待ってくれ。この展開は次の劇に使えそうなんだ。この話だけメモしておいて、あとは精霊神の話を聞きながら――アレンジを数パターン考えてみる」
『自由かこの野郎!』
どうせ何があろうと対処できるだろうと、ライナーは余裕をかましていた。
十の歪みで全宇宙を巻き込んだ戦争になるなら、二や三だと精々が太陽系か、天の川までだ。
その程度の問題なら一秒以内に解決してやる。
と、もう次の危機は救える前提でいたらしい。
「小世界で実験をしましたが。ライナー、レパード、ノーウェルの三名が、現在に近い形で集結した時のみ、滅びを免れるようですね」
これには精霊サイドもビックリだが。精霊神はフラットな声で会話を再開した。
「それがこの世界の正しい道のりだった、というエンディングでいいのでは?」
「そうもいきません。次の歪みは、今の貴方たちを基準にして生じるので」
ライナーが好き勝手をして暴れまわれば、次は敵も超光速の世界に順応した形で生まれるということだろう。
それを繰り返せば、敵が無限にレベルアップしていくのだろうな。
と、全平行世界一話が早い男は一瞬で理解した。
「しかしまあ、あの時ほどの悲壮感は感じられないのだから、何かしら防ぐ手立てはあるんだろ?」
「ライナーとノーウェルに、大人しくしてもらうしかありませんね。レパードの道だけは、この世界が上位に発展したと言えますから。誤魔化しが利くとすればそこだけです。……しかしそれだけでも、随分と違いますよ」
精霊神がセットした、人類を強化するための仕組み。
スキルを極めた先にいるのがレパードであり、それはこの世界の正統進化と言える。
エネルギー源が蒸気機関から石炭、石油、原子力と移り変わったように。
スキルを次の段階に昇華しただけの彼だけならば収拾はつく。という話だった。
「そういった意味では、彼が原初となりますね。この世界で初めて、明確なスキルを手に入れた者。道を切り拓いた者――ですか」
「なるほどな」
ノーウェルはスキルに対して、「誰に与えられた力だ」と不気味がっていたが。
そのような疑問を抱く人類はごく少数であり、当たり前に受け入れられている。
スキルを付与したらどうなるか確かめるのが、この世界の役割なのだとしたら。それに抵抗するノーウェルは、さしずめレジスタンスだろうか。
よくよく考えればライナーも、スキルが存在していることについての疑問が湧いてきたのだが。
そこを究明するのは趣味の世界だろうと、軽く受け流していく。
「俺については精霊神の技を極力使わず、ノーウェル師匠に対しては……戦うなと言っておけばいいのか?」
「出来得る限りで構いませんよ。そうですね……規模としては。国の命運を変えるほど大きな動きでなければ、私の方で何とかできると思いますので」
つまりはライナーたちが好き勝手にやった結果の尻ぬぐいを、精霊神がしてくれるという話らしい。
が、ライナーは一瞬で分かった。これは取引だと。
「見返りは?」
「貴方が生前にかけた苦労の分、死後も働いていただこうかと。神々の寄り合いにも顔を出していただきます」
「悪魔の取引か……」
「はは。いえ、もう一生分くらいで構いませんので」
1390京21歳になったライナーにとって、人生もう一回分。百年そこそこ仕事をすることなど、安いものとしか言えない。
だが基準が
詐欺に引っ掛かるのはA級冒険者パーティ「蒼い薔薇」のお家芸のような気もするが。見えている地雷に飛び込むことはないと、ライナーはメモ帳を構えた。
「よし、ならば契約書を書こう」
「契約書、ですか?」
「ああ。俺が死後、どれくらい働けばいいかについて、取り決めをしておこう」
『お前なぁ……』
呆れる大精霊を横に置き、非常に事務的な話合いはスタートした。
とはいえ、取り決めの内容はそう多くない。
合理的な契約の結果として、契約期間は千年。
そして、「迷惑をかけた分だけ仕事の期間を上乗せ」という文言が盛り込まれたのだが。
『アイツ、自分がどのレベルで影響出してるのか分かってるのか? 下手すりゃ数千億年……いや、いいや。何も見なかったことにしよ』
と、最近磨かれて来た
風の大精霊は、精霊神二人の契約合意から目を背けていた。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
序盤から度々出てきた、スキルについての説明がふわふわしていたのはこの設定のためです。
あまりにも当たり前に世界に存在しているため、誰も改めて検証しようとしてはいない状態でした。
ちなみに、原初のスキルを手に入れたレパードがどうなったのか。
来週末に公開予定の「落ちこぼれの成り上がり」二章の前半で明らかになります。
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