第十四話 挑戦は終わった



「さて、トリック十連発。見事披露し切った私には、ご褒美がいただけるとか?」


 項垂れるドラゴンの前に立ち、ライナーはいくらか普段通りのテンションに戻って言う。


『グルル……仕方があるまい。龍にとって契約は絶対だ。好きな物を言うがいい』

「では、逆鱗を頂戴したく」

『ム? そんなもので良いのか?』

「ええ、討伐証明部位・・・・・・ですから」


 親ドラゴンは右腕を喉元にやると、髪の毛を一本抜くくらいの気軽さで逆鱗を摘まみ、それをライナーに手渡した。


『ああ、なるほどな。そろそろ茶番の季節か。それで最近人間を見る機会が増えたわけだ』

「左様で」

『……はぁ、面倒な』


 面倒くさそうに父親ドラゴンが溜息を吐いたのだが、吐息には火炎が混じっていた。

 小さなブレスが簡易なテーブルを燃やし、用意したマジックの道具が燃え上がる。


「おっと、水、水!」

『あはは! 燃えてる燃えてる!』

『がんばれー!』


 子どものドラゴンたちは、それすらも大喜びだ。

 恐らく今日を境に、彼女らの頭には「人間=面白いことをする妖精」のような図式ができあがったことだろう。


『全く……ん?』


 さて、ここでようやく親ドラゴンが、リリーアたちの存在に気付く。


『あらぁ? お客さん・・・・かしらぁ……』

『なんじゃあ、うぬらは』

「あわわわわわわ」


 先ほどまでのコミカルな雰囲気から一転。

 牙を剥き出しにして唸る姿は、人間などおつまみ感覚で捕食しそうな凶悪面だ。


 勝てない。


 本能でそう直感したリリーアは、一瞬で恐慌状態に陥った。


「わー、リリーアが人様にお見せできない顔になってる」

「ふざけてる場合か! 来るぞ!」

「……いや、だってねぇ。ライナーこれどういうことよ」


 子どもなだけあって順応が早いのか、リリーアを茶化したベアトリーゼは、ドラゴンのことも気にせずに半目でライナーを睨んだ。


「赤龍様を相手に、出張公演だが」

「私たちが受けたの、撃退の依頼よね?」


 それがどうしたら手品を見せることになるのか。

 当然の疑問を口に出したベアトリーゼに、淡々とライナーは言う。


「撃退とは退ける、追い払うという意味だ。戦わずとも移動してもらえば依頼は達成なのだから、この方法が最効率。これが最速だ」

「ええ……」


 しゃあしゃあと言ってのけたライナーに対して、ドラゴンたちは殺気を抑えて言う。


『なんじゃ。ぬしの仲間か』

「ええ。もう話はついたので、我々もこれで引き揚げますね」

『あら、お構いもできませんで。……そうだ。コレは荷物になるから、持ち帰ってもらえるかしら?』

「承知しました」


 母親ドラゴンが指した空間を見れば、龍に挑んで返り討ちにあったであろう、貴族や冒険者たちの装備品が転がっている。


 どれもこれも一級品で、売ればそれなりの値にはなりそうなお宝だ。


 しかし、先祖代々の剣だの家宝の槍だのと、そんなものドラゴンにとって無用の長物なのは間違い無い。


 話がまとまったところで、ドラゴンたちは感慨深げにしみじみと呟いた。


『人が来るということは、この辺りにも街ができたのですね』

『月日が経つのは早いものよな……。お、そう言えば八十年ほど前に青龍の奴が、南の方で国が滅んだとか言っていたな。次は南に行くか』


 八十年も経てば別な国が入植していそうなものだが、まあ、移住先がどこかの国の領土になっていたら、そこは現地の人に何とかしてもらおう。


 などと思いながら、ライナーは戦利品を集め始めた。


 話が見えない蒼い薔薇のメンバーは混乱するばかりなのだが、事情を話して再起動させた方が早いとばかりに、ライナーは自身の作戦を説明していく。


「まあ、事情を説明するとだな」


 ライナーの作戦とはこうだ。


 まず背負子の中に入れていた、銘酒を親ドラゴンに献上。

 大体のドラゴンは酒好きと聞くので、最高級のものを用意した。


 次に、娯楽の少ない山奥に住んでいるドラゴンたちへ向けて、話を持ち掛ける。

 

『娯楽に手品を披露しましょう。トリックを見破れなかったら、褒美を一ついただきたい』

『いいだろう。見破ったらキサマを丸かじりだ』


 そんな話をしてから、背負子の中にしまっていた正装に着替えて手品を十連発だ。


 ドラゴンはプライドにかけて、契約を絶対に守るという話も聞いていたので。この後はライナーの腕次第。真剣勝負で打ち負かして退去を願う。


「ここまでが俺の作戦だ。あとは流れだな」


 見事に彼らの目を欺いたので、討伐証明部位をお土産に貰い、それから別な地域へ移ってもらうように交渉する予定だった。


 しかし蓋を開けてみれば話は単純で。ドラゴンたちも面倒を嫌ったのか、交渉すらなくあっさりと引っ越しを決めた。


 しかも「引っ越しの時に捨てる粗大ゴミ」という名の、お宝までいただけることになったのだ。

 話が早い上に、結構な額の収入になりそうなのでライナーはご満悦。以上である。


「何ですの、それ……」

「ドラゴンは、面白い存在には寛容らしいぞ。まあ、それでも手品に失敗したら殺されていたんだ。今月のテーマには合っていると思うんだが」


 彼らが掲げる今月のテーマは何だったか。

 挑戦である。


 失敗すれば命を失う賭けだったのだから、十分にチャレンジしたと言えるだろう。

 と、ライナーが当たり前のような顔をして向き直れば。


「……違いますの、そうではございませんの」


 リリーアはよよよ、とでも言わんばかりにへたりこんでしまった。


「……まあいいや、くれるってんなら貰っておくか」

「……そうですね」


 失意の中にいる彼女を尻目に、各々は戦利品を拾いに行く。


 かくして、大道芸人ライナーの挑戦・・は終わった。






     ◇






『では、さらばだ』

『またねー!』



 明け方になり、南へ飛び立っていくドラゴンを見つめるリリーアの背中は、どこかすすけて見えた。


 そんな哀愁漂う一幕もあったが、依頼は無事に終わったのだ。


 ライナーたち六人は、背中に戦利品がぎっしり詰まった風呂敷を背負って、街に凱旋することになった。


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