第十三話 これが最終決戦



「遅すぎますわ」

「もう、夜になっちゃったね」


 昼時に出発したライナーではあるが、彼は陽が落ちてもキャンプに戻っては来なかった。

 毎回きっちり一時間ほどで帰還する男が、今日に限って帰りが遅い。


 いつもとは違う状況に、彼女たちの不安はピークに達しようとしていた。


「……何か、あったのでしょうか?」

「ドラゴンに、やられてたりしてな」

「セリア。縁起でもないことを言わないでくださいまし」


 どこまでも図太く、殺しても死ななそうなライナーではあるが。相手は最強種族の飛龍種だ。

 ドラゴンが相手では毒の通りも悪いだろうし。貧弱なライナーでは、出会った瞬間に殺されている可能性まである。


「……行こう」


 最悪の可能性が彼女たちの頭を掠めていく中で、ララが真っ先に動いた。

 大盾と剣を背負い、他のメンバーにも出発を促す。


「危険ですが、私たちが言い出したことですものね」

「そうだな。どの道戦うことになるんだから、ここで待っていても仕方がないや」

「ううっ、やだなぁ。誰よ、今月のテーマが挑戦とか言い始めたのは……」


 ベアトリーゼが怯え混じりにそんなことを言えば、リリーアはさっと目を逸らした。

 調子に乗ったところはあると、自覚していたからだ。


「あ、蒼い薔薇は貴族の誇りに賭けて、決して仲間を見捨てませんわ。さあ皆さん、行きましょう!」

「自発的に言えたら格好良かったんだけど」


 呆れ混じりにセリアも斧を背負い、彼女たちは暗い山道を歩き始めた。





     ◇






「セオリーで言えば、夜の山歩きは避けるべきですが……」

「致し方ありませんわ。注意して進みましょう」


 幸いにして今夜は満月だ。

 周囲は明るく照らされているので、目を凝らせば足場を確認することはできる。


 彼女たちはララを先頭にリリーア、ベアトリーゼ、ルーシェ、セリアの順で順調に山道を進んでいった。


 これはライナーが加入する前によく使っていた陣形で、彼女たちは自然とこの形を取っていた。


「ドラゴンって、どんな奴だろうな」

「伝わっている伝承は、どれもあやふやですからね。言葉は通じるらしいですが、それすら本当かどうか」

「命乞いが通じる相手じゃなければ、言葉が伝わっても伝わらなくても同じよ」

「違いない」


 軽口を叩いて恐怖を紛らわせつつ、山頂を目指して進み続けた。


 しかしこれから死地に赴くこともあって、どことなくしんみりとした雰囲気が流れている。


「なあ、アタシさ。今までみんなと冒険できて楽しかっ――」

「それは戦いで死ぬ人が言うことだよ?」

「うげぇ……キッツイなぁベアト」

「ふふっ。その話は十年後くらいまで取っておきたいわね」


 彼女らは何とか雰囲気を盛り上げて、途中途中で休憩を挟みつつ進んでいった。

 そのまま一時間ほど山道を歩いた頃だろうか。


 ふと、先頭を行くララの足が止まった。


「ララ、どうしました?」

「……音が」


 そう言われて耳を澄ませば、山の頂の方から微かに何かが聞こえる。


 腹に響く振動音だが、それはかなり離れたところから発生していた。


「今この山にいるのって、多分アタシらだけだよな」

「ということは――ライナーさんが、戦っている?」

「無茶よ! アイツ毒以外の攻撃できないでしょ!?」


 顔を見合わせた一行は、行軍速度を速めた。


 音の正体はドラゴンの咆哮で、断続的な地響きも感じるようになった。

 近づくにつれて、ライナーらしき男の声も聞こえて来るようになった。


 間違いなく彼もドラゴンも、そこにいる。


 そう確信した蒼い薔薇の面々は、巣と思しき洞窟どうくつの前に立ち、再びアイコンタクトを取ってから、一息に突入した。


「さあ! お次は赤龍様からお預かりしたこの鱗! これが消えますよー!」


 そして洞窟の中では、ライナーがドラゴンを相手に手品を披露していた。


 険しい山の頂だと言うのに、彼の服装はベスト付きの燕尾服テールコートだ。

 スリーピースをかっちりと着こなして、頭にはシルクハット、手にはステッキ。


 今の彼は、どこからどう見てもマジシャン・・・・・である。


「へ? あわわわぶっ!」

「あ」


 決死の覚悟で救出戦に挑んだ一行は急激に脱力し、リリーアなど、頭からずっこけてヘッドスライディングをするハメになった。


『グルルルル、分からぬ。どこかに仕掛けがあるはずなのだが』

『パパ! 人間ってすごいね! 本当に消えた!』


 親のドラゴンは盃に入った酒をチビチビと舐めながらも凝視しているし、子どものドラゴンはかぶりつきで見ている。

 背後から見れば、捕食の一歩手前という状況にも見えた。


「えーっと、これ、後ろから不意打ちとか仕掛けていいヤツ?」

「……止めておきましょう、何か狙いがあるはずです。……多分」

「……ん」


 ドラゴン。正確にはドラゴン一家は、ライナーの芸に見入っている。

 武装した一行が乱入しても気づかないくらいには熱中していた。


「何ですの、これ。何なんですの、これぇっ!」

「涙を拭きなよ、リリーア」


 決死の覚悟を決めて救出に来たというのに、当の本人がアレ・・だ。リリーアが泣きたくなるのも分かる。と、パーティの全員が思った。


 転んで半べそをかいているリリーアをベアトリーゼが助け起こして、彼女たちも遠巻きにライナーの芸を見守る。


「さ、今消えた鱗は、どこから現れるでしょうか?」

『……ポケット』

『背中とかー』

『そこにある箱の中はどうかしら?』

『パパの口の中!』


 ドラゴンたちが思い思いの回答をしたあと。ライナーは演台から子どものドラゴンに歩み寄り、その右腕を指して叫ぶ。


「正解は――お嬢様の右腕でした」

『え? わっ、本当だ! 私の腕から、パパの鱗が生えてる!』


 観客から物を預かって、予想もしていない場所から出現させるという手品を披露したところだ。


 つまるところライナーが言う秘密兵器とは、今、親ドラゴンが飲んでいる銘酒と、マジックの道具だ。


『ぬおおおお!! 何故だ! 何故当たらん!』

「さあ、十番勝負も九本目。次を外せば私の勝ちということで」

『分かっておるわッ! 次だ、早くせい!』


 回答を外した父親のドラゴンは、悔しそうに地団駄を踏んでいた。

 次こそは見破ってやるぞと言わんばかりに、彼はライナーを睨みつけている。


 一方で母親のドラゴンは微笑んでいたし、子どものドラゴン二人も揃ってはしゃぎ回っているので、芸は上手くいっているのだろう。


 父親のドラゴンが足踏みをした結果として、洞窟全体が大きく揺れたのだが、それでもライナーは平常運転で芸を続ける。


「いよいよこれが最終決戦。心の準備はよろしいですか?」

『GYAAAA!! 次こそ見破ってくれるわッ!』

『パパーがんばれー』


 五分後。声援空しく父親ドラゴンは回答を外して、最後にはがっくりと項垂うなだれた。

 どうやら、ライナーの勝ちらしい。


「何の勝負ですの、これ……」


 そしてリリーアも父親ドラゴンと同じポーズで、がっくりと項垂れていた。


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